第30話 標的はスーパースター
鼓笛隊をイメージしたと思われるジャケットベストの下に、白いブラウスとネクタイ。
そしてミニスカート。
控え室で脱ぐはずだった衣装を身に纏ったまま、俺はステージに登った。
……というより、無理矢理乱入した。
「みんな怒ってるんですから!」
ピンマイクの調子も良好。
まぁ元々ここでライブをやる予定だったんだから、そうでなきゃ困るけど。
「はぁ!? あ、あなたこの前の……え、どうして? 聞いてない……」
「…………」
玲奈も麗も戸惑ってるな。
そうだ。お前たちはそうしてろ。
――でも
ガヤガヤ……ザワザワ……
サンシャインが戸惑う様子を見てか、観客席にまでその不安の渦が立ち込めていた。
俺が登場する前にあった盛り上がりや熱気が、そのまま静けさやどよめきにすり替わっている。
「あっ、みなさん。申し遅れました……」
いえいえ、お客さん。
俺はあなた方まで困らせるつもりは無いんですよ。
「どうも~、こんにちは。ハレーションの新人アイドル 本城あゆみ 15歳です! 今日はメンバーのみんなを代表して、お邪魔させていただきました~」
両足を肩幅まで開いて地面に着けたまま、身体の重心を右に傾ける。
そして同時に、右手で顔の前に横向きのピースサインをビシッと!
――美咲ばりの決めポーズだ。
するとたちまち、虫唾が走る思いが俺の肌の上を駆け抜けていく。
……パチパチ……ワ~、ワワァ~
だが反対に観客席の方には、徐々にだが元の熱気が蘇ってきた。
「わ~、みなさん! どうもありがと~」
そして手を振り、笑顔を振り撒くと、やがて観客一人一人の表情にも安心が取り戻されていく。
そうだ……余計な心配はしないでくれ。
これはきっとハプニングに見せかけた演出――そう思ってくれた方が、こっちにとっては好都合だ。
「あ~……あぁ、ねっ。あゆみちゃん。あはは……」
玲奈は笑顔を引きつらせながら、自分の左手のひらをチラチラ確認している。
覗いてみると、そこにはビッシリとボールペンで書き込まれた跡があった。
おそらく今のライブMC、その段取りなどがカンペ書きされているんだろう。
……だが、無駄だ。
こんな無名アイドルがステージに乱入するくだりなんて、どこにも書かれてないぜ。
「サンシャインのお姉さま~。今日という今日は許しませんよ~」
「えっ、何を? え~、え~……?」
あたふたした様子でカンペをキョロキョロ見返す玲奈。
その言葉はもはや、しどろもどろ。
「…………ふふっ」
そして麗の方も口を開こうとしない。
今ちょっと含み笑いを浮かべたのが気になるが、それよりも優先すべきはこの状況だ。
2人がまだ唖然としてる内に、ステージを俺の都合の良いように畳み掛けなきゃ!
「今までずっと尽くしてきたのに! 私たちだって妹として、いつかはサンシャインみたいになれると信じて、これまで頑張ってきたんですよ!?」
この高いトーンの声、維持し続けるのは結構キツイな。
今まで自己紹介とかで瞬発的に声を高くしたことはあるが、こんなに長くキープするのは初めてだ。
ハレーションの中でだって、なるべく言葉数は少なくして……あっ、でもさっきの控え室。
そういや、ほとんど地声で――
「……何が言いたいのかしら?」
麗が言葉を返してきた。
マズイ、今さら済んだことを思い返してる場合じゃなかった。
俺はこの場に、あいつらとの因縁を作りに来たんだから。
「何って……ライブですよ。私と美咲、いつきや由香のライブが今頃ここで行われるはずだったのに。大事な30分を、お二人に横取りされた!」
何でもいい。
どんな理由であれ、とにかく
『今をときめくアイドルスター サンシャインにライバル出現! その名はハレーション!!』
そんなイメージがここにいる何百……いや、それどころじゃないな。
何千人という観客たちに植え付けられれば、あとは勝手に評判が広まり、ハレーションの知名度は飛躍的なアップを遂げるだろう。
アイドルとしてここまで上り調子なサンシャインだが、未だそのライバルは不在だからな。
つまり、イスが空いてるんだ!
そこにハレーションが収まれば、形はどうあれ、きっと名前が売れるに違いない。
「そう。それでわざわざ、ステージにまで勝手に上がり込んできたわけね」
そしてこっちには、ライブ時間を横取りされたっていう大義名分がある。
考えようによっちゃ、これはチャンスなんだ。
こいつを上手く使えれば、俺たちのピンチはそっくりそのまま、チャンスへと塗り替えられる……!
「そ、そうですよ。やってくれましたね、麗さん。妹分の私たちのチャンスを踏みにじって! これはもう全面たいけ――」
「心外ね。私たちは次のライブの告知のため、ここにいるだけよ」
……とぼけるつもりなのか。
でもよくよく考えれば、相手にとってはそれが妥当な対処なのかもしれなかった。
なんせ今回のライブ強奪、その証拠はどこにも残ってないんだから。
「ハレーションのライブなんて、知らないって……言うんですか」
今、この時間に何をやるかってのは、もともと公表されていなかった。
ハレーションがライブをやるにせよ、サンシャインが告知をするにせよ、いずれもサプライズ。
プログラム上は問題ない……
「えぇ、そうね。少なくとも、どうしてあなたがこのステージに立っているのか。その理由は、まるで分からないわ」
「……くっ!」
ついつい勢い任せに行動した結果がこれか。
我ながら失望するほど、あっさり追い詰められちまったじゃねぇか……
先に泥をハネられたのはこっち。
それは確かなのに。
「…………」
「おや、どうしたの? 急に黙りこくっちゃって」
俺が持ってきた大義名分とやらは、意外に脆かったらしい。
何をされたにしても、それを立証できなきゃ意味がなかったんだ。
これじゃ大義にも……ましてや正義にだって、なりゃしない。
「うふふ、本城……あゆみさんだったわね? その程度の威勢じゃ、何も掴めっこないわよ」
からかうような視線で、こちらを覗きこんでくる麗。
くっ! 久々だな、年上の女性にそういう目をされるのは。
こっちはこんなに緊迫した状況になってるのに。
………………。
そしてステージの静けさは、いつの間にか観客席にも影響を及ぼしていた。
会場全体の空気が再び冷え始めているのを感じる。
大勢の観客たちが今、俺に対してどんな視線を向けているのか……とても、まともに見る気にはなれない。
「…………あっ」
耐えがたい状況にふと視線を逸らすと、そこにドラムセットの一式。
そして、その表面を覆うステンレス素材。
そこにスポットライトが反射し、1人の女の子が映り込んでいた。
ベタベタのアイドル衣装に身を包んだ長い髪のその娘は、小刻みに震えながら瞳を潤ませている。
瞬間的にこう思った。可愛い――って。
「俯いたまんまじゃ、何も分からないわ。会場のみんなもあなたを見てるのよ」
何もない。そう思っていたところに、1つの武器を見つけた。
……でもそれは、新しく手に入れたものじゃない。
俺がこの世に生まれついた時から、既に持っていたもの。
今までずっと忌み嫌い、自分の中で邪魔にしていたものだった。
「ずっと…………いてくれたんだな」
光に反射した少女に、俺は小さく呟いた。
この武器……今まで人に見出されることはあっても、決して自ら発するような真似はしなかった。
本城歩は男の子。
そういうプライドがあったからだ。
「麗さん……玲奈さん……」
でもさぁ……ここまで来たら、もうそんなこと言ってられないよな。
ここで引き下がったら、俺は一体何をしにノコノコ上がってきたのか分からない。
世界は俺を、そしてハレーションをただの間抜けとしか思ってくれないだろう。
「…………」
もうプライドも、恥も外聞も関係ない!
麗、玲奈!
お前らを突き崩すため、俺は今…………封印を解く。
「ひどい……あんまりです……」
口元にそっと手を当て、腰をくねらせる。
身体を最小限に縮こまらせ、上目遣いで見つめる構え。
観客にも見えるように、相手の正面ではなく斜め45度の角度から。
本城歩はもう死んだ。
俺は……私は、あゆみ。
ハレーションのメンバー、本城あゆみ。
そう…………アイドル。




