第38話 新たな旅立ち
「――っていうの、やってみようと思うんだけど」
これからハレーションがどうやって活動していくか、それに対して俺が導き出した答えは、一通りみんなに話し終わった。
フーチューブに自分たちの動画を公開し、ネット上で人気を集めようというこの作戦は、テレビや雑誌などのマスコミ媒体での活動ではない。
有象無象に紛れるアンダーグラウンドなやり方だ。
みんなの反応は……どうだろうか?
「うん、いいじゃん! よく思いついたな~、それ」
「そう……だね。まだやれるんだ、私たち」
美咲に由香。
2人は賛成してくれた。
「そっか~。ネットね。確かにそういう方法もあるわ」
「動画投稿……今さら素人に紛れて……」
冴子さんも賛成だ。
でも、いつきは
「まぁ……だからって、他に手があるわけじゃないしね……」
ハハッ……と苦い笑みを送ってくれた。
何にせよ、これで全会一致。やることは決まったようだ。
「いつきたんのパンケーキ、美味しそうだねぇ。1枚ちょーだい」
「うん……じゃあ、そっちのナゲットと交換……」
話は一段落し、みんなはそれぞれ注文したメニューに舌鼓を打っていた。
「あゆみ、あんたそれだけでいいの?」
「はい……あの、ダイエット中ってことで」
みんなのトレーには、各種バラエティに富んだメニューが乗っていた。
それらに比べると、俺のトレーはいくらか惨めに見えるらしい。
それは、メニューの中で一番安いハンバーガーと、水。
……でも一応、断っておきたい。
これはレジで注文する際、俺が最良の選択をした結果なんだ!
どんな商品にも、それを作るのにかかった原価がある。
原価を商品の値段で割って、編み出される原価率。
それが高ければ高いほど、その商品はお買い得になる。
メニューを一通り見て、一番原価率が高そうなのを選んで行き着いたのが、このハンバーガーだ。
さらに俺は知っていた。
こういう店内で飲食できる店は、条例により客に対して無償で水を提供する義務が定められていることを。
メニューに載っていない0円の商品を注文出来るんだぞ。
そうした方が得じゃないか……
「あゆみちゃん」
「……何? 私、別にお金に困ってないよ」
「えっ!? いや別にそんなこと……」
あっ、いかんいかん。
思わず卑屈になってしまった。
「あはは、ごめんね。それでどうしたの、由香?」
「うん。あゆみちゃんって高校1年生だったよね」
? 変なこと聞いてくるなぁ。
「そうだよ」
「あの、制服着てこないんだな~って……何となく」
あ……あぁ!
思わぬところからのツッコミ。
「うん、それあたしも思った! なんでなの、あゆみたん?」
「時間的に、今は学校帰りのはず…………不自然」
さらに美咲といつきも加わってきて……どうする?
女装の方は安全だと思ってたから、何も考えてないぞ。
「あ~、えっとぉ…………今日はそうりつきね」
「あゆみが通ってる学校はね、制服が無いのよ。ただそれだけ」
苦しい言い訳を並べようとするところを、冴子さんが遮ってくれた。
「あっ、そうなんだ」
「へ~。制服姿、見たかったけどなぁ……」
みんな納得したようで、どうにか引き下がってくれる。
よかった…………うっ!?
「……」
冴子さんが無言で足を踏んできた。
くっ、気を付けなきゃな……創立記念日じゃ、普段は制服着てるってことになってたよ。
「それじゃ、どうやって動画を撮るかだけど――」
みんなの食事が終わり、話はまた本題へと戻る。
「はいはい! あたし良いビデオカメラ持ってるよ。オーディションに応募するのに、使ってたの」
「いいね、美咲! それ使おう」
まず、機材を確保と。
「で、あと必要なのは……」
「場所ね」
場所かぁ。
さすがにウチのアパートって訳にはいかないから
「あの、冴子さん。アクセルターボのスタジオって――」
「バカも休み休み言いなさい」
……ごもっとも。
「あの……」
「あれっ、由香?」
「私の家、結構広いよ。空いてる部屋もあるし……お父さんに相談してみようか?」
由香の家……ライブ帰りの時に、入口の門だけうっすら見たことあるな。
たしか結構、立派な佇まいだった気がする。
「ありがと。じゃあ、お願い出来るかな」
「うん。女の子同士なら、お父さんもうるさく言わないと思うから」
うっ!
いや、今さら気にしたって……仕切り直そう。
「これで必要なものは全部かな」
「……待って、あゆみ」
いつき。
あれっ、目つきがいつになく鋭いな。
「その動画、何分くらいで作るの? あと投稿するペースは? 時間は何時?」
「えっ……予定はまだ。まぁ30分くらいの動画を隔週とかで……時間もまぁ、出来上がった時に」
「……甘い! さっき食べたパンケーキより甘いよ!!」
どっ、どうした!?
何をそんなに興奮して……
「あゆみは分かってない。ネットのこと……分かってないよ」
「そ、そっか……」
いつきはガタッとイスから立ち上がった。
そして、まっすぐと俺に指を差して
「ネットはね、いろ~んな情報が飛び交ってるんだよ。見るものが一杯あるんだ……だから30分の動画なんて、のんびり観てもらえない。それより3分の動画を10本作る方が、効率的だよ」
じょ、饒舌にしゃべるなぁ……しかも得意気に。
「そうして短い動画を毎日投稿するようにして、時間は……だいたい午後6時か7時かな。みんなが学校や会社から帰る時間。電車の中とかで観てもらうんだよ」
理にかなったことを言う……さすが、いつき。
伊達に普段からスマートフォンを愛用してないんだな。
「あの、じゃあその辺のプロデュースはぜひ、いつき先生に……」
「うむ……」
いつきは深く頷いた。
余は満足じゃ、といった具合のふてぶてしさを見せながら。
「すごいね~、いつきちゃん」
「うんうん、よく分かってるんだな~」
いつきの珍しい活躍の仕方に、由香も美咲もはやし立てる。
「…………ぶふっ」
あっ、吹きだした。やっぱ嬉しかったみたいだ。
「よしっ! これで大体、決まったね」
「うん! ハレーションの新たな旅立ちだ~!」
「培ってきたこの知識……今こそ……」
「がんばろうね、みんなで」
「私も…………うん、何かがんばる」
旅立ちか……そうだな。
上手くいくか分からないけど、ともかく俺たちが進む道はもう見えたんだ。
そして数日後の日曜日。とある昼下がり――。
俺と美咲、いつきに冴子さんはカオルちゃんの運転するワゴン車に乗って、由香の家へと向かっていた。
「この人数で押しかけて大丈夫かな? 由香の家、広いって言ってたけどさ」
ライブ帰りの時は夜だったからな。
彼女の家の全景はまだ知らない……とはいえ、なぁ。
「人数って、この5人でしょ。全然へ~きだよ」
「そ、そっか?」
美咲はそう言うけど……やっぱ心配だな。
由香のお父さんの計らいで、自宅に撮影専用の部屋を作ってもらったとか言うし。
「……あゆみ。覚悟しといた方がいいよ……」
いつきは意味深にそうつぶやく。
覚悟。由香の家の人たちに遠慮する覚悟ってことか?
「もうすぐ到着よ~」
カオルちゃんの声が車内に響く。
ちなみに彼も俺たちと同様、あの事件以降はアクセルターボからの仕事を一切、打ち切られてしまった。
…………申し訳ない。
「な、何だよ? これ……」
車を降りて、門の前に立つと、俺は思わず驚愕してしまった。
「……だから覚悟しろって」
見るからに巨大な門。
ここにいる5人全員……いや更にワゴン車を横に並べても、楽々に通過できる広さだ。
そして、その先にはこれまた立派な屋敷が1つ……じゃない。
3つ……いや5つか?
ともかく、絢爛豪華な棟々がそびえ立っている。
……えぇっ!? あれは観賞用だろうか。中央に噴水も見えるぞ。
「これ、家ってレベルじゃないだろ……」
ただ素直にそう思った。




