(安寧)11
私が机に積み上げられた書類と格闘してから一月。
ようやく先が見えて来た。
のんびりお茶してると、執務室に側仕えの近藤が顔を出した。
近藤は私の側仕え筆頭であり、旗本隊の隊長でもある。
「殿、よろしいですか」
「ああ、丁度区切りがついた」
「それでは」顔を上げて私をジッと見た。
悪い顔をしていた。
うちの大人達特有の顔だ。
何か企んでいた。
聞きたくない。
でも聞かざるを得ない。
「どうした」
「獅子身中の虫が判明しました」
私の暗殺を企てた件だ。
近藤が先に立って私を案内した。
居館ではなく、幾つかの門を通り、城の北にある土蔵群に。
白壁の蔵が間隔をあけて六棟建てられていた。
ここに近付く者は限られていた。
今日はやけに警戒が厳しい。
旗本隊の兵士が立哨するのみならず、周辺を巡回もしていた。
犬の太郎と花子も駆り出されていた。
指揮しているのは土方敏三郎。
一つの蔵の前には馴染みの顔が勢揃いしていた。
大人衆からは伊東康介と武田観見。
参謀方からは芹沢嘉門と新見金之助。
忍び衆からは猪鹿の爺さん。
蔵の扉が大きく開けられた。
中は明かりが煌々としていた。
何も置かれていない。
十分過ぎる灯りと、蔵の片隅に黒い影のみ。
近藤が先導した。
続いて私と沖田蒼次郎。
そして馴染みの面々。
誰も何も発しない。
入ると鼻をつく嫌な臭い。
大便に小便、血、嘔吐。
そしてそれを洗い流そうとした水の痕跡。
一人の人間が片隅に放置されていた。
片隅の黒い影がそれだ。
近くまで歩を進めると馬鹿でも分かる。
衣服のまま拷問されたのだろう。
酷い有様だった。
私は目を逸らした。
背中に沖田蒼次郎の手を感じた。
それとなく支えてくれた。
私は近藤に尋ねた。
「生きているのか」
「はい、取り敢えずは」
新見が私の脇に立った。
「某が取り調べを行いました」
「苦し紛れに、取り調べた者に迎合した様子は」
「その者の家族を質にしております」
容赦がない。
「取り調べで述べた事が事実でなかった場合は」
「家族に責めを負わせます」
「それを当人は承知なのだな」
「はい、きっちり言い聞かせておきました」
私は覚悟を決めた。
「では聞かせてもらうか」
新見が視線を芹沢に転じた。
促された芹沢が口を開いた。
「出た名は二つ。
一つは遠藤隆明。
一つはお陸」
遠藤は美濃の国人であったが、今は美濃与力衆の足軽頭の一人。
足軽頭身分を選択し、銭雇いの家禄にて、
一族郎党を足軽として養っていた。
彼はその足軽組を率いて武田との戦いに従事した一人だ。
お陸は明智本家に仕えていた者の縁者。
縁戚のお宮の伝手で当家を頼って来た。
器量良しで働き者とはお宮の弁。
その彼女は、今は関ケ原城の勝手方で働いていた。
私は二人の組み合わせに疑問を抱いた。
「その二人の共謀なのか」
芹沢が応じた。
「二人だけとは思えません。
あまりに人を雇い過ぎています。
それに見合う金銭が必要です」
確かに二人の稼ぎでは無理がある。
前回は伏兵で、百人近い人数が動いた。
今回は暗殺で、人数こそ少ないが、それなりの手練れであった。
たぶん、どこぞの忍びであろう。
となると仲介者への謝礼も必要になる。
芹沢が続けた。
「その二人に共通する点を調べました。
すると長井道利殿に行き当たりました」
美濃国人衆の代表格の一人。




