◆第八十八話『天空と鏡映』
近くなれば近くなるほど、瘴気が強くなっていく。
「まるで時に取り残された空間みたいだ……」
幾度もの戦闘で慣れておいてよかった。
最初こそ怖がっていたものの、もうその空気には慣れてしまっていた。
そしてその瘴気の中心地に……奴は居た。
紫の瞳と紫の長髪。肌は異様なほど白く、背中には黒い翼が生えている。黒いYシャツとジャケット、黒いチノパンを履いている。十分現代でも通じるような格好をしていた。
「ほう、貴様が能源章か」
「……何故僕の名前を?」
「当然だ。貴様が幹部を倒したと聞いて刺客を差し向けたのは他ならない私なのだからな……。私自らが手を下すことになるとは思わなかったが……。まぁ、せいぜい本気にさせて欲しいものだ……」
「……絶対に降伏させてやる」
リリスの声を聞き、ルシフェルは目を丸くした。
「ほう、リリスか。深海のどん底に沈んだお前が何故ここに?」
「今は守護天使よ。私の魔法能力が評価されたの」
「ふん……そういうことか。それは油断出来ないな。」
不意にルシフェルがよく聞き取れない呪文を唱えると、直径1mほどの黒い太陽が彼の頭上に現れた。
「ならばもう一度沈めてやろう。能源章、貴様も道連れだ。戦場から生きて帰れるものだと思うなよ」
ルシフェルは翼を広げ、飛び立つ。
こうして僕らの決戦は始まった。
「空中に居る私に攻撃が与えられるか?」
奴に見下ろされるのは正直あまり良い気がしない。
僕は魔法を使い追いかけることにした。
「引力の主は暫しの休息を謳歌せり。糸を手繰りしは我が手足。均衡を縫いて歩く術をもたらせ! 空中散歩!」
呪文を唱えると、身体が宙に浮く。
イメージを大切にしながら、バランスを取りルシフェルに接近する。
「ほう、位置エネルギーも操作するか。まぁ、近付くことすら無理だろうが」
奴の黒い翼からレーザー光線が照射される。
……近付けば近付くほど避けるのが難しくなる。
僕は距離を取って避け続けるほかなかった。
しかしこれでは、一方的に体力が削られるだけだ……。
「奴の翼を狙いましょう。照射している部分を削ればどうにかなるかも」
「わかった。試してみる」
僕は自動術式で、奴の翼を狙って火炎の右手を打ち出した。
だが空中戦と言う事もあり、なかなか当たらない。
ルシフェルは空中戦に慣れているようだが、こちらは空中戦なんて初めての経験だ。
歴然とした差がある。どうしたものか……。
「ほう、貴様、翼を狙っているな?」
奴は間合いを広げ始めた。
これじゃ余計に不利になっただけだ……!
「ッ…………!」
奴のレーザー光線が右手を掠った。
じんじんとした痛みが走る。
続いて左足にも軽傷を負った。
このまま傷が増え続ければ、どう考えても段々と不利になっていく。
だが状況を打開する作戦が思い付かない……!
(アキ君)
突然詩織の声でテレパシーが届いた。
(私の結界の中に入って)
(それじゃ詩織が危ないだろ……?)
(私に任せて。秘策があるの)
珍しく詩織が自信を持って発言している。
僕は彼女を信じて、従ってみることにした。
ルシフェルに背を向け、詩織の結界を目指す。
「敵前逃亡は死に値する」
奴は追いかけてきたが、全力で移動した結果、詩織の結界内に無事に到着した。
「それで、秘策って言うのは?」
「さっき新しい魔法が発現したの。でも、まだアキ君には教えられない。ルシフェルが聞いてるかも」
ルシフェルは僕らの近くまで来ると、不敵な笑みを浮かべた。
「ほう、どうやらあの結界には治癒促進能力があると見える。一度火傷し被曝した身体を癒すつもりか。それならば、結界を破壊して皆殺しにしてやろう」
被曝……? あの黒い太陽……まさか……。
そして治癒促進能力付きの結界、詩織が言ってた秘策って言うのはこれか……?
ルシフェルは容赦なく結界に向かってレーザー光線を照射した。
「アキ君、ちょっと手を握ってて」
「?」
頭の上に疑問符が浮かんだが、僕は素直に従うことにした。
「結界の安定さや強度は精神の状態に関係するのです」
テレサさんが補足してくれた。
こんな異例の状況……普通に考えて怖いはずだ。
誰かが近くに居てくれた方が、心強いのだろう。
ルシフェルは少しずつレーザー光線の勢いを強めていく。
詩織は苦悶の表情で耐え続けている。
少しずつ強められていく攻撃。
耐える詩織。
繰り返しだった。
「詩織、大丈夫なのか……?」
「アキラ、信じて下さい」
テレサさんに諫められた次の瞬間。
「結界反転!」
ルシフェルの光線が反射され、彼は丸焦げになった。
「ア"ァ"ァ"ア"ア"! ア"ア"ァ"ア"ア"ア"ア"!」
瀕死の重傷を負うルシフェル。
勝負はほぼ決着したかと思われた。
しかし、本番はまだここからだったということを、僕はこの後知ることになる。




