57. 内乱の収束で得たもの
「援軍を送るだと?」
ギルバートが皇帝陛下に報告したところ、予想通り怪訝そうな顔をされた。
「はい。我々獣人騎士団がカルダールに向かう許可をいただきたく」
「……だが、公爵が帝国のためにおこした内乱だというのはレイラの推測なのだろう。そんな推測で援軍は、」
「推測ではありますが、ありえない話ではないかと存じます」
「うぅむ……」
乗り気になれない皇帝陛下を、ギルバートは確固たる意思を持って説こうとする。
「レイラに聞いたところ、以前公爵が帝国に来たのは、伝染病の件で帝国側の協力者を探すためでもあったそうです。公爵は、自由を好み争いからは遠ざかるお方です。そんな方が内乱に関わるとすれば、その理由は伝染病と関連しているに違いありません」
「……」
それでも皇帝陛下は首を縦に振らない。
反論してこないところを見ると、おそらくギルバートの意見は理解したのだと思う。
だとすれば引っかかっているのは……。
「……私の功績となることが気掛かりなのであれば、表向きは皇太子殿下の功績としていただいても構いません」
ギルバートにしてみれば予想通りの展開。
こうなったときにどう説くかも考えてきていた。
必要なのは、援軍を送る許可だ。
獣人の自分には功績なんて必要のないもの。
しかし、ギルバートの読みは外れていたようで、皇帝陛下は首を横に振る。
「そうじゃない、ギルバート」
「?」
「今さらと思うかもしれないが、内乱の地に息子を送ることが躊躇われたのだ」
それは、予想外の言葉だった。
今までそんな心配を受けたことはない。
いつも皇太子のアルフレッドを一番に考え、アルフレッドの望みばかりを叶えてきたというのに、本当に今さらな言葉だ。
「そなたが援軍を率いるのであれば、その先で得る功績はそなたのものだ。それをアルフレッドに渡せなどと言うつもりはない。……無事で戻れ。私から言えることはただそれだけだ」
今さらな言葉。
それでも。
(……父親から心配してもらえるというのは、存外嬉しいものなのだな)
「……畏まりました」
ギルバートの心はじんわりと温まる感覚がして、彼は頭を下げながら、無意識に微笑んでいたのだった。
────それから二週間後。
ギルバートが率いた獣人騎士団がカルダールでネイトたちと合流し、見事内乱は収束した。もちろん、ネイトたち側の勝利によって。
ネイトはレイラの推測通り、やはりゼイン帝国での伝染病の流行を止めるために内乱に加わっていたらしい。
今回の内乱では、ゼイン帝国を脅かそうとしていた皇族および側近たちが一掃され、玉座へは新たに第五皇子が就いた。
第五皇子とネイトは年が近いこともあり昔から仲が良く、そして彼は獣人と人間とのクォーターなのだそうだ。
その血のせいで皇族の中でも忌み嫌われ、少し前まで国境近くの枯れ果てた地で領主をしていたらしいが、ネイトから伝染病の件を聞き、また、彼からの強い説得を受け、今回こうして内乱を起こし、自らが玉座に就いて国を建て直す決意をしてくれたのだという。
おかげで、伝染病の発生源を抑えることができ、伝染病の収束にも繋がった。
今ギルバートたちは帝都への帰路に着いており、また、ニギラ村で伝染病患者の治療に当たっていたアリシアももうじき帝都に戻ってこれるかというところ。
レイラは皆の帰りを心待ちにしていた。
ところが、その結果を良く思わない者たちがいた。
「まさかあの獣がカルダールの内乱に加担して功績を得るなんて……」
「ったく。そのまま野垂れ死んじまえば良かったのに!」
「滅多なことは言うものじゃないわ、アルフレッド」
皇后陛下のいる皇后宮に、アルフレッドとニナが集まって会議をしていた。
「しかし母上! 兄上は帝王学を学び始めたそうではありませんか! まさかとは思いますが兄上が皇位継承権を、」
「それこそ滅多なことよ。皇位を獣に継がせるなんて冗談じゃない。どうせ獣人は皇位を継げない決まりになっているのだから、あれに皇位継承権が与えられるなんてことは万に一つも起きないわ。この国の皇帝になれるのはあなただけよ」
「そ、そうですよね……!」
ギルバートが台頭してきていることに焦りを見せるアルフレッドを、馬鹿なことを言うなと皇后陛下が諌める。
「でも、あれが目立ち始めているのは確かだわ。忌み嫌われるように、獣人の証である黒を付けて『黒騎士』という異名を広めたというのに、今回のことでその異名はむしろ名誉と捉える者が出てくるかもしれない。それに……」
皇后陛下はチラリとニナに視線を向けて言う。
「伝染病を解決させるだなんて、聖女は皇子妃だったかしら?」
それはニナに対する明らかな皮肉だった。
ニナは今回、伝染病に対して何も動いていない。彼女が知らないうちに全てが収束していたのだ。聖女も形無しである。
「……申し訳ございません」
「母上! ニナをいじめないでください! ニナは今回の件を何も聞かされていなかったのですから仕方ありません! むしろ、聖女であるニナに知らせずに動いていた皇子妃に問題があるのですよ!」
複雑な表情でニナが謝罪すると、アルフレッドは咄嗟にニナを庇い立てた。
アルフレッドに庇ってもらえたことを良いことに、ニナは目を潤ませて「アルフレッド様……!」と甘えたような声を漏らす。
これは所謂、嫁姑問題の場に夫も同席している状態。嫁であるニナは夫のアルフレッドさえ味方につければ勝ちである。
幸いアルフレッドはニナを擁護してくれたので、ニナはただアルフレッドに縋れば良い。
「まったく。いつになったら目を覚ますつもり? 聖女を妃に迎えたといえば聞こえは良いけれど、皇宮管理もまともに出来ないし、一向に懐妊の知らせもないじゃないの」
「今その話は、」
「もしあなたがあのままアルノー公爵令嬢と結婚していればこんなことにはならなかったのに」
皇后陛下は、不満を吐き出し始めた。
これまで心の内に秘めていたのか、言い出せばキリのない、ニナに対する鬱憤が高貴な口から溢れ出す。
「せっかく私がお膳立てして公爵家と姻戚関係になろうとしたのに。それを破棄してまで結んだ婚姻なのだから、当然、元々想定していた以上の結果は求めてしまうわ。皇宮管理にせよ、世継ぎにせよね。それなのにその子ときたら、やれ祈りだなんだって聖女の仕事にばかり奔走して皇宮を蔑ろにして」
ニナは言われるがまま、反論はせずに静かに歯を食いしばっていた。
(……皇后は未だに私を認めてくれない。レイラ様と比較されたって、彼女とは学んだ年数が違うんだからうまく出来なくて当然じゃない……)
心の中では皇后陛下に意見したくて堪らなかったが、ニナの立場からは何も言えず。ただその場を耐え忍ぶしかなかった。




