(近江戦)5
私は六角家とも由縁のある寺の住職を城に使者として送り出した。
こちらの望みは城の無血開城。
その為なら籠城している者達を一人残らず許す。
こちらに仕える仕えないは、彼等の心情の赴くまま。
本貫地を献上して足軽として仕えるのを望むが、
領地持ちの国人・地侍として仕えても良し。
近江から退散しようが、帰農しようが、どちらでも構わない。
決して害さない。
使者を城に送り届けた参謀筆頭の芹沢嘉門が本陣に戻って来た。
私は彼に尋ねた。
「住職は歓迎されたか」
「出迎えの城方の様子は半々でした」
「感じは」
「難しいかと」
「住職は」
「争いは好まない方の様ですが、六角家が滅びるのも見たくない、
そう語っていらっしゃいました。
本気で説かれると思います」
夕刻前に城へ送った住職が戻って来た。
六角家とも由縁ありなので、害される事はなかった。
ただ、顔色が悪かった。
私は本陣で彼を労わった。
「申し訳ない。
お茶でもどうですか」
山南敬太郎がそつのない動きでお茶を差し出した。
最初に住職。
そして私。
お盆には戦場だというのに、お茶菓子も添えてある。
城下で山南が選んだ物だ。
一息入れた住職に尋ねた。
「城方からの返事はどうでした」
住職が頭を下げた。
「申し訳ございません。
お力にはなれませんでした」
「やはり。
予想はしていました。
貴方が気になさる事はありません」
それでも住職の顔色は変わらない。
「何とかして説こうと思ったのですが、城方の意思は固いようです」
「そのお気持ちだけで十分です」
「拙僧に説く力があれば、多くの命を救えたと思います。
実に残念です」
私は住職に、「些少ですが」と喜捨し、兵を付けて寺へ帰した。
住職の姿が消えると、陣卓子の周りに人が集まって来た。
それぞれが役職に従って床几に腰を下ろした。
近藤勇史郎が口火を切った。
「殿、如何いたします。
あの住職はこちらの手の内を城方に漏らしたと思うのですが」
それを念頭にあの住職を使者に選んだ。
知っている者達が口端を歪めた。
漏れる含み笑い。
私は心にもない事を言った。
「そう人を疑ってならん。
相手は御坊様だぞ」
参謀の一人、片岡源太郎が口を開いた。
「それでも用心は怠らぬよう、各陣に通達いたします」
当方は総勢三万七千名。
全軍を城の前面に展開していた。
城から逃れる者達の為に、城の後方は空けて置いた。
最後の一兵まで抵抗されては堪らない、そう考えてのこと。
それは住職には伝えていないが、元は武人、気付いている筈だ。
翌早朝、城の後方を密かに監視していた忍びが急ぎ戻って来た。
「敵勢が朝靄に紛れて出撃いたしました。
兵力はおよそ二千。
二手に別れて、左右から朝駆けする構えです」
「敵将は」
「右回りが平井定武、左回りが目賀田綱清。
共に六角家の重臣です」
朝靄の向こうから銃声が轟いた。
中々鳴り止まない。
悲鳴すら打ち消す連射。
突撃が敢行されたらしい。
銃声が途絶え、雄叫びと歓声が聞こえて来た。
使番が本陣に駆け込んで来た。
「蟹海老蔵殿が平井定武を討ち取りました」
別の使番が駆け込んで来た。
「目賀田綱清率いる敵勢が崩壊、敗走いたしました」
「味方は」
「三河与力衆が追走しております」
「他は」
「五番隊の二千も追走に加わりました」
私は側仕え達を従えて陣頭に立った。
朝靄に包まれた観音寺城を見た。
私の動きに合わせて、我が陣から懸太鼓が打たれた。
すると、それを待っていたかの様に、城から爆発音が轟いた。
焙烙弾だ。
出火した。
それも一ヵ所ではない。
山肌に築かれた各曲輪から爆発音が轟いた。




