(安寧)6
山南が私に湯飲み茶わんを差し出した。
試す様な視線。
「これは大人の味だそうです。
飲み難いとお思いでしたら、飲まなくても結構です」
私は頷いて湯飲み茶わんに手にした。
熱い、黒い。
前世の珈琲と同じ薫りが鼻を擽った。
大好物だ。
熱いので軽く一口。
にっ、苦い。
忘れていた。
この身体にとっては初めての味。
湯飲み茶わんを取り落しそうになった。
山南はまさに苦笑い。
でも何も口にしない。
視線を逸らし、澄ました顔で皆に珈琲を配った。
側仕えの沖田蒼次郎が声を漏らした。
「うっ、毒ではないか」
大人達は慎重に一口、二口、ついには飲み干した。
誰一人、文句は言わない。
山南が私と沖田に視線を転じた。
手元の小さな壺を滑らす様に、こちらに押し出した。
「砂糖です。
入れて掻き混ぜて下さい。
味が整います」
昨年、美濃の職工の村で砂糖製造に成功した。
それだ。
壺を開けた。
ちょっと白い。
前世の砂糖には敵わないが、一歩前進しているのは確かだ。
私と沖田は無言で砂糖を入れた。
ゆっくり掻き混ぜた。
飲む。
「これは・・・、この砂糖、昨年の物より上等ではないか」
「山窩衆より手に入れた木の蜜を乾燥させ、練り込んでみました」
「飲み易い」沖田。
山南は他の大人達には別の壺を差し出した。
「これは楊貴酒を煮詰めた物です。
これで味を整えて下さい」
誰も異を唱えない。
素直に従う。
それぞれが目分量入れて掻き混ぜた。
真っ先に口にした猪鹿の爺さんが深く頷いた。
「これはこれで有りだな」
この山南、旗本隊の千人頭にして、隊内鉄砲組の組頭。
射撃や騎乗の訓練を熟しながら、私の賄い方も兼ねていた。
さらには若狭の輸入事情にも通じていた。
八面六臂とは彼の為にあるのかも知れない。
珈琲で一息入れた所で大人衆筆頭・伊東が皆を見回した。
「さて、本題に入りますか。
領地持ちの国人衆や地侍衆、彼等をどういたしましょうか」
参謀・芹沢嘉門が意見を述べた。
「今の当家に必要であるとは思いません。
さりとて、問答無用で切り捨てるのも如何かと」
忍び衆の頭領・ 猪鹿虎永も述べた。
「左様左様、不要ではあるが、性急に切り捨てるのは考えものだな。
情が無さ過ぎて足軽や職工達が動揺する」
近藤勇史郎が重々しく頷いた。
「当家は敵には冷酷であっても、味方は別でしょう。
手厚く報いてやりませんか」
「どう報いる」猪鹿の爺さん。
「殿が大広間で申された様に今後、戦には駆り出さない。
内政に専念させる」
芹沢が吐き捨てるように言う。
「それでは飼い殺しではないか。
こちらとしては優れた者を引き取りたいのだ。
特に参謀方が不足しておる」
近藤が言う。
「美濃、近江、若狭、越前、加賀、当家がこの五か国だけであれば、
人材は、屯田の村で育てた者達で間に合いませんか」
大人達それぞれが意見を出し合い、検討を重ねた。
それを側仕え達は黙って聞いていた。
彼等は意見を述べる立場にはない。
なので聞置くだけ。
珈琲をお代わりしながら。
結局、纏まらなかった。
領地を献上せぬ国人衆や地侍衆は近江や越前にもいた。
治世と人材の両面から早期の解消が求められていた。
にも関わらず、解決策が見つけられない。
私は三杯目の珈琲を飲み干した。
「当家は出来て間もない。
慌てず、騒がず、ゆっくり育てて行こう。
小さな綻びから立ち枯れしては元も子もない」
「そうですな」近藤が同意してくれた。
間を置いて、猪鹿の爺さんが思い出した様に言う。
「そうそう、忘れておりました。
三河の国人衆や地侍衆が当家を目指しておるようです」
芹沢が猪鹿の爺さんを振り返った。
「もしかすると、国を捨てたのか」
「そのようで。
三河当主の松平元康殿が戦死したので、
仇の織田家には仕えられないのでしょう」
近藤が芹沢に言う。
「参謀方に相応しい者がおれば宜しいのだが」
「心当たりが一人、二人、三人」指折りして数え、
「当主と共に戦死しておらねばだ」それでも目を輝かせた。




