(桶狭間)2
☆
織田信長は鳴海城を囲む砦の一つ、善照寺砦で、
次々に戻って来る物見からの報告を検討していた。
どう考えても天秤は今川家に傾いていた。
織田家の目はない。
けれど信長は諦めない。
付け入る隙はどこに・・・。
そこへ清洲城から使番が来た。
「明智家からの使者様を案内して参りました」
傍に控えていた馬廻りの一人が呟いた。
「こんな忙しい時にか」
使番はそちらには目もくれない。
信長一人を見ていた。
「はい、ご当主様の代理で、大事な話だそうです」
「であるか。
仕方がない、通せ」
顔に見覚えがあった。
元は光国の側仕え。
今は旗本隊の武将、名は沖田蒼次郎、何度か顔を会わせていた。
「どうした、武田との戦には出ぬのか」
「それが終わりましたので、報告に参りました」
予想よりも早い。
「ほう、それはそれは。
で、どうなった、勝ったか、負けたか」
沖田は焦らすように一呼吸置いた。
傍にいる者達を見回し、再び信長に視線を戻した。
「勝ちました。
美濃より追い払いました」
信長は疑いを持った。
「追い払った。
信玄公の誘いの手ではないのか」
「いいえ、鉄砲隊で半数近くを削りましたので、余力は御座いません。
信玄公は別動隊と合流し、飛騨口より信濃へ引き返したそうです」
詳しく聞いている暇はない。
目の前に戦が迫っていた。
「あい分かった。
こちらは東濃の心配はせずとも良いのだな」
「はい、東濃勢は壊滅させました。
今頃は当家の兵が入り、平定している筈です」
それなら動き易い。
「使者殿、ご苦労であった。
この砦で休むが良い。
ワシらはちょっと戦して来る。
戻って来るまで、ゆっくりなされよ」
「拙者もその戦に同行をお願いしたいのですが」
「それは出来ぬ。
お主に何かあったら困る」
沖田が平伏した。
「是非ともお願いいたします。
信長様の戦振りを見ずに近江に戻ると、お二方に叱られます」
「お二方・・・。
お犬、いや、今はお絹か、それとお市の二人か」
「はい」
信長は理解した。
確かにあの二人なら、戦を見ずに戻れば確実に叱るだろう。
「であるか。
念を押して置くが、手柄は立てるな。
ワシの馬廻り衆が迷惑する」
信長は武田の脅威が消えたので手立てを変えた。
使番六名を呼び寄せ、それぞれに口頭で指示を与え、
急ぎ各所に走らせた。
彼等が立ち去った頃合いに、新たな物見が戻って来た。
「今川の本隊が沓掛城から出立しました。
道筋から、大高城に向かっているものと見受けました」
信長は陣卓子の地図を見た。
あの辺りの地理は手に取るように分かった。
「出陣する」
善照寺砦から信長率いる本軍三千が出立した。
これに途次、使番の知らせを受けて駆け付けた地侍達が加わって行く。
彼等の手勢もいるので、兵力が次第に膨れ上がる。
信長は振り返ってその長い隊列を見た。
どう見ても五千。
隣で馬を並べている森可成に零した。
「増えるのは歓迎するが、兵糧は如何したものか。
森よ、どうしたら良い」
「今川の小荷駄隊を襲わせれば宜しいかと」
「誰に任せる」
「前田では」
「利久か」
前田利久、前田家の当主だ。
「いいえ、利家です」
利久の弟の名が出た。
人を殺して出仕停止中の前田利家とは・・・。
信長は顔を歪めた。
殺されたのは坊主だが、ただの坊主ではない。
芸事を好む信長のお気に入りの一人だ。




