(桶狭間)6
信長は今川義元を追い掛けた。
その背中は見えないが、諦めるつもりはない。
姿を求めて馬を急がせた。
竹林を曲がった先にそれらしい後ろ姿を見つけた。
求めていた四十数騎の一団。
何やら、もたついていた。
どうやら先を塞がれているらしい。
原因は当家の足軽の一隊。
旗指物がそう主張していた、我が配下だ。
先回りさせた覚えはないが、手柄には違いない。
後で褒めてやろう。
騎馬の一団を相手取って、一歩も引き下がらない。
誰が統率しているのか知らないが、見事な采配だ。
信長は膝下の馬廻り衆に命じた。
「義元を逃すな、討ち取れ」
挟撃の形になった。
数もこちらが多い。
これで逃したら笑い者だ。
信長自身は突入せず、しかりと観戦する事にした。
手柄は家来の物。
自分は褒賞を与える者。
しかし、逃す気配が見えたら、その限りではない。
背後の五騎を率いて自ら討ち取る。
是非はない。
義元を守っている騎馬の者達は何れも武田信虎の配下ばかり。
彼等の旗指物でそれと分かる。
律儀に主の言いつけを守るつもりらしい。
信虎の人柄は知らないが、統率する資格を有する者である事は確かだ。
挟撃に気付いた敵勢が二手に別れた。
前へ前へと突き進む者達。
殿の備えとなる者達。
その間に挟まれた所に義元らしき姿があった。
足軽数人が運に恵まれたのか、馬群にするりと侵入した。
その一人が義元らしき武士目掛けて槍を大きく振り回した。
強引に馬上から払い落した。
槍を持ち直し、起き上がろうとする所を刺した。
一度ではない。
二度三度と刺した。
気付いた騎馬の者達が慌てた。
我先に馬を寄せて、討たれた武士を守ろうとした。
幾人かは下馬した。
槍を手に、足軽達に襲い掛かった。
首を渡すつもりはないと見えた。
乱戦になった。
首を巡っての争いになった。
信長は大声で味方を叱咤激励した。
「一人も逃すな、ここで全員を討ち取れ」
勝ちは転がって来たが、こうでもしなければ収まりがつかない。
味方の後続が次々に到着した。
急いで加勢しようとした。
それを信長は止めた。
「もう終わっている。
静かに見守ってやれ」
森可成も姿を見せた。
「信長様、敵の小荷駄隊を接収しました。
敵の足軽雑兵ですが、こちらの指示に従うそうです」
「よくやった。
しかし、敵将の抵抗はなかったのか」
「その敵将がおりませんでした。
雨宿りをしている途中で配下共々、その姿を消したそうです」
目の前の敵勢は一人として屈しない。
手が、足が、動く限り最後まで抵抗する。
そして、最後の一人を倒した。
味方に甚大な被害を出して終結した。
信長は見ているだけで疲れた。
実際に戦った者達はそれ以上のようで、終わったと知った途端、
崩れ落ちるようにその場に腰を下ろした。
その中に元気な者がいた。
小柄な足軽で、軽快な足取りで信長の傍に駆け寄って来た。
馬廻り衆も見知りの者で、止める者はいない。
「信長様」両膝ついて、ぐっと顔を上げた。
憎めない老け顔。
まだ三十にもならぬと言うのに、気の毒な。
しかし、それを打ち消す愛嬌が持ち味だ。
「猿よ、お主の隊か」
木下藤吉郎。
信長に小者として雇用された男だ。
器用な奴で、今は足軽の一隊を任されていた。
「はい」
「よくここと分かったな」
「突入に遅れたので、それなら落人狩りでもしようかと、
ここで待ち構えておりました」
「それが当たった訳だ。
あれは今川義元だぞ。
後で知る者の検分が必要だがな」
信長は義元らしき死体を指し示した。
のけぞる藤吉郎。
「ほんとうに、本当で御座いますか」
「ああ、検分待ちだが、当人に間違いなかろう」
思わず立ち上がる藤吉郎。
片手を上げて叫んだ。
「木下藤吉郎、今川義元、討ち取ったりー」
信長が咎めた。
「見ていたがお主ではなかろう」
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