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悪女には死がお似合い~偽りの聖女に嵌められた令嬢は、獣の黒騎士と愛を結ぶ~  作者: 香月深亜
第二章

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20. 難しい距離感

「お待ちください、ギルバート殿下」


 レイラは、パーティ会場を後にしたギルバートを呼び止めた。


「……なんだ?」

「あの、ありがとうございました。お陰様で難を逃れられました」


 そんなお礼は、ただの口実。

 レイラはただギルバートの顔を見たくて、気づけば彼の背中を追いかけ、こうして会場の外まで来てしまったのだ。


「別に」


(ふふっ。懐かしい返事……)


 二年前も、何を言っても何を聞いても一言しか返ってこなかったな、とレイラは昔を懐かしんで微かに笑みをこぼした。


「……用がないなら私はこれで、」

「あ、待っ、あ、えっと……」


 待って、と言葉がでかけたものの、レイラにはこれ以上ギルバートを引き止める理由がない。

 もっと話がしたいとは思いつつ。

 このときのレイラはギルバートと仲良くなる前だから、何の話をすればいいのかさえも分からない。


 近づきたいのに、彼に近づくための一歩を踏み出すことが出来ない葛藤に、レイラは苛まれる。


(いきなりガツガツいって引かれたくもないし……。かと言って前みたいにずっと距離が縮まらないのも嫌だわ……)



「……アルノー嬢」


 無言の空間に、言葉を発したのはギルバートだった。


「やはり私との婚約は嫌という話なら、陛下やお父上にどうぞ。大々的に発表されはしたが、両者の親を説得できれば撤回できるかもしれない」


 ギルバートは、真顔でそんなことを言い出した。何かを言いにくそうにしているレイラを見て、彼女の用件を大きく履き違えてしまったらしい。


「嫌だなんて!」


 柄にもなく大きな声を出してしまったレイラは、慌てて口を手で覆う。それから「失礼しました」と言って昂る気持ちを抑えつつ、ギルバートに弁解をする。



「嫌だなんてとんでもないことです。私は……あなたとの婚約を嬉しく思っております」


 今度はそれを聞いたギルバートが黙ってしまう。


「…………うれしい?」

「はい。とても嬉しいです」


 ギルバートに聞き直されて、レイラはもう一度言った。


 嬉しいに決まってる。

 優しくて、気遣いができ、いつも助けてくれるギルバート。

 何度人生をやり直すとしても彼と結婚したい。


「獣人だぞ?」


 ギルバートは怪訝な顔をしてレイラを見つめる。


「皇太子の婚約者から獣人の婚約者になったのに、嬉しいというのか?」


 たしかに、世間一般では『嬉しい』とは表現しないかもしれない。

 でもレイラの気持ちに嘘はない。

 アルフレッドを慕う気持ちはなく、皇太子妃になりたかったわけでもない。

 むしろ今のレイラの心にあるのはギルバートただ一人。


「だから何だと言うのです?」


 レイラはきょとんとした顔で聞き返す。


「私はただ、ギルバート殿下との婚約を嬉しく思っています。その殿下が獣人であろうとなかろうと、この気持ちは変わりませんわ」

「アルノー嬢……」


「団長! こんなとこにいたんすか?」


 二人の世界に突然、ギルバートの部下であるユアンが割り込んできた。この世界に似つかわしくない、あっけらかんとした声だ。

 ギルバートの後方から手を振りながら近づいてくる。


「もー、パーティに顔出してすぐ戻るって言うから執務室で待ってたのに、全然戻ってこないから迎えに……ん?」


 ユアンは喋りながら、ギルバートの前に立つレイラの存在に気付いてハッとした。


「あ、いっけね! もしかして取り込み中でした?」

「ユアン」

「あれ、でもこの人って……ああ、皇太子の婚約者殿では?」

「ユアン」

「ってことは団長と皇太子の婚約者殿が密会中っすか!?」

「黙れユアン」


 ギルバートが名前を呼び続けてもペラペラと喋り続けるユアンだったが、ギルバートがより一層声を低めて黙れと言うと、ようやくユアンの口が閉じられた。

 ユアンをギロリと睨みつけたギルバートを見て、レイラは思わずくすっと笑う。


 ギルバートとユアンは、笑った顔のレイラを見る。


「あ、すみません。お二人のやり取りが微笑ましくてつい……。ただ……えっと、ユアンさん?」


 ギルバートがそう呼んでいたが、レイラは一応確認しながら名前を呼んだ。


「あ、はい。ユアンっす」

「では、ユアンさん。一つだけ訂正しますが、私は先ほど皇太子殿下から婚約破棄されましたので『皇太子の婚約者』ではなくなりました。そして同時に、あなたの団長さんと婚約をしたので、今はそれについて話をしていたところです」

「へ……?」


 ユアンはぽかんと口を開ける。

 レイラからの話は通常起き得ないことで、ユアンはギルバートに視線だけで真偽を問いかけた。しかし、ギルバートは黙って頷いたため、レイラの言ったことが嘘ではないとユアンは確信を得る。


「つまりこの人……いえこの方は、団長の奥方になるってことっすね!?」

「陛下がそれを許可すればな」

「うっわあ! 団長にもようやく春が!?」


 尊敬するギルバートが身を固めると知り、ユアンは嬉しそうにはしゃぎ始めた。


「しかもこんな綺麗で若い方となんて! 羨ましすぎるっす団長!!」

「うるさいぞユアン」


 もはや相手にするのもめんどくさそうに、ギルバートはげんなりと肩を落とす。


「申し訳ないアルノー嬢。ユアンはいつも言葉数が多くて、礼儀がなってないんだ。先ほども失言を」

「いえ。お気になさらず」


 何から失言なのか分からないくらい失言を重ねたユアン。

 皇太子のことを殿下を付けずに「皇太子」と呼んだり、婚約破棄されたばかりのレイラを「婚約者」と言ったり、さらにはギルバートと「密会中」と言い出したり。


 ユアンに代わり上司であるギルバートが頭を下げたが、レイラは笑顔でそれを許した。

 許してもらえたユアンは何を血迷ったのか、「心が広い奥方で嬉しいっす」なんて発言を

してしまい、ギルバートからさらに叱責されていた。



(ユアンさん……。回帰前は騎士団の人とは特別話したりしなかったから会ったこともなかったはず)


 レイラは回帰前、一度目の人生での記憶を遡るが、ユアンと話した覚えはあまりなかった。


 でも、ギルバートがユアンに振り回されているのは、見ていて面白くて微笑んでしまう。


 すると自分たちが笑われていることに気付き、ギルバートは不自然に咳払いをした。そしてなんだか照れくさそうにしながら、レイラに手を差し出す。


「アルノー嬢。よろしければ馬車までお送りします」

「! ……はい、お願いします」


 この場を締めるように、ギルバートはエスコートを申し出た。レイラにとっては願ってもない申し出。レイラは頬を緩ませながら、ギルバートに連れられて帰路へと着いたのだった。

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