(安寧)2
私は飛加藤を改めて観察した。
着こなしも、一つ一つの仕草も見事に手代を装っていた。
どう見ても忍者集団の頭領とは思えない。
私は列席している者の一人に目を転じた。
猪鹿虎永。
奴の正体を告げてくれた爺さんだ。
面白そうな顔で飛加藤を見守っていた。
同類だから親近感が湧くのだろう。
私の視線に気付くと、ニヤッと笑い返してきた。
何を考えているんだか、それを気にするだけ損だ。
私は飛加藤に視線を戻した。
「取次役方から聞いているが、改めて当人にも尋ねる。
三ツ橋屋の手代とやら、武田家からの要請を詳細に述べよ」
飛加藤が深く頭を下げた。
「有難うございます」手代らしき声音。
「声が届くように顔を上げよ」
「はい、承知いたしました」
ゆっくり顔を持ち上げ、姿勢を正した。
「武田様は討ち死になさいました家臣の方々の首を引き取りたい、
そう申されています」
「いささか都合が良いではないか。
勝手に攻め寄せて来て、家臣が討ち死にしたから、
それを買い戻したいだと」
「はい、誠に申し訳ないことで御座います。
非は武田家にあります。
そうではありますが、そこは曲げて、伏してお願いする次第です」
飛加藤が改めて、四つん這いにならんばかりに、深く深く平伏した。
私は呆れた。
「飛加藤、お主は信玄の代わりに平伏しているのか」
「はい、そのつもりです」
「しかしなあ、そうは見えん。
ただの河原芝居にしか見えん。
諦めて頭を上げよ」
渋々と言った体で飛加藤が頭を上げた。
無念そうに私を見た。
表の顔はそうだが、目の奥は笑っていた。
彼も承知のうえで平伏していたらしい。
「如何いたせば宜しゅうございますか」
「それらしき首は塩漬けにしてある。
漬物ではないぞ。
当家にはその様な因習はない。
塩漬けにしたのは売り物だ。
よかったら買って行くか」
「はい、有り難く」
「値付けは取次役方といたせ」
「誠に有難うございます」
私は飛加藤の付き添いに目配せした。
取次役方の者だ。
それを受けてその者が飛加藤に声をかけた。
「手代、殿の許可は得た。
詳しい話は取次役方で行おう。
拙者について参れ」
遠ざかる足音が消えると、猪鹿の爺さんが私に尋ねた。
「あの者を取り込みたいのですが、如何でしょうか」
「良い者だとは思う。
しかし、簡単に取り込めるか」
爺さんが表情を緩めた。
「あの者の取引相手は畿内よりも関東です。
特に武田です。
その武田は斜陽、今に没します。
他に取られる前に声をかけておくべきです」
私は他の列席者を見回した。
大人衆も参謀役方も異存のない顔をしていた。
「分かった、その件は忍び衆に任せる」
私の東濃城での仕事が終わった。
武田を撃退し、これまで殆ど手付かずだった東濃を手に入れた。
武田に与した家は美濃から追放した。
日和見していた家々には最後通牒を行った。
「領地を献上して足軽として当家に仕えるか、戦うか、
それとも帰農して大人しく暮らすか」
今回は国人としての待遇を許すつもりはない。
それは評定衆の総意でもあった。
何故なら、この短い間に当家は予想を覆すほどに大きくなった。
隣接する国は必要とあらば、いつでも磨り潰せる。
最大の大国・三好家でもそう。
遠慮せねばならぬ相手はいない。
今はそう。
いない。
私は近江に戻ることにした。
大きな方針を示し、細々とした東濃の統治は美濃在番の者達に委ねた。
あまり上から口出しすると、彼等が委縮する。
あるいは依存する。
それを避ける為に近江に戻るのだ。
けっして里心がついたからではない、たぶん。
お絹、お市、元気にしてるかな。




