(近江戦)7
不意を打たれた。
本陣周りの厳重な警戒網を潜り抜け、ここに辿り着くのは至難の業。
なのに、ここまで接近されてしまった。
感心するばかりだ。
けれど他人事ではない。
晒されているのは自分の命だ。
陣幕を切り裂いて現れた敵勢が、槍の穂先を揃えて駆けて来た。
数は二十余名。
何れも味方の足軽に扮していた。
武器は短槍のみ。
潜行時の取り回しの良さで短槍一つにしたのだろう。
彼等の一人が私を穂先で指し示した。
「いたぞ、あれだ」
私の前に沖田蒼次郎が出た。
組下の足軽五名を従えて防御陣を敷いた。
こちらも槍。
こちらの方が通常の長さ。
「持ち場から一歩も退くな。
ここが踏ん張りどころだ」
同じ側仕えの長倉金八と斎藤一葉は違った。
それぞれ組下の五名を率いて駆け出した。
敵を左右から挟み撃ちにした。
途中で削るつもりの様だ。
その甲斐あってか、瞬く間に半数に減らした。
それでも敵は止まらない。
先頭が沖田にぶつかった。
その沖田が見せた。
目にも止まらぬ早業。
敵の穂先を逸らし、こちらの穂先を首元に突き入れた。
手慣れたもの。
組下の足軽達も奮戦した。
敵の前進を許さない。
こういう場合の私の行動は決められていた。
一の場合はかくかく、二の場合はしかじか、三の場合はこれこれと。
私は左右の太刀持ちと槍持ちに声を掛けた。
「行くぞ、三十六計だ」
子供時分より大人達に鍛えられていた。
その逃げ足を活かした。
文字通り脱兎の如く駆けた。
後ろも見ずに。
背中に聞こえるのは、従う二名の足音のみ。
他は知った事ではない。
私は死んではならないのだ。
私の為に死にゆく者達の為にも、
泥水をすすっても生き残らねばならない。
見知った顔が前方から駆けて来た。
山南敬太郎だ。
賄い方として本陣脇で窯に火入れをし、お茶の準備をしていた筈だ。
本来は鉄砲方でもあるのだが、その肝心の鉄砲はない。
代わりにか、両手に薪を掴んでいた。
彼に従う組下の足軽達も同様だ。
山南を含む十一名が薪を手にしていた。
私に頷くと、私と擦れ違い、死地に駆け込んで行く。
「間に合ったな」
沖田が応じた。
「おう、助かる。
しかし、薪か、他になかったのか。
例えば鉄砲とか」
「ふん、薪の正しい使い方を見せてやる」
両手に持つ薪で敵に襲い掛かった。
左手の薪で槍を押さえ、右の薪で籠手を打ち、槍を取り落したところを、
狙い澄まして蹴倒し、首を踏み潰す。
一切の無駄のない動き。
流石は私の賄い方頭。
調理が上手い。
後方の騒ぎを収めに向かっていた近藤勇史郎が、
血相を変えて駆け戻って来た。
「殿の身辺を固めろ」
率いている百余を私の方へ差し向けた。
そして自らは敵勢の後尾に襲い掛かった。
槍に怒りが籠もっていた。
突いて、突いて、突きまくる。
血塗れの芹沢嘉門が私の方へ駆け寄って来た。
「殿、お怪我はございませんか」
「私より、その方だろう」
「拙者のは返り血です。
しかし、ここまで踏み込まれるとは思いもしませんでした」冷静に言う。
たとえ味方の足軽に扮しているとはいえ、
簡単にここまでの通過は許さないはず。
どこかに穴があったのだろうか。
もしかして、例の獅子身中の虫の仕業なのだろうか。
「芹沢、治療隊を呼べ。
味方もだが、敵も死なせてならん。
聞き出すことが一杯ある」
「承知」
芹沢は手近の足軽を臨時の使番とした。
それを治療隊に走らせた。




