(近江戦)3
私は途中で影武者と入れ替わった。
何時もの様に堀部弥平が騎乗し、堀部弥吉が槍持ち。
それを流れ旗、幟旗、馬標が隠す念の入れよう。
私は少し離れた後方。
今回は蟹海老蔵が私の警護を務めた。
公方を討った功で百人頭に抜擢された剛の者だ。
私は彼の組の足軽に扮した。
腰の旗指物には慣れないが、お陰で足が鍛えられる、そう思うしかない。
途中で小休止になった。
現れた沖田蒼次郎が蟹海老蔵に何事か囁いた。
殊勝に頷く蟹。
沖田が去ると、蟹が私の前に来た。
如何にも上司であるという顔。
「旗指物を外して付いて来い」
私は彼に従った。
暫く陣中を行くと、どこからともなく長倉金八と斎藤一葉が現れた。
言葉もなく、私を隠す様に、自然に左右を固めた。
本陣の中に入った。
陣幕内の皆が跪いて私を迎え入れた。
私は上座の床几に腰を下ろした。
蟹と長倉、斎藤の三名が背後に控えた。
それを見て、皆も床几にかけた。
参謀方筆頭の芹沢嘉門が口を開いた。
「申し訳ございません。
予定が早まりました」
「何が起きた」
「観音寺城から六角親子が逃走しました。
伊賀方向に向かいました」
事前に予想はしていた。
近江六角家が危機に陥るや、観音寺城に籠城せぬ事は規定の事実。
代々に渡って甲賀の地か、伊賀の地に走り、反撃の機を窺った。
それでもって守護家を残して来た。
今回もそれに倣うつもりなのだろう。
にしても諦めるのが早過ぎだろう、六角親子。
「観音寺城は」
珍しく芹沢が言い淀んだ。
「・・・、困りました。後藤家の次男が占拠しました」
後藤高治。
親や嫡男の陰にいて、気質が知れぬ男だ。
判明しているのは手勢の数のみ。
おおよそ二千。
参謀方次席の新見金之助が補足した。
「それに国人衆が加わると面倒です」
「どのくらいが加わると予想する」
「全てが・・・、万を超えると考えた方が宜しいかと」
観音寺城に籠る六角親子と、それを包囲する国人衆、
そこへ横合いから当家が兵を進める。
悠然と軍勢を誇示し、威圧する。
そのつもりでいた。
なのにこれだ。
戦はなま物、意に反する事が起きる。
理解に苦しむ事も。
だから面白い。
私は床几の面々を見回した。
「少し修正するか」
「どの様に」
「手間がかかるなら観音寺城を焼く」
「宜しいのですか」
六角家が危機に陥る度に城を捨てるのは、
城や城下に被害を出したくないから、そう見方も出来た。
特に城下には銭金に代え難い物があると。
確かに高名な神社仏閣がある。
歴史もある。
だがそれに勝る物があった。
商家が競う様に軒を並べていた。
「城下町まで焼けとは言わん。
城のみで済ませたい、どうだ」
「城のみですか」
猪鹿の爺さんが口を開いた。
「我等をお忘れですか。
火付けなら我等にお任せを。
城のみを焼いてご覧に入れましょう」
「頼めるか」
「我ら甲賀者は観音寺城を隅々にまで、そらんじております。
焼き方よし、焼かれ方よし、周りも無事で良し、で御座います」
私は次に移った。
「伊賀に走った六角親子はどうする」
ここでも猪鹿の爺さんが口を開いた。
「新たに加わった服部党に任せる、では如何でしょう」
三河の松平家に仕えていた服部党の出自は、元々は伊賀。
故に伝手がある。
任せて手腕を見るのも一興かも知れぬ。
失敗しても何とかなる。
何とかする。
家臣が。
芹沢嘉門が爺さんに頼んだ。
「出来れば家来もろとも親子を殺してくれんか。
禍根は残したくない」
「承知、神隠しとしますかな」




