(安寧)8
私鋳銭で当家は儲けが増える。
でもそれが全額、蔵に納められる事はない。
常に一定額を積み上げると、多くは街道や堤防の普請等に回され、
それを通じて末端の領民に届けられる。
今回は加賀の普請に送金されるだろう。
私はそんな明るい夢見の中にいた。
目が覚めた。
いや、覚めさせられた。
剣呑な気配。
床下から漂って来た。
何者かが忍び寄って来た。
暗殺者。
近江の居館の床下は飼っている犬達の遊び場なので、
忍び込んで私を暗殺しようと計る者はいない。
ところが今晩は違う。
ここは関ケ原城。
東濃城、稲葉山城を難無く過ぎて、居城の小谷城は間近い。
今晩当たり警備の目も緩むと判断して、忍び込んで来たのだろう。
当たりで、目論み通り私の寝所の下に辿り着いた。
さて、肝心の私の寝ている位置を判断できるのだろうか。
私は身動きせずに待ち構えた。
寝所は三十六畳。
私の寝る位置は決められていない。
この様な侵入者に備えて、側仕えさえも遠ざけ、私自身が決めるのだ。
畳を移動させ、敷布団を自分で敷く。
耳を下に傾けた。
相手が一枚上手。
物音を全く立てない。
でも私には勘働きがある。
集中、集中。
相手の位置を特定した。
少し離れていた。
そこから動かない。
たぶん、判断し兼ねているのだろう。
侵入する腕前があっても、最後の詰めは甘いらしい。
私は飽きた。
床下に向けて声を掛けた。
「そこじゃない、こっちだ」
途端、人が動く気配。
弾けるように遠ざかる暗殺者。
寝所の外から声が掛けられた。
「殿、如何しました」
不寝番。
寝所の外の廊下には当番の足軽二名が控えていた。
私は応じた。
「床下に鼠が潜り込んでいる」
警戒の声が飛び交い、灯りが点けられ、幾人もが走り回った。
側仕えの当番・斎藤一葉が寝所に駆け込んで来た。
「殿、大丈夫ですか」
「少々、寝不足だ。
このまま寝かせてくれ」
「承知しました。
ただし、私が傍に控えております」
「私を襲うなよ」
「そんな趣味はありません」
今夜の不寝番は斎藤の組。
末端まで指示を行き渡らせ、城の出入りを朝まで禁じた。
私が目覚めると、寝所には見慣れた顔が揃っていた。
代表して斎藤が報告した。
「曲者は捕えました。
床下から逃れようとした者が一名。
裏木戸から逃れようとした者が一名。
他におりませんが、念の為、朝方から総出で再捜索させております」
捕えた者二名は、その物腰から忍びの者と斎藤は判断した。
ただ口が固く、何も聞き出せていないと言う。
そこで取り調べを猪鹿の爺さんに委ねたそうだ。
土方敏三郎が言う。
「前の襲撃もあります。
此度もこう易々と侵入を許すのは、・・・獅子身中の虫かと」
発言のせいでは無かろうが、皆の視線が痛い。
私は大人衆筆頭に尋ねた。
「見当は付いているのだろう」
「八割方は」渋い顔の伊東。
「教えてくれぬか」
「お知りにならぬ方が宜しいかと」
私は視線を近藤勇史郎に向けた。
すると、スッと逸らされた。
沖田は・・・。
これも逸らされた。
たぶん、容疑者は私に近い者。
その数は限られていた。
一人一人を思い浮かべた。
これと決めつけられない。
私は伊東に尋ねた。
「慎重に、間違いがないように調べてくれ」




