(近江戦)2
身重のお絹が居館玄関で見送ってくれた。
「城は私とお市に任せてちょう」
お市が玄関先まで付いて来た。
「姉様のお腹の子の為にも、無事にお戻りしてちょうよ」
今回は留守居の土方敏三郎が私の隣に来て囁いた。
「殿、油断で一杯の顔ですな」
聞こえたのか、並んで歩いていた沖田蒼次郎が小さく噴き出した。
私は弁解した。
「気のせいだろう」
土方は私から視線を沖田に向けた。
「蒼次郎、殿の手綱を任せたぞ」
「承知、何かあれば簀巻きにしてでも城に戻します」
城門内は旗本隊で充満していた。
私に帯同するのは半数の三千。
近藤勇史郎が私の馬を牽いて来た。
出番が嬉しいのか、歩みが軽い。
「殿、お乗り下さい」
私が騎乗するや、法螺貝が吹かれた。
それを合図に軍楽隊が演奏を開始した。
城内城外を問わず、あちらこちらで声が飛び交った。
それぞれの組頭が演奏に負けぬ声量で指示をしている様子。
近藤も騎乗した。
「殿、参りましょう」
城門が大きく左右に開かれた。
先頭を切ったのは軍楽隊。
演奏しながら軽快に歩み出した。
続いて近藤を陣頭にした旗本隊。
こちらは意気揚々。
私を供回りが囲み、姿を隠す。
けれど流れ旗、幟旗、馬標で私の位置は丸分かり。
まあ、それは仕様がない。
城下の者達の見送りを受ける以上、避けては通れない。
城下を過ぎると、旗本隊が演奏を終えた軍楽隊を吸収した。
後列の中ほどに置いた。
暫し行くと平地に他の隊が待ち構えていた。
五番隊、六番隊、十番隊、各定員は六千名、計一万八千名。
三河与力衆、近江与力衆、各定員は二千名、計四千名。
これに旗本隊を加えると二万五千名。
二つに割れた六角家では、これで十分だろう。
だが、今回は六角家を潰すだけではない。
それ以外にも目的を秘めている。
大人衆が当家の実力を周知させる、と言っていた。
内にも外にも。
その為に、若狭、越前、加賀、美濃から足軽を各三千名、
計一万二千名を呼び寄せた。
彼等を入れて総勢が膨れ上がった。
三万七千名。
当家に臣従しながらも領地を手放さない与力達から、加勢したい、
そういう申し出もあった。
が、全て大人衆が断った。
柔らかい言葉で、己の領地の繁栄に専念なされよ、
そう言って断念させたそうだ。
大人衆の考えている事が分かる。
特に美濃の与力達が問題なのだ。
彼等は以前の戦いで六角家との境に領地を得た。
そこを次男三男に分与して分家させた与力もいるが、
多くはそこを代官に治めさせている。
その膨れ上がった与力達の我欲の向かう先は何処か、
そこに大人衆が危機感を抱いた。
私の暗殺未遂もあり、疑心暗鬼になって当然だろう。
小谷城から整備された道路を西へ進んだ。
湖畔に新しい河岸の町が出来上がっていた。
お絹が、「伊吹浜」と名付けた町だ。
真新しいのは街並みだけでなく、造船所や倉庫群もそう。
目に見える全てが新造なのだ。
当家の湖船や軍船で賑わい始めていて、先行きが楽しみだ。
先の湖上に浮かぶ島は竹生島。
それら諸々を眺めながら、湖畔を南に下って行く。
行く手に挑むのは水鳥の羽音と囀りだけ。
当家の軍の多さに抗議しているのかも知れない。
軍勢に伴走する様に軍船が現れ始めた。
湖族ではない。
当家の水軍だ。
数はそれ程でもないが、湖族の一大根拠地・堅田を焼き払ったので、
当家の水軍に伍する船団は見当たらない。
意気消沈した各湖族は、当家に吸収されるか、商船に転じるか、
それとも湖から退去するか、選択肢はそれほど多くなかった。
今回の戦いには彼等の出番はない。
六角家が割れた為、その水軍が当家に牙を剥く事がなくなったのだ。
軍勢は軍船を帯同しながら、整然と南下して行く。
各所から馬や船で現況報告が届けられた。
「観音寺城に籠もる六角家親子が、家臣に動員をかけていますが、
集まり具合が芳しくありません。
千から二千と見積りました。
名のある家来は三雲家のみです。
雑兵が多いので籠城は無理です」
「兵を起こした後藤家の次男の手勢は、およそ二千。
進藤家、蒲生家、平井家、布施家、池田家も賛同しました。
このまま合流しますと、雑兵も入れて一万に届く勢いかと」




