46. 暴露のそのあと
────『聖女じゃない』
決定的なその一言を聞いてしまったレイラは、硬直してしまった。
(どうして……? ううん。それよりも今は……)
なぜ回帰前と異なる展開なのかというのも気になるが、それは一旦置いておこう。
今はこの状況をどう切り抜けるかの方が大事だ。
なぜならこれは、回帰前のレイラが処刑されるに至った場面だから。
もし回帰前のあの場面が展開されているのだとすれば、ニナ側に置かれたお茶には毒が含まれている可能性が高い。
そしてこの後、ニナがその毒入りのお茶を飲んで倒れ、レイラが犯人にされてしまうのだ。
そうなればレイラは再び、聖女毒殺未遂の冤罪を着せられ処刑されてしまう。
なんとしてでも、ニナに毒入りのお茶を飲ませてはいけない。
お茶はすでにニナの手で注がれて、テーブルの上に置かれている。状況的に、毒はもう混入されているはずだ。
(わざとティーカップを割って、お茶を溢す?)
毒入りのお茶を溢してしまう方法。
そうすればニナが服毒することはない?
いや、それではダメだ。
ニナが毒の残りを持っているかもしれない。それを飲まれてしまったらどうしようもない。
ニナが毒を盛り、ニナ自身がその毒を飲もうとしているこの状況を打破する方法なんてあるのか。
レイラは脳内をフル回転させて、一つだけ、ある方法に行き着いた。
(もうこれ以外は……)
しかしその方法は、実行するには覚悟がいる。レイラはそっと目を閉じ、静かに深く息を吐く。そしてレイラは覚悟を決めたのだった。
「……聖女じゃない、とは? 一体どういうことでしょうか?」
初耳かのように、レイラは驚いたフリをする。レイラを驚かせられたことにご満悦なニナは、ふふふ、と笑いながら説明をした。
「言葉通りですよ。私は本物の聖女じゃないんです」
「……本物じゃない?」
「聖女の認定は神殿がするでしょう? 裏を返せば、神殿にさえ認めさせれば誰でも聖女になれるってことです」
レイラは再び聞かされたその言葉に顔を顰める。
「どうしてそんなこと……」
「どうして? うーん。まあ必要に駆られてって感じですかね。私にも事情がありまして」
「事情?」
「ふふっ。それを話すつもりはありません」
背中を向けたまま話していたニナが、くるっと翻ってレイラに笑顔を見せた。
「さあて。お話は終わりにしましょう」
「!」
ニナはゆっくりとソファに戻り、再びレイラの真正面に腰を下ろした。
「申し訳ありませんが、頭の切れるレイラ様は邪魔でしょうがないんです。……だから」
彼女は右手を伸ばしてティーカップを持ち、口元に近づけていく。
「あなたにはここで、消えてもらいます」
ふふん、と勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、ニナはごくりとお茶を飲んだ。
……が、ニナは倒れなかった。
お茶を飲んで倒れることを想定していたニナは、意味が分からないという顔をして、お茶を凝視している。
一口では足りなかったのかと、恐る恐るもう一口飲んでみても倒れない。
「なん、で……?」
「どうかしましたか?」
無意識に『なんで?』と漏らしてしまったニナに対し、レイラが心配そうに声を掛ける。
「皇太子妃殿下。何やら顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」
レイラは何食わぬ顔で心配なフリをして見せる。
「え、ええ」
「私には消えてもらう、と聞こえた気がしましたが、それは一体どういう意味か教えてもらえますか?」
「え、そ、それは……」
ニナの作戦では、自分は今頃とっくに毒に倒れて、レイラを牢獄に連れて行かせる予定だった。そうすればあとは、レイラに聖女毒殺未遂の汚名を着せて処刑に持っていくだけ。
それなのになぜ自分が倒れないのかと、ニナは動揺を露わにしていた。
「意味が分からないという顔ですね」
慌てふためいているニナに、レイラは声を掛ける。
「その様子を見るに、私の予想が当たっていたようで、残念です」
「……予想?」
「例えば、皇太子妃殿下が毒を飲んで倒れ、この部屋で二人きりだった私が毒殺未遂の犯人にされるとか」
「!?!?」
言い当てられたニナは目を大きく見開いて驚いた。
「なっ……、なん、いえ、なにを……!」
「突然自分は偽物の聖女だと言い出しながらもあの勝ち誇ったご様子では、何かあると言っているようなものですわ。私に言えば間違いなく陛下の耳に入るでしょうに、それを微塵も不安視しないご様子。私から発言権を奪うおつもりなのだと思いました」
「……」
「まあ、私の命が狙われることも考えましたが、ここは皇太子宮で、今は私とあなたの二人きり。この場面で私の命を奪うほど、あなたは馬鹿ではないでしょう? となればあなたがとる方法は、私の命を狙うのではなく、私を窮地に追い詰める方法。自ら毒を飲み、私を犯人にして牢獄に、という計画でしょうか。なんて卑劣な手段なのでしょう」
全てを言い当てられたニナは苦虫を噛み潰したような表情をする。一方のレイラは不敵な笑みを浮かべ、ニナに言う。
「……では、あなたがどれだけ卑劣なことをしようとしたのか、身をもって味わってください」
「え……?」
レイラは目の前にあるティーカップを手に持ち、その指にグッと力を込める。これからしようとしていることを考えて震えてしまわないように。
(……毒が致死量にならないことを祈るわ)
そして、ティーカップを口元に当て、ゆっくりと一口だけお茶を飲むと、直後にレイラは苦しみ出した。
「う……、はっ」
どうにか吐き出した息には、鮮血も入り混じり、レイラの手で抑えきれなかった分が彼女のドレスにこぼれ落ちる。
ニナは思わず立ち上がり、目の前の出来事が理解できずにいた。
「なにこれ……一体なにが……」
倒れて動かなくなったレイラを見下ろし、ニナはわなわなと震えている。
「わた、私はただ毒を……!」
(もしかして、私の用意した毒をレイラ様が飲んだ……? なんで、どうやって!?)
気が動転した状態では、考えもうまくまとめられない。
(と、とにかく誰か……)
起きたことの衝撃が強すぎて足取りも覚束ないが、ニナはなんとか部屋の扉を開けて、助けを求めた。
「だ、だれ、か……! 誰か侍医を!!」




