(安寧)1
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ここは東濃城の大広間。
主要な家臣が左右に居並んでいる中で、沖田蒼次郎が私に平伏した。
「まことに申し訳ございませんでした」
私は先ごろ彼を使者として尾張に遣わした。
美濃に侵攻して来た甲斐・武田軍との戦いの結果を信長殿に知らせた。
その際に騎馬五十騎を預けた。
「だいぶ減らしたそうですね」
「はい、戦死十二名、負傷十一名、言い訳は致しません。
全て某の責任であります」
五十騎のうちで無事に戻って来れたのは二十七名。
負傷した十一名は尾張方で治療療養中。
戦死した十二名の遺体は先に近江に帰還させた。
これは部隊の壊滅に等しい。
事情は同行させた戦目付に聞いた。
また信長殿より送られて来た礼状でも触れていた。
折から在城していた参謀や大人衆に聞くと、
彼等も止むなき判断であったと同情した。
それでも沖田蒼次郎は己に厳罰を求めた。
どうしても自分が許せないらしい。
私は彼に告げた。
「蒼次郎、少ない犠牲で勝利を目指すのが当家の方針です。
けれど、如何ともし難い事は起こるのです。
我等は普通の人間ですからね。
それをいちいち罰していては、将がいなくなります。
それに、ここで貴方を罰すれば桶狭間の戦いを汚すことになります。
分かってくれますね」
桶狭間で信長殿は今川義元の首を得た。
信長殿にとってそれは渇望していた首であった。
当家は甲斐の武田信玄を撃退したが、首には拘っていなかった。
何故なら国力が違っていた。
当家はあの武田家であれば、何度でも撃退できた。
最終的には磨り潰して居城に追い込めた。
対して信長殿は違った。
国力から一度しか機会がなかった。
失敗すれば義元に警戒される。
警戒されて方針を磨り潰しに変更されれば、打つ手がなくなる。
そこに首を得た。
驕った義元の首を得た。
望外の勝利であった。
信長殿は今川義元を討ち、勢いのまま沓掛城を落した。
余勢で三河の岡崎城をも落し、三河を掌握した。
城だけではない。
尾張からの退却を許さず、数多の今川方の将を討ち取った。
朝比奈泰朝、岡部元信、松平元康、三浦義就、蒲原氏徳、井伊直盛、
松井宗信、由比正信、一宮宗是、久野元宗、久野氏忠、長谷川元長、
庵原元政、松平政忠、松平忠良、近藤景春。
翌日も大広間で平伏している者がいた。
商人の恰好をしていた。
何やら胡散臭そうな雰囲気。
奴隷商人が近いかな・・・。
私からは友達になれそうにない男だ。
腰を下ろして男に声をかけた。
「そこでは遠い、もう少し近くに寄れ。
でなけば話ができん」
男が少し顔を上げた。
私にではなく、近くの付き添いに小声で尋ねた。
「よろしいので」
「よい、殿もああ仰っていらっしゃる。
もう少し前に進め」
男が膝でスリスリ。
ちょっと前に出た。
用心しているのが見て取れた。
私は催促した。
「もう少し前だ。
お主の手裏剣が届かぬ範囲まで進め」
男が身体をビクッとさせた。
私は声をかけた。
「化けの皮は剥がれている。
修羅場には慣れているのだろう、飛加藤殿」
飛加藤は都の商人・三ツ橋屋徳兵衛の手代として、偽名で現れた。
「甲斐の守護・武田様のご依頼で、
甲斐の将の方々の首を買い戻しに参りました」
本来であれば取次役方で済ませられるのだが、
私は飛加藤に興味を覚えた。
一も二もなく、直に面会する事にした。
飛加藤が真顔になった。
スリスリと器用に後ろに下がった。
私は思わず尋ねた。
「そこが手裏剣が届かぬ範囲か」
「はい」
至極当然の顔。
列席していた者達が堪らずに失笑を漏らした。




