62. 皇太子の器
自分の置かれた状況を理解したソルは、その場に膝から崩れ落ちた。
「この大罪人たちを牢獄へ」
皇帝陛下が声を上げれば、すかさず兵士たちが現れてソルとニナを連行して行く。二人とも抵抗せず、ただ黙ったまま、とぼとぼと連れて行かれたのだった。
「さて。ではもう一つ片付けるとしよう」
静寂を取り戻した部屋の中で、ふと皇帝陛下はそう告げた。
レイラとギルバートは何のことかと互いに目を見合わせている。
陛下が「入れ」と廊下に向かって声をかけると、ゆっくりとアルフレッドがその姿を表した。
(殿下……!)
ニナの自白を聞かせるにあたり、アルフレッドはあえて一員に含められていなかった。ニナを心から愛している彼を傷つけることになるし、万が一にも計画を邪魔されてしまっては困ると思ったからだ。
(なのにどうして?)
レイラはひそひそとギルバートに確認をする。
「皇太子殿下もご一緒だったのですか?」
「いや。部屋には陛下とアリシアたちだけだった」
「では……」
その場にはやはり、アルフレッドはいなかったようだ。しかしそうなれば、なぜ今ここに彼がいるのかという疑問は解消されない。
「ギルバート、レイラ。二人にはすまないが、こっそりもう一つ部屋を用意して、そこでアルフレッドにも聞かせていたのだ。……この馬鹿息子には、直接聞かせなければ信じないと思ったのでな」
「陛下の命令で殿下の部屋には私が同席し、部屋から出て行けないよう椅子に縛り付け、また、声も出せぬように口も塞がせていただきました。その状況で、この部屋の会話をしっかりと聞かせました」
「お父様……」
アルノー宰相がそう補足した。
皇太子を縛るなんて、とレイラは思ったけれど、陛下がそれに対して何も言わないところを見ると、そこまでしても良いと言われていたのだろう。
そこまでしないと彼が、この計画を破綻させてしまうかもしれないから。
部屋を分けたのは、陛下のせめてもの温情だろう。椅子に縛り付けられている姿を、獣人のアリシアたちに見せるのは酷だと、そう考えたに違いない。
「して。アレの正体を知ってどう思った」
皇帝陛下から改めて問われ、アルフレッドは一層苦しそうな表情を見せた。
「……お前は、偽物の聖女だということに気付かなかったのか?」
「それは! ……だってニナは、純粋で、皆に分け隔てなく優しくて、それで……」
ニナの良いところを挙げればキリがない。
どう見ても聖女にしか見えない。
偽物だなんて誰も思わない。
……アルフレッドの言いたいことは分かるけれど、この場でそれは、言うべきじゃなかった。
アルフレッド以外の人間は皆顔を険しくしていくのに、それにも気付かない残念なアルフレッド。
「さっきのは何か事情があったのです……」
そう言いながらアルフレッドにチラッと見られて、レイラは嫌な予感がした。
「そ、そうです! きっとレイラが脅迫して無理矢理言わせたのです!」
アルフレッドは光を掴んだかのように歪んだ笑顔を見せながら勢いをつけて話し始めた。
「陛下! レイラは以前からニナにひどいことをしていました! きっと今回もレイラが仕組んで、」
「黙らぬか!!」
すかさず皇帝陛下の雷が落ち、部屋の中は静まり返る。父から突然叱られたアルフレッドはその顔を強張らせていた。
「この期に及んでそのようなことを申すかアルフレッド。……なぜ分からぬのだ、ニナ・ハーグストンは国を騙した大罪人なのだぞ」
「で、ですからそれはレイラが仕組んで、」
「会話を聞いただろう! レイラがいつそんな脅しをしたと申す!!」
(……本当に彼女を愛していたのね)
盲目的ではあるが、どこまでもニナの無実を訴えようとするアルフレッドからは、そんな感情が読み取れた。
愛することは自由だ。けれど溺れてはいけない。
愛に溺れる姿はとても滑稽で、皇太子ともあろう者がそんな姿を見せてはいけないのだ。
「…………もうよいアルフレッド。お前がそれほどに愚かだとは思わなかった。失望したぞ」
「へ、陛下……」
皇帝陛下はアルフレッドを残念そうな表情で見つめる。そして、苦渋の決断を下した。
「この場で宣言しよう。皇太子アルフレッドは今このときをもって廃嫡とし、皇太子の座には第一皇子のギルバートを推挙する」
「え!?」
陛下の宣言には、皆動揺が隠せなかった。
「お前は皇太子の器ではない。お前のような愚か者に、この帝国は任せられん」
「父上そんな……!」
「それに比べてギルバートはとても優秀だと聞く。学び始めたばかりの帝王学も驚くべき早さで覚えていっているとか。それにギルバートの隣にはこれまた優秀なレイラも付いているしな。二人が頂点に立てば帝国はますます安泰になるだろう」
アルフレッドを皇太子の座から下ろし、代わりにギルバートを立てるとは。
その可能性を考えていなかったわけではないが、しかし今、ニナやソルの罪が暴かれたところで行われるとは思わなかった。
おそらくこの場にいる大半がこの気持ちだろう。
「ですが兄上は……兄上は獣ではないですか!!」
ギルバートに皇太子の座を譲りたくないアルフレッドはそんなことを口にした。
「この国では人間にしか皇位継承できません! 野蛮な獣なんかに皇位を渡してはなりません!」
「実の兄に向かって何を言うのだ! お前はどこまで失望させれば気が済むか!?」
アルフレッドの言葉は尽く陛下の逆鱗に触れてしまう。
甘やかされて育った彼には、どうにも納得がいかないだろう。
「命が助かっただけでも幸せだと思え。離れを用意してやるから今日からそこで暮らして心を入れ替えるのだな」
陛下は冷ややかな目つきでアルフレッドに吐き捨てた。
それでも本当に、ただ皇太子から廃すだけで最低限の衣食住は与えてあげると言うのだから、陛下にもまだ父親の顔は残っているのだろうとレイラは思った。
(まあ、殿下はそんなことにも気づかないでしょうけど……)
「ギルバート、レイラ。これからやることは山積みだ。どうか力を貸してほしい」
聖女が偽物だったことや、神殿への横領のことも国民に知らせ、相応の処分を下さなければならない。
それから、皇太子交代のために貴族たちを説得して法改正もしなければならない。
陛下からの頼みに、二人は「はい」と力強く頷き、それを見た陛下は安心したようにニコリと微笑んだのだった。




