(桶狭間)1
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私の下に朗報が届けられた。
当方勝利、武田軍敗走。
同時に戦場から死傷者が続々と搬送されて来た。
重傷者は現地に残されたが、他は荷車に乗せられて来た。
軽傷者や死者だ。
表門で出迎えていると、意外な顔を見つけた。
美濃衆与力を預かっていた竹中重元だ。
荷車に乗せられていた。
彼が死傷者に含まれているとは聞いていない。
思わず走り寄った。
「竹中、傷は重いのか」
驚いた顔で竹中が上半身を起こした。
「これは殿・・・」
荷車に付き添っていた竹中の嫡子が応じた。
「殿、父は腰を痛めただけで命に別条はありません。
動けないでは、陣頭に立てません。
邪魔になるだけです。
それで近藤隊長の許可を得て、こちらに下がらせました。
・・・。
与力衆は近江の藤堂殿に預かって頂いております」
嫡子から大蒜と酒の入り混じった匂いがした。
餃子と酒を好んでいるのだろう。
重元が顔を下げた。
「申し訳御座いません」
私は彼を見た。
白い髪に、皺々な皮膚。
高齢だ。
六十を超えたか、超えないか、その辺りだろう。
「重元、これを機に身体は労わるようにしろ、いいな」
「はい」
私は嫡子に視線を向けた。
「半兵衛、酒はほどほどにな」
私は沖田蒼次郎を呼んだ。
「尾張へ使番として向かえ。
信長殿とは面識があろう。
その信長殿にこの勝利を伝えろ。
急ぎだから騎馬数は五十。
清洲に当家の兵が留守居で入っている。
足りぬ糧食はそれに頼れ」
「某が抜けても大丈夫ですか」
傍にいた参謀・大石蔵人が説明した。
「さっきの使番によると、武田軍は飛騨に退いたそうです。
もう戻って来る事はないでしょう」
「そうですか」
「この勝利を知らせれば織田様の戦術の幅が広がります」
合点したのか、沖田が深く頷いた。
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その日は朝から晴天であった。
雲一つない絶好の戦日和。
前日、沓掛城の今川義元に前線から吉報がもたらされた。
今川方の大高城を囲む織田方の丸根砦と鷲津砦、
その二つを落としたと言うのだ。
「よくやった。
それで織田の小僧はどこにいる」
「鳴海城を囲む砦の一つ、善照寺砦に入りました」
「その兵力は」
「およそ三千」
「明智家からの援軍は」
「清洲城の留守を預かるそうです」
今川方の鳴海城を囲む砦は三つ。
丹下砦、中島砦、そして善照寺砦。
その三つを占領すれば清洲城までは僅かな距離。
邪魔する城も砦もない。
清洲城の明智家の援軍は目障りだが、攻略する手立てはある。
一番手っ取り早いのは織田家の小僧を捕え、交渉する。
明智家の当主の義兄とあれば、身柄と城の交換に応じる筈だ。
「明智勢の動向を見張らせておるか」
「はい、物見を付けました」
「あい分かった」
明智家の加勢は三千。
それは想定内だ。
事前の細工が利いたらしい。
笑みを浮かべて義元は広間の諸将を見回した。
「我等は明日、大高城に入る。
大高城より鳴海城を囲む砦を落とし、しかる後に清洲城へ向かう。
ただしだ、織田の小僧は殺すな。
清洲城と交換する。
多少の傷は仕方ないが、けっして殺すな、皆に徹底しておけ」
「おう」諸将が一斉に応じた。
予定通り、沓掛城から今川軍が出立した。
総勢で三万近い軍勢も、各地の織田家の砦攻略へ向かわせたので、
本隊は一万そこそこ。
小荷駄隊を差し引くと実働部隊は半数を超えるくらい。
それでも織田全軍を合わせたよりも多い。
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