表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/60

第27話 ライブは目前

「ふぅ~。ちょっと休憩ね。みんな、休んでいいわよ」


 ここはアクセルターボのビル内にあるダンススタジオ。

 開催まであと2日と迫った相川ホールでのライブに向けて、俺たちハレーションは冴子さんの指導の下、猛レッスンの最中だった。


「う~、しんどい」


 着ているTシャツはもう汗びっしょり。

 ヘトヘトな俺は、まるで身体の支えを失ったように床の上にへたり込んでしまった。


「おつかれ~、あゆみたん。はい、タオル~……」


 ふらふらとした足取りの美咲が、ハンドタオルを差し出してくれた。

 さすがの彼女も、この猛レッスンには(こた)えるものがあるみたいだ。


「ありがと、美咲……。さすがにこう毎日レッスンが激しいと、参っちゃうね」


 苦笑しつつ、ありがたく彼女の施しを受け取る。

 タオルのふわふわとした感触が、何とも心地良い。


「うん~…………でも、でもさ! 今、あたし楽しいんだ。なんかこう、ちゃんと前に進めてるって感じがする!」


 美咲は俺の真ん前にしゃがみ込むと、ハツラツとそう返した。

 左右に垂れた短いツインテールをぴょこぴょこと跳ねさせ、振り撒かれる笑顔。


 それはアイドルとしての技術は関係なしに、彼女の意思そのものを感じさせる表情だった。



「……そう。わたしたちは前進してる…………決戦は、明後日」


 そしていつの間にか、いつきもこちらにやって来ていた。

 ……この座敷わらしのように、ふらっとその場にいるのは、もはやいつきの得意芸だな。


「うん! そうだね、いつきたん。やっと来たチャンスなんだもん! あたし、いくらでも頑張れるよ~」

「戦ってる……だから…………まだ負けてない!」


 この2人……タイプは違うが、どちらからもとんでもない気迫を感じるぞ。

 何かまるで、彼女たちの背景にメラメラと燃える炎が見えるようだった。


 だがそれも、彼女たちのこれまでの経緯を考えれば……


 見かけは可愛らしい女の子でも、その心の中には色々と渦巻くものがあるんだろうな。

 俺だって、このアイドル業界にかりそめとはいえ一応は身を置いてるんだ。


 この世界が露骨な競争社会であること。

 そして、その中でチャンスを掴み、モノにすることがいかに(まれ)であるか……それぐらいは、もう分かってるつもりだ。



「いつきも……美咲も、必死なんだね。私も頑張るよ。私なりに、だけど」


 心の中の渦巻き……モヤモヤ。

 そういう意味じゃ、俺にだって他に代え難いものがある。


 恵の手術費用…………1000万円。


「お~! あゆみたんもマジだね。それじゃあ~……」


 美咲はふと立ち上がり、トタトタとどこかへ向かった。


「……お待たせ~! ほら、由香たん。さっきから、遠くで眺めてばかりでさ。遠慮しないで来ればいいのに~」

「うっ……うん。なんか私がいたら、みんなの勢いに水を差しちゃうかなって……えへへ」


 美咲に手を引かれ、おずおずとした様子の由香が現れた。

 さっきからずっとこっちを気にしてたからな……声をかけるタイミングを伺ってたけど、美咲に先を越されちゃったな。

 照れくさそうにしながらも、ほのかに嬉しそうな顔をしている。


「由香は……どう? 明後日のライブ」

「うん……」


 俺や美咲、いつきにとってはチャンスでも、由香から見れば……


 相川ホールは結構大きめの会場らしい。

 そしてステージに立つ時間は30分。

 以前、由香が逃げ出した大原アリーナの時とは規模そのものが違う。


 おそらく今、彼女の肩には相当なプレッシャーが圧し掛かっているんじゃないだろうか。


「私……」


 伏見がちに、思いつめた表情をする由香。

 いいさ……無理なら無理と最初から言ってくれた方が、まだ何らかの手が施せる。

 いきなり当日になって逃げられるよりは――


「私、も…………やる。みんなと一緒に、ステージに立ちたいの!」


 予想外の答えだった。

 由香は服のすそをキュッと握りながら、潤んだ瞳でこちらを見ている。


 その顔は真剣そのもの。とても嘘なんて見当たらない。


「……ど、どうしたの……由香?」

「違う。由香たんじゃない……あっ、もしや! 同じ顔したドッペルゲンガー!? うあぁ~、見たら死ぬ~!」


 いつきも美咲も、事態を受け止められないようだ。

 かく言う俺も、驚きのあまり開いた口が塞がらなかった……おそらく今、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてると思う。


「あのね……私、思ったんだ。この前行ったテレビ局で」


 周囲のリアクションをよそに、由香はつらつらと話し出した。


「あの時、久しぶりにお姉ちゃんに会えた。嬉しかった……でもお姉ちゃんは、私のことなんか全然見向きもしなくて」


 みんなでサンシャインの楽屋に行った時のことか。

 たしかにあの時、泉野麗は俺たちはおろか、実の妹の由香にもまるで興味が無さそうにしてたな。


「それがね、なんか……寂しいなぁって。ううん、それだけじゃなくて。何かこう……どうしてなのって気持ちが強くなっていって。たぶん私、お姉ちゃんに怒ってるのかなぁ」


 由香は額に指を当てながら、おぼつかない顔をしている。


 たぶんだけど……それは今、彼女の中で芽生えた1つの感情。

 その正体が、自分で分からないからなんだろう。


「だからね。怖いけど……大勢のお客さんの前に立つのはやっぱり怖いんだけど……でもそれをやり切ったら、きっとお姉ちゃんの私を見る目が変わるかなって。もう私、あんな冷たい目はされたくないって、そう思ったから……」


 今の自分の気持ち。

 それを思うままに、由香は口に出した。


「由香たん……」

「由香……それなんか分かる……」


 由香の気持ちの変化。

 最初は驚いていたみんなも、やがてそれに同調し始めた。


 由香の中で今、くすぶっている気持ち――それはきっとジェラシーだ。

 形は違っても、美咲やいつきの中にある感情と同じものが由香の中でも生まれたんだ。


「やろうよ、由香たん! いつきたんも、あゆみたんも! なんか今、ハレーションが1つになれたっていうか……とにかく、かなりイイ調子になれた気がするよ!」

「うん!」

「……がってんしょうち!」


 美咲、由香、いつき。

 三人の気持ちが、そして目的が1つになろうとしている。


「……あゆみたん?」


 嫉妬か……正直言って、俺の心にはそんな感情は無い。

 ただこの金回りの良い業界で一稼ぎして、何でもいいから1000万円が貯まれば、もうおさらば。

 その程度だ。


 とはいえ――


「…………やろう。私たち、ここで浮上しよう!」

「あゆみちゃん……!」


 この勢いに水を差すのは得策ではないよな。

 アイドルっていうのは人前に出て、注目されて、大勢のファンやスポンサーに取り囲まれて、なんぼな商売だ。


 手段なんて何でもいい。

 俺はとにかく…………早くゴールに辿りつきたい。



「うんうん、盛り上がってるわね。……由香~」

「はい。……あっ、ひゃうっ!?」


 いつの間にか、俺たちの背後には冴子さんが立っていた。

 ――と思いきや、いきなり由香の肩に抱きついてきたぞ。


「嬉しいわ! あなた、とうとうやる気になったのね。くぅ~っ、みんな! レッスン再開よ! 次のライブ、大勢の観客たちに目にモノ見せてやりましょうよ!」

「はい!!」


 ハレーション、そして冴子さん。

 みんなの目は、2日後の相川ホール。

 その幕間(まくあい)の30分ライブへと一直線に向けられた。


 ……きっとやれる。

 俺も、ハレーションも、冴子さんもきっと、明後日からは目に映る景色すら変わってるはずだ。




 ――そして2日が経ち、俺たちは今、相川ホール内の控え室にいる。


 耳を澄ますと、ステージの方からサンシャインの歌声と共に、沸き立つ歓声も聞こえてきた。


「あ~、あぁ~! 出番はまだかな~。このハラハラする感じ、苦手~」


 美咲は控え室の中をぐるぐる歩きながら、じたんだを踏んでいる。


「……! …………!」


 由香は椅子に座ったまま、ずっと胸に手を当てている。

 彼女なりに気持ちを落ち着けようとしているようだ。


「…………ちょっとトイレに」


 いつきはガタッと席を外すと、控え室のドアを開けようとする。


 ――でも


「いつき……それ何回目? さっきから何度も行ってるけど」

「…………」


 そそくさと元の席へと帰るいつき。

 そのすました顔に似合わぬ大量の冷や汗を流しながら。


 いくら業界慣れしてるからって、この子はまだ11歳の女の子。

 大舞台に緊張してしまうのは、しょうがないだろう。


 ……それに当の俺自身だって、緊張は抑えきれていない。

 さっきから足が震えそうになるのをこらえようと、精一杯な状態だ。



 こんな気持ちのままステージに立って、果たして上手くいくのか――


『ガチャッ』


 突然、控え室のドアが開いた。


「あれっ…………西川さん?」


 現れたのはアクセルターボのチーフマネージャー。

 サンシャインを担当している西川義光さんだった。


 ドアノブに手をかけながら、何やらぜぇぜぇと息を吐いている。


「どうしたんですか? そんなに慌てて……」


 駆け寄ると、西川さんはまっすぐ伸ばした手のひらを顔の前に縦向きに置いて、こう口を開いた。


「ごめん! 君らの出番、やっぱ無し!」


 ――耳を疑う一声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ