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悪女には死がお似合い~偽りの聖女に嵌められた令嬢は、獣の黒騎士と愛を結ぶ~  作者: 香月深亜
第二章

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60. 決定的な言葉

「……まさかこの状況で呼び出されるなんて」

「お越しいただき感謝しますわ、皇太子妃殿下」


 ギルバートが帰還した翌日、レイラはニナを皇子宮の自室に呼び出し、まずは笑顔で出迎えた。


「一人で来て欲しいとお願いしたのに、やはりそちらの神官はご一緒なのですね」

「当たり前です。あなたには前科がありますから」

「前科?」

「自作自演の服毒で私に罪を着せようとした前科です。また二人っきりのときに毒を飲まれたら困りますから、ソルの同席は許可してください」


 一人で来て欲しいとは言ったものの、レイラとしてはソルが付いてくるのも予想の範囲内。


「……よくもまあそんな嘘をつけますね」


 レイラは少しだけ笑みを残しつつ、ニナに告げる。しかしニナは、「嘘じゃありません」と否定する。


「あれは、あなたがしたことです」


 ニナは強い意志でそう言った。

 自分がしたことなのに、なぜそんなに強く出れるのか。


「……あの日、妃殿下は私に『聖女じゃない』と言いました。その件はどう釈明するおつもりですか?」

「……言ってないですよそんなこと。毒を飲んで、夢でも見たんじゃないですか?」


 レイラが毒を飲んで倒れたあの日。

 自らが毒を飲みレイラに罪を着せるつもりで、ニナは間違いなくそう発言していたのに。計画が狂い、発言自体を無かったことにするようだ。


(当然、まずは否定するわよね。あの場には私たちしかいなかったもの)


 するとその会話にソルが入ってきた。


「この方は立派な聖女様です。聖女じゃないなんて言葉、神官として甚だ遺憾です」

「悪いけど、今は妃殿下と話しているので黙っていてくださる?」

「……っ」


 しかしレイラは、彼を一言で黙らせる。

 この会話は皇帝陛下にも聞いてもらっているから、無駄なやり取りは省きたい。とにかく今やるべきは、ニナから自白を取ることだけ。



「私が自作自演しただなんて、大きくでましたね。それをしようとしたのはあなたなのに」

「っでたらめを!」

「でたらめ? 本当のことです」

「いいえ! あの件は、」

「いつまでその座に居座るおつもりですか?」


 会話の主導権はレイラが握り、これまでの思いをすべて乗せて言葉を畳みかけていく。


「聖女を騙ることは死に値する大罪になると分かっていますよね? それに、皇宮の予算を神殿に横流しすることも。それに加えて毒の件。あの毒は、あなたが飲むために用意したのでしょう? あえてあの部屋に私と二人きりになり毒を飲んで倒れることで、私に聖女毒殺未遂の罪を着せようとして」

「っちが、」

「ですが私が毒を飲んだから、代わりにあなたは不利な立場となった。聖女として私の治癒をしたそうですが、聖水と称して私に飲ませたのはあなたが前もって用意していた解毒薬。違いますか?」


 じりじりと追い詰められていくニナの顔色は悪くなる一方だ。レイラに対してどう切り返せば良いのかを必死に考えているようでもある。


「伝染病の件は、むしろ感謝されると思っていました。だって、あなたは偽物だから。もし『聖女様に治癒をお願いしたい』と言われても無理だったでしょう?」

「そんなことない! 私は聖女です! レイラ様が教えてくれればきちんと対応しました!」

「まあ。聖女様なら、伝染病の流行も神様が教えてくださるのではなくて?」

「なっ……!」


 レイラがとぼけた顔でそう嘲れば、ニナの顔はカッと真っ赤に染まり、苛立ちを覚えた様子だ。

 ここで、黙っていろと言われたソルも思わず口を出す。


「皇子妃殿下! 今のは神に対する侮辱です! 相応の罰を、」

「……伝染病の件は、陛下が私とギルバート殿下に一任してくれました。それに伝染病の流行を把握した時点で、すでに治療薬は判明しておりました。ですので、わざわざ皇太子妃殿下にお手伝い願うことがなかったのです」


 ソルの言葉も遮って、レイラは話を続けた。

 まるでソルの声が聞こえていないかのような振る舞いをする。


(黙っていろと言ったもの。彼の相手をする必要はない)


「皇子妃殿下! 私の話を、」


「皇太子妃殿下。私はあなたに釈明の機会を与えています。何か、私に話すことはありますか?」


 ソルがレイラに向かって声を荒げたが、それすらも聞かぬふりをして、レイラはニナに話を振った。


 ……もし。もしもニナが神殿に脅されているなら、多少慈悲をかけることもできる。

 そんなレイラの優しさが詰まった最後の機会だ。


(さて。どう出てくる?)


 しかし残念ながら、ニナにはその意図が伝わらなかった。


「……証拠は?」


 苦渋の顔を浮かべたニナが、ポツリと呟く。


「証拠……ないんですよね? あったら陛下に報告してるはず」

「あったらどうしますか?」

「ハッタリに決まってます」

「試してみますか?」


 ニナはレイラを睨むが、レイラや余裕の笑みを浮かべている。


 確かに証拠はない。

 だから今ニナに自白させようとしているのだ。

 だがそれはおくびにも出さず、レイラは答えていく。


「試すって……」

「私はあなたに釈明の機会をあげるためにこの場を設けました。ですが、釈明することがないのなら、私が知っていることを陛下に話すだけです」

「だから証拠は、」

「言うわけないでしょう。消されては困るもの」


 ふふ、とレイラは上品に笑う。


 全く証拠について話そうとせず、終始余裕を見せるレイラに対し、ニナはただ歯を食いしばるしかなかった。


 そして思い出したように、レイラは余罪を追加する。


「ああ、そうそう。あなた確か、皇太子殿下のことも馬鹿にされてましたわね」

「!」

「『馬鹿な彼のおかげで皇太子妃にはなれたけど、公務に関しては彼の頭の悪さは邪魔になる』とかなんとか」

「そ、れは……」

「可哀想な皇太子殿下。自分の愛する人に、裏でそんな悪口を言われているなんて知らないんでしょうね」

「……るさい」

「皇太子妃殿下であっても、皇太子殿下を侮辱すれば多少の罰は、」

「うるさい!!」


 瞬間、どうにか堪えていたニナの理性がプツンと切れ、皇宮中に響き渡ったのではないかと思うくらい大きな声で、彼女の怒りが爆発した。

 そして同時に、言ってはならない一言も口に飛び出してしまう。



「私は確かに偽物の聖女よ! 神殿が私を偽物にして、皇宮のお金も横流ししたわ! でも、皇太子妃の座は私が手に入れた! この座は私のものなのよ!!」



 レイラが待ち望んでいた、ニナが自白した瞬間だった。

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