(安寧)12
疑問が尽きない。
考える私に大きな障害が。
鼻がきつい。
そんな私に沖田の声。
「殿、外に出ませんか」
確かに。
ここにいると拷問の痕跡である臭いが身体に染み付きそうだ。
素直に申し出に従った。
外には椅子が用意されていた。
誰だか知らないが気が利く。
私が腰を下ろすと愛犬の太郎と花子が駆け寄って来た。
私を守ってくれるようだ。
珈琲の薫りが漂って来た。
さっきまで姿を見なかった山南敬太郎が淹れていた。
それを私に差し出した。
「お飲みにならなくても結構です。
嗅ぐだけで鼻が休まると思います」
太郎と花子、そして珈琲、それで私は少しは癒された。
皆を見回した。
「済まないな、こんな当主で」
すると大人衆筆頭・伊東康介が口を開いた。
「ご当主様が完璧である必要はございません。
貴方様が弱いとは申しませんが、弱いくらいで丁度よろしいのです。
それを補うのが家来の務め、そうでは有りませんか、方々」
皆は苦笑い、それでも重々しく頷いた。
一人として否定する者はいない。
「そうなのか、弱くても良いのか」
「完璧では我等の仕事がなくなります。
ですから今のままで結構です。
苦手な事は我等にお任せを」丁寧に頭を下げた。
皆も姿勢を正し、伊東の言葉に頷いた。
そこで私は気付きがあった。
「私の存在意義は」
「生きておられること。
ご存知でしょう、我等の多くは寄る辺なき流民。
その日の暮らしさえ覚束なかった者ばかりです。
そんな我等に手を差し伸べて頂いた。
棲み処と仕事を与えて頂いた。
感謝するのみです」
情けないな、私は。
大勢を戦地に赴かせるくせに、拷問の痕跡ごときに耐えられぬとは。
私は話題を変えた。
「長井道利の名前が上がったが、私を殺すことによって、
あの者にどのような利益があるのだ」
参謀方筆頭・芹沢嘉門が応じた。
「それが分からぬのです。
何の利益にも預かれぬと思うのですが」
同じ参謀方の新見金之助が同意した。
「そうなのです。
利益にならぬ事をする御仁ではありません。
もしかすると、更にその後ろに誰か控えているのではと」
大人衆の武田観見が言う。
「もう一人いるのでしょう。隠れている金主が」
近藤勇史郎が言う。
「別の方向から考えてみませんか。
殿を殺して利益を得る者は誰かと」
皆が口を閉じた。
答えは分かっていた。
でも誰も口にしない。
私は理解した。
今の私には後継者がいない。
もしここで急死すれば、後継者を巡って争いになる。
それを防ぐ最善手は私の血縁者を持って来ること。
どこから。
明智本家から。
皆に嫌われている実兄に目はないが、実弟には目がある。
本家にいるが、そこまで色は付いていない。
皆で守り育てれば何とかなる筈だ。
次善手は実妹。
当家の有力者の子弟を婿養子とすれば収まりが良い。
沖田が珍しく意見を述べた。
「お絹の方の懐妊を知り、関ケ原での暗殺を急いだ。
そういう訳ですか。
しかし、懐妊の件は小谷城内でも秘匿されている筈ですが」
正確には、奥の者達の多くは知っているが、箝口令が敷かれていた。
表の者達は知っている者はごく一部、所謂、有力者。
ここでも箝口令が敷かれていた。
それでも人の口に戸は立てられぬ。そう言うことなんだろう。
私は深い溜息。
皆を見回した。
「疑えば切りがない。
疑心暗鬼になって疑ってばかりでは、奥も表も暗くなる。
それこそ最悪だ。
これは参謀方に委ねる。
逐次、大人衆に計り、内密に進めてくれ。
・・・。
ところでだ、捕らえたのは一人だったか。
もう一人いなかったか」
新見が報告した。
「調べが過ぎて殺してしまいました」
「どこの誰か、それは」
「不明に終わりました」




