(安寧)13
幾ら気落ちしようが、仕事は私を手放してくれない。
仕方なく書類に目を通し、筆を走らせた。
走らせながら、深い溜息。
そんな私を見兼ねたのか、お市の方が執務室に入ってきた。
「おはようさん、殿、馬で遠出しせんきゃ」
当人は既に騎乗する気まんまんの恰好。
狩衣に小太刀。
誰がどこから探してきたのだろうか。
傍らに控えている側仕え・猪鹿蝶が微笑んでいた。
なるほど、彼女か。
祖父・猪鹿の爺さんに私の状態を聞かされているのだろう。
その彼女も馬乗り袴姿。
執務室の面々も無言で私を促した。
これでは断れない。
承諾した。
するとお市が私の手を掴んだ。
「ほんなら殿、隣で着替えましょう」
襖が開けられた。
奥女中二人が控えていた。
着替えも用意してあった。
私は衣服を剥がされた。
紐付きパンツ姿。
これは前世の記憶を元に作らせた物。
皆は絹にしようと言ったのだが、私は断固、拒否した。
「戦場の食事と同じで、皆と一緒の物にしてくれ。
でないと品質の良し悪しが分からない」
私もお市と同様に、狩衣と小太刀にされた。
お市が喜ぶ。
「え~わ、お揃いだわ」
居館の表玄関には馬が待っていた。
誰の手も借りずにお市が颯爽と騎乗した。
堂々たる、じゃじゃ馬振り。
見惚れていた私を振り返った。
「なにしとる~」
私も慌てて騎乗した。
「行く先の予定は」
「あらすかでしょう。
私の気の向くまま、馬の気の向くままわ」
言い終わると同時に馬を走らせた。
小さな笑い声が聞こえた。
当人も楽しんでいるようで、なにより。
私達を追って警護の者達が馬を走らせて来た。
行く先々にも見慣れた面々。
立哨、巡回、怠りなし。
用意周到だ。
琵琶湖への道筋の丘にお市が馬を駆け上らせた。
それを私が追う。
なかなか抜けない。
じゃじゃ馬に敵わないのだろうか。
丘の上に辿り着いたお市が、これまた颯爽と馬から飛び下りた。
私はちょっと遅れて隣に並んだ。
お市が私と手を繋いだ。
「偶には私と馬で遠出しませんか。
今日みてゃ~に」
手配りが行き届いていた。
丘の雑木林に兵が配備されていた。
それを横目にお市が下に見える村を指し示した。
「屯田の村だがや。
今日はお祭りみたいだがやね」
村の広場に大勢がおり、中央の仮設の櫓が組まれ、
太鼓が置かれていた。
露天の屋台もちらほら。
猪鹿蝶が下馬すると駆け寄って来た。
「お待たせしました」
何を待たせたのか・・・。
お蝶が懐から笛を取り出した。
小さな忍び笛。
それを行き成り吹いた。
「ピー、ピッピー」甲高い。
途端、櫓の太鼓が応じた。
「ドドーン」野太い。
それを合図に祭りが始まった。
軽快に太鼓が打たれ、合間に合間に横笛が聞こえた。
村人達が動き出した。
大人達が櫓を中心にして円を描き、踊る。
子供達は屋台に群がる。
私の背後から声が聞こえた。
「屯田の村も余裕が出来ました。
このお祭りがそれです。
村人は流民の寄せ集めなので、祭りに必要な鎮守様はありませんが、
それはそれ、これはこれ。
順次、各村でも行う予定です」
側仕え・お園が私に微笑んだ。




