54. 与えられた機会
「アリシアさんは大丈夫でしょうか……」
ギルバートの執務室で一緒にお茶を飲みながら、会話の中でレイラは心配の声を吐露する。仕方なくアリシアを送り出したものの、やはり心配は心配なのだ。
「何かあればすぐに知らせが来る。知らせがないのだからきっと大丈夫だ」
ギルバートは、ポン、とレイラの肩に手を置きながら、彼女を安心させる言葉を言う。
「だと良いのですが……」
便りがないのは良い便り。
そう考えるに越したことはないのだが、アリシアたち派遣団が皇宮を出発してからもう二週間が経過している。一度、ニギラ村の隣村に無事到着したという知らせは届いたがそれっきり音信不通だ。
ニギラ村で伝染病が始まっているかどうかなど、欲しい知らせは届いていない。
「失礼します、団長」
執務室にユアンが入ってきた。
「今使いの人が来て、陛下が団長をお呼びだそうです」
「分かった」
「あと、」
皇帝陛下からの呼び出しとあって立ち上がったギルバート。しかしユアンの話には続きがあった。
「奥方も一緒に来て欲しいって」
皇帝陛下がレイラを呼ぶなんて珍しい。
大抵はギルバート一人だ。
「……どんなお話かは言われましたか?」
「んにゃ。団長と奥方に来て欲しいってだけだったっすね」
呼び出しの理由を尋ねてみるも、ユアンも聞けていないらしい。
レイラとギルバートは不思議そうに顔を見合わせるが、皇帝陛下に呼ばれているなら行くしかない。
「分かりました。私も参ります」
ギルバートがスッと手を差し出したので、彼にエスコートされながら、レイラも共に皇帝陛下の元に向かった。
***
「皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
「ご挨拶申し上げます」
「楽にせよ」
皇帝陛下の執務室に着いた二人は頭を下げ、皇帝陛下はすぐ頭を上げるように許しを出した。
「突然呼び出してすまないな。レイラに確認したいことがあるのだ」
「私に、ですか」
目当てが自分だと知り、レイラは静かに驚く。
「ニギラ村に派遣団を送ったそうだな。目的は何だ?」
「!」
(どうして……)
派遣団の目的は伝染病の調査と……もし感染者が出ていればその治療も、というところだけれど、それは皇帝陛下には言えない話。そもそも皇帝陛下を始め他の人には知られないよう密かに動いたはずなのに、どこで話が漏れてしまったのか。
レイラの心臓はどくんと強く跳ねる。
「……目的は、他愛のない調査です」
「他愛のない調査?」
「はい。陛下のお耳に入れるほどではないと思い独断で動いておりました」
「伝染病の件は私の耳に入れなくて良いと?」
「!?」
皇帝陛下の口から『伝染病』という単語が出てくるとは思わず、衝撃が走る。レイラだけではない。隣にいたギルバートも一緒に驚いていた。
「民が伝染病に苦しんでいるなら皇帝である私が知って然るべきだと思うのだが、違うか?」
つまり、皇帝陛下に知らせずに動いてしまったため、皇帝陛下を軽んじたと思われているようだ。国の頂点に立つお方を軽んじるなどあってはならない。
「ご、誤解です陛下!」
レイラは膝を床について弁明をする。
つられるように、隣に立っていたギルバートも膝を折った。
「私が得た情報がかなり不確かなものだったため、真相を確かめてからご報告差し上げようと思っていたのです」
情報源はレイラが回帰する前の記憶。
そんな情報を皇帝陛下にあげられるわけがない。あげたところで、一蹴されて終わっただろう。
「不確かな情報とはいえ、もし伝染病が本当に流行っているとすれば国の一大事。そのため、まずは私めが信頼する者を派遣し、今はその調査結果を待っているところでございます」
「確かに一大事になるが、それを密かに解決することで国の英雄になろうという気があったのではないのか?」
「とんでもないことでございます!」
皇帝陛下からの疑いの目が強く、レイラの説明でもまだ納得してくれない。レイラは根気強く説明を続けた。
「一介の皇子妃が国の英雄になど、畏れ多いことです」
「だがその華をギルバートに持たせるつもりだとしたらどうだ?」
「「!」」
レイラとギルバートはさらに驚いた。
ギルバートに華を持たせるというのは、皇子として功績をあげるということ。
半年ほど前のネイトとの一件もあり皇太子の不甲斐なさが露呈し始めている今、ギルバートが頭角を表せばどうなるか。
(……それでも帝国法によって、獣人であるギルが皇位を継承することはないというのに陛下は何を……?)
「それは一体……」
「以前カルダールから来たネイト・グランヴィルを覚えているか? 奴が最後になんと言ったと思う?」
(公爵が陛下に?)
彼が皇帝陛下との別れの挨拶で発した言葉など、見当もつかない。レイラは黙り、陛下はため息をつきながら答えを教えた。
「奴はこう言ったのだ。『この国は、第一皇子と皇子妃が率いたらもっと強くなるのに』と……」
「!?」
まさかそんな。
皇帝陛下に向かって、皇太子ではなくギルバートを支持すると発言するだなんて。
「直前にアルフレッドが失言していたからな。致し方なしと思いその発言を咎めはしなかったが……。しかしアルフレッドが皇太子の座に相応しくないことには薄々気づいてもいたから、意表をつかれた気分だった」
皇帝陛下は淡々と続けた。
ネイトの意見を受けて、どう思ったのかを吐き出した。
「幼い頃に皇太子となったアルフレッドはその座にあぐらをかき、あまつさえ権力を振りかざすような人間になってしまった。帝国法に基づけば獣人に皇位継承権は与えられない。だがもし……伝染病の件でギルバートに華を持たせたとしたら、大きな功績となる。中には、帝国法の改正を求める人間も出てくるだろうな」
もしも本当にそうなったら。
獣人は間違いなくギルバートを推すだろうが、人間の中にもギルバートを推す者が出てきたとしたら。
しかも今、ギルバートの隣にはレイラがいる。レイラの支えはもちろんのこと、アルノー公爵家の後ろ盾があるとすれば。
人間側の支持、公爵家の後ろ盾、そして何より、伝染病を解決して民の命を守るという功績。
それだけ揃えば、ギルバートへの皇位継承権授与も現実味を帯びてくるだろう。
「それは、つまり……」
レイラは皇帝陛下に問う。
現実味を帯びたその発想をもって、皇帝陛下はアルフレッドを皇太子に据え置くのか、それともギルバートに機会をくれるのか。
「ギルバート。これからは帝王学を学ぶと良い」
「! ……畏まりました」
本来皇位継承権がある者だけが学ぶ帝王学。
それを学べということは、そういうことだ。
ギルバートはこの日陛下から、皇位を目指す機会を与えられたのだった。




