(安寧)17
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三好家の本貫地は四国の阿波であった。
それが今代の三好長慶になると阿波から讃岐、淡路、和泉、河内、
摂津、山城、丹波、播磨辺りにまで勢力を伸ばした。
そうなると阿波に引き籠もってもいられない。
勢力圏掌握の為に居城を移さざるを得なかった。
三好長慶は河内の飯盛山城に入り、嫡男には芥川山城を任せた。
芥川山城から軍勢が発った。
戦ではないので、そこまで大軍ではない。
ただ、戦慣れした将兵で構成されていた。
一糸乱れぬ行軍で、その練度を見せつけた。
先頭で指揮を執っているのは副将・松永久秀。
そこへ満足気な表情で大将・三好慶興が傍に馬を寄せて来た。
「久秀、お主は私の兵をも使い熟す様だな」
「いいえ、若の鍛え方が良いのです」
「お世辞はいらぬぞ」
「いいえ、お世辞ではございません」
慶興は行軍する者達と久秀を交互に見た。
「そうか、そういう事にしておくか」
三好慶興は山城への立ち寄りは避けた。
立ち寄ると国人や地侍のみならず、幕府や朝廷の要職に就く者、
寺社衆から面会を求められる。
それでは父が京を放棄した意味がない。
厄介事に付きまとわれたくない。
摂津へ迂回し、丹波へ抜けた。
丹波で松永長頼が出迎えてくれた。
久秀の実弟だ。
兄に似ていない。
兄には愛嬌があるが、その弟にはその欠片も見出せない。
「若様、暫くご逗留なさいますか」
「その方は忙しいと聞いた。
さっさと抜けさせてもらう」
彼は武力で丹波の実権を奪ったが、
今もって抵抗勢力が存在していた。
既存の血縁・地縁に絡め取られた連中だ。
連中は面従腹背で機を窺っていた。
そこへ三好家の嫡男が来た。
家来達には箝口令を敷いたが、完全に守られるとは思えない。
「明朝、国境までご案内いたします」
「頼むぞ」
深夜、叫び声が聞こえた。
三好慶興の影武者が泊まっていた辺りだ。
側仕えの松永久通が足音も立てずに、板戸を開けた。
「若様、襲撃です」
「聞こえた。
影は大丈夫か」
「それは分かりません。
しかし、あれの剣の腕は確かです。
討ち死には有り得ません」
「迎え撃たずに逃げてくれぬものか」
「あれの性格からして敵に背は見せますまい」
慶興の周りを旗本達が固めた。
そこへ松永久秀が現れた。
「若、じきに終わります」
「そうか、それにしても早い手配りだな」
「長頼も何度か狙われたそうです。
その経験が活きているのでしょう」
血塗れの影武者が来た。
愛刀の血を拭いながら、廊下にドンと腰を下ろした。
「若様、ご無事ですか」
「おい、私よりその方だろう。
で、その方、無事か、怪我はないか」
「某はこの様な有様で」
着ている物のあちらこちらが切れていた。
しかし、見た感じ、何時もの影武者だ。
脇から久秀が言う。
「流石は柳生家の者だな、全て掠り傷か。
しかし、血を失い過ぎると危うい。
誰か手当てしろ」
何人かが駆けて行く。
傷の手当てに用いる酒と軟膏、布切れを持ち寄って来た。
一人が傷口に酒を吹きかけた。
「ぎゃー」影武者が悲鳴を上げ、「呑ませてくれ」叫ぶ。
久秀は影武者が持っていた刀の血を拭い取り、ジッと検分した。
「刃毀れが酷いな」
影武者が応じた。
「当家の里にはご内聞で」
「柳生の里に知られると拙いのか」
「ご当主様が煩いのです。
刃毀れは刃筋が立っていない証と怒られます」
「しかしこれでは何ればれるだろう」
影武者がきりっとした顔で言う。
「里に戻る前に何とかします」
「どうする」
「これから行く明智家の刀は逸品揃いと聞いております。
それを買い求めます」
「そうか、高いぞ」
影武者の目が走った。
懐を探る。
そんな様子を見て、慶興が口を開いた。
「私が買い与えよう」




