(安寧)21
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出雲の国、月山富田城。
その居館、尼子晴久は布団から上半身を起こし、お茶した。
一口飲み、愚痴った。
「苦いな」
見舞いに訪れていた一人が応じた。
「これは苦いと言うより、不味いでしょう、特に病人には」
「本当の病人ならな。
義久、お主はどう思う」
もう一人が茶碗を手元に置いた。
飲んでいない。
「その前に熱いです」
「兄上は温いのが好きですからな」
晴久は息子二人をここへ呼び出した。
次男ではあるが、長男が幼児期に亡くなった為、嫡男に繰り上がった義久。
そして三男の倫久。
晴久が病と称して人前には出なくなって半年。
その晴久が義久に含み笑い。
「ところで、昨日の使者は如何した」
「少々、小賢しいかと」
「そうか、政所からの者であるのなら、それが伊勢風なのであろう」
「取次役が申すには、伊勢貞孝殿からの書状の花押は本物であると。
それで父上、どう計らいますか」
晴久を、幕府政所の執事・伊勢貞孝からの使者が訪れた。
困った。
伊勢は能吏ではあるが、小煩い。
その者が選んで寄越したのだ、これも小煩いだろう。
幸いと言うか、今は病と称していた。
そこで自らは会わず、義久に投げた。
義久の義は亡き足利義輝様から頂いた物なので、間違いではない。
「書状には何と」
「上洛の兵を望まれています。
義輝様のご舎弟、覚慶様のお力になって欲しいと」
足利義輝が討ち死にしたので、その後継を巡り、
幕閣の有力者二人が対立していた。
伊勢貞孝と細川晴元。
幕政を統括する政所執事と管領。
伊勢が覚慶を担ぎ、細川が阿波公方を担いでいた。
双方共に地縁血縁の輩が足利という大木に絡み付いているので、
軽々しく片方に味方する訳には行かない。
晴久は倫久を見た。
「お前はどう思う」
倫久にも同席させていた。
「確かに使者も書状も小賢しい。
関わりたくないの一言です。
私なら籠城を選びます」
「この城に引き籠るか、それも良いな」
義久が二人を交互に見た。
軽蔑の目色。
「三好殿が手切れした今、擁する兵で悠々と上洛できるのは当家のみ。
招きに応じませぬか、父上、愚弟」
晴久は上を向いて思考に入った。
愚弟と言われた倫久は憤慨。
「酷いな兄上。
他人様の争いに関わるのは止めませんか。
そもそも旨味がないでしょう。
外から見ているのが一番ですよ」
「そう思うか、弟よ。
管領の細川をどう思う。
三管領のうちの二つ、畠山、斯波、この二つは力を失った。
残るは細川のみ。
それも家柄のみの力だ。
細川家自体の兵は無きに等しい。
奴を蹴落として、父上を管領に祭り上げようと思わんか」
晴久は二人を見て考えた。
同じ育ち方なのに、色々と面白い。
ここにいないもう一人は幼いが、
元服すれば彼もきっと家の力になってくれるだろう。
三本の矢で尼子家は安泰だ。
幸い、家族なので人払いして置いた。
通常いる筈の側仕えもいない。
ここでの話が外に漏れる心配は無い。
晴久は隣の部屋に問いかけた。
「十兵衛、いるか」
十兵衛は尼子家の忍び集団・鉢屋衆の頭。
その十兵衛から、この城の賄い方に妙な奴が入ったと聞かされた。
慎重に調べさせたところ、毛利家の忍びだと判明した。
世鬼衆の一人。
其奴がある日、晴久の食事に毒を仕込んだ。
即効性ではなく遅効性。
ジワジワと弱らせ、死に至らせるのを目的にしていた。
流石の毛利元就も、毒殺する奴と言われるのは嫌ったらしい。
それを逆手に取った。
毒が効いたと思わせ、人前に出ない様にした。
「ここに」
十兵衛が入って来た。
「吉田郡山城へ入っている者に命じよ。
仕事をして引き上げろと」
吉田郡山城は毛利元就の居城である。
そこへ鉢屋衆の者を入れていた。
それは、この日の為であった。
奴が名声を維持する為に遅効性なら、こちらは即効性。
名声なんて欲しくない。
欲しいのは花より団子。
聞いて驚く二人に指示した。
「義久、その方は嫡男だ。
遠くへは出せない。
ここにて毛利の相手をせよ。
・・・。
倫久、初陣だ。
お主は東へ向かえ。
大将は牛尾幸清とする。
これは、上洛ではない。
播磨と丹波の国境までだ。
毛利の目を引き付け、ついでに三好の出方を見る。
・・・。
ワシはもう暫く病だ。
ワシの代わりに差配せよ」
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