(近江戦)1
ああ、そういえば・・・。
私はもう一つの事実に気付いた。
三好家は都から退去したが、山城全域を放棄した訳ではない。
臣従した国人衆や地侍衆が残っていた。
松永久秀や三好家ではなく、彼等が六角家に警戒感を抱いているのか。
或いは攻める好機と思っているのか。
なら松永の質問も意味を成す。
私は逆に質問をした。
「松永殿は近江が欲しいのですか」
三好家ではなく、松永とした。
これなら誰の顔も潰さない。
松永は暫し考えた。
そして応じた。
「欲しい、欲しくないではなく、近江は畿内の要地の一つです。
その近江を誰が治めるかが問題なのです。
今その半分は六角家。
もう半分はお味方の明智家」
松永は、お味方に意味を込めて返して来た。
同盟を組んでいる訳でもないのに、なんて奴。
書面には残らないが、これは聞き逃しには出来ない。
今の当家と三好家の関係は、私と慶興、二人の友人関係のみ。
明日の公式会見は三好家ではなく、三好慶興家と当家の会見。
友人関係というものに縛られた会見。
六角家に対する当家の出方は決まっていた。
私と大人衆とで意見を交換し、一致していた。
力攻めで潰すは簡単だが、悪手。
戦後復興に費用がかかるばかり。
そこで搦め手を用いる事にした。
互いの被害を最小限に押さえ、近江を完全に掌中に収める。
その算段もつけた。
現在、猪鹿の爺さんの配下達が密かに動き回っている。
だが、それをここで口にする訳には行かない。
言葉を選んでいる私に代わり、近くにいた大人が口を挟んだ。
何時もは口が重い近藤勇史郎だが、今は違った。
私を見た、それから慶興を見た、そして松永久秀で視線を止めた。
「どうやらお酒が回ったみたいですな。
松永殿のお言葉は無かった事にしましょう」
真っ先に三好家の面々が同意した。
当の松永も渋々、首を縦に振った。
「如何にも、如何にも、某は飲み過ぎた様ですな」
私は話題を変えた。
「ところで慶興殿、都を引き受けてくれる奇特な者は居らぬのですか」
今の都は形骸化した幕府が治める形になっていた。
中心になっているのは政所を担う伊勢貞孝。
将軍がいなくても、彼がこれまでの経験を活かし、
朝廷や寺社、町年寄り等と談合し、都を運営していた。
それでも横行する野盗の類にまでは手が回らぬようで、
都の雀達が公然と不平不満を垂れ流していた。
まあ、幕府は旧来通りの荒れ果てた都、
それを懸命に維持するので精一杯なのだろう。
「無理だ。
管領が口出しするので、何事も一進一退。
畿内の大名も色気はある様だが、結局は寄り付かない」
三好長虎が言う。
「何よりも銭でしょう。
それがなければ都の復興はなりません。
それで皆が尻込みしております」
松永久通が補足した。
「たとえ銭を出しても、それが復興に全額まわされるかは不明ですな。
途中で抜く者が大勢おりますから」
「伊勢と伊勢の係累、管領とその係累、公卿に寺社も確実に抜くな」
久秀が付け加えた。
あれから二月が過ぎた。
朗報が舞い込んで来た。
運んで来たのは猪鹿の爺さん。
居館の大広間でその爺さんが私を待っていた。
左右に大人衆が居並ぶなか、私は上座に腰を下ろした。
すると挨拶もそこそこに、爺さんが口を開いた。
「殿、六角が動きました。
六角義賢と義治の親子が後藤賢豊を城中にて討ちました」
爺さんは配下に六角家中で離間工作を行わせていた。
出来れば六角親子の仲を裂くのが望ましかったのだが、贅沢は言えない。
後藤賢豊は重臣中の重臣ではないか。
六角親子と家臣を引き裂く一手やも知れぬ。
私は笑顔を引き締めた。
「よくやってくれた。
で、六角の家中は」
「てんやわんやの大騒ぎです。
あちこちで兵集めに奔走しています。
後藤家でも、当主と嫡男は討たれましたが、次男の高治が逃れました。
何れ領地で兵を起こすのは間違いありません」
さっそく軍議になった。
今、手空きの軍は五番隊と六番隊、鉄砲隊のみの十番隊。
計一万八千名。
これに三河から流れて来た者達で編成した三河与力衆、二千名。
ここ近江の与力衆が二千名。
無理すれば他の領地からも呼び寄せられるが、今回は不要だろう。
近江が本貫地の猪鹿の爺さんが六角家の家中に喰い込んでいて、
かなりの数の寝返りが計算できた。




