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第25話 裏側で見れるもの

「これにて収録は終わりで~す! みなさんどうもお疲れさまでした~」


 スタジオの中央で、ADのお姉さんが観客席に向かって声を上げている。


「……」


 気付くと、もうスタジオに番組出演者の姿はなく、ドラムやギターなどの音響設備も着々と片付けられていた。

 既にほとんどの観客が席を立ち、人がまばらにいるだけの観客席の中、俺はまだ茫然としていた。


「あゆみちゃん、もう終わりだよ。……行こ?」

「あ……うん」


 由香に促され、美咲やいつきと共に俺たちは観客席を後にする。



 スタジオから出ると、観客たちは廊下をまっすぐ通り、エレベーターから1階の出口へ向かうよう、番組スタッフに誘導されていた。

 そのため今、エレベーターの前は順番待ちの観客たちで溢れかえっている。


 スタジオを出るのが遅かった俺たちハレーションの4人は、この中の最後尾。

 だいぶ後ろの番に回されることになる。


「これはちょっと……しばらく動けないね」

「あ~あ、だ~れかさんがね~。いくら呼んでも、ウンともスンとも言わないから。よっぽどサンシャインに夢中になっちゃったのかな?」

「…………」


 馬の耳に念仏。

 今の俺には、美咲の軽口も遠くに聞こえるようだった。

 頭の中はさっきのライブ……泉野麗の歌で今も一杯になっている。


 彼女の歌が忘れられない。もっと聴きたい……!


 自分の中で急に目覚めたこの気持ち……一体、何だ?

 もしやこれが、誰かのファンになるって感覚なんだろうか…………わからねぇ!


「ありゃりゃ。こりゃ本物かも」

「しょうがないよ。お姉ちゃんの歌声って昔から人に聴かせるっていうか、惹き付けるような効果があって……。妹の私だって、小さい頃から何度も聴いてるのに、さっきは夢中になっちゃった」

「…………わたしも」

「うん、あたしもだった! 何だろな~、あれ。な~んか自然とノッちゃうっていうか……」


 ――いくら考えたって、気持ちの整理はつきそうもない。

 不自然な心の高ぶりから目を逸らすように、俺はエレベーターの現在地を示すランプに目をやった。

 ランプが示すのは6階。ちょうど今、一基のエレベーターがこのフロアに到着したようだ。


 やがて扉が開くと、その中から見覚えのある人物が現れた。


「おやっ! ハレーションのみんなじゃないか」

「あっ、西川さん!?」


 サンシャインの担当マネージャー 西川さんだ。

 西川さんはすぐさま俺たちに気付いたので、思わずこちらも声を返した。


「こんなところで……じゃあ君らも、ここで番組の収録?」

「いや、その」

「違うんです。わたし達……観客でした。今日のサンシャインのライブ、見学するために……」


 普通、アイドルがテレビ局に来たとなれば、番組の収録というのが定石だろう。

 だが俺たちは……


 どう言ったものかと言葉に詰まる俺をよそに、いつきがハッキリと答える。


「そうか。まぁ、しょうがない! アイドルにも色々いるからね」

「……はぁ」


 西川さんはハツラツとして言うが、その言い草にはどうも引っかかるものを感じてしまう。

 しょうがない――って。


「僕はこれから麗達の楽屋に迎えに行くところなんだけど、どうだろ? せっかくだし、君達も一緒に来ない?」

「楽屋……」


 まぁ、とはいえこの人はチーフマネージャー。権力がある。

 つまらないことは気にせず、どうにか懐に取り入った方が得なんだよな。


 どうせ金が貯まれば、もう二度と会うこともなくなるんだし。


「えっ、楽屋!? 行きたい、あたし行きたいです!」


 美咲が周りをすり抜けて、一人飛び出した。


「はっはっは、そうだろ。喜んでもらえて僕も嬉しいよ」


 その反応が、西川さんはとても面白かったようだ。

 楽屋に行けば、サンシャイン――泉野麗と直に会える、か。


 さっきから続くこの妙な胸の高鳴り、もしかしたらその正体を突き止められるかもしれないな。


「……わたしも、行く」

「じゃあ、私も。お姉ちゃんに会えるの久しぶりだし」


 振り向くと、後ろにいる2人も同意した様子だった。

 ……これで決まりだな。


「あの、みんな行きたいみたいです。よろしくお願いします」

「うん。じゃあ楽屋はあっちだから」


 西川さんに連れられ、俺たちはフロアの奥へと進んでいった。




 廊下をしばらく歩いて、辿り着いたのは壁伝いに幾つかある内の一室。

 ドアの上に『サンシャイン様』と書かれたプレートが乗せられている。


 見ると、ここ以外の部屋のドアにも、同じようにミュージシャンやタレント達の名前が載せられていた。

 どうやらここらの一画は全て、音楽番組の出演者達の楽屋になっているらしい。


 先頭に立つ西川さんが、まず部屋のドアをコンコンとノックした。


「麗、玲奈~。入っていいかい?」


 呼びかけて、しばらく間を空けると


「はい、どうぞ」


 中から返事が聞こえ、西川さんはガチャッとドアを開けた。



「おっはようございま~す!」



 すぐさま、そこに冴え渡るような甲高い声。


「おつかれ、玲奈。収録は大丈夫だった?」

「はい! ファンのみんなに喜んでもらえるように、一生懸命がんばりました」


 前に立ってる西川さんの背中越しに覗けるサイドポニーの髪。そして、大きく見開かれた瞳。

 声の主は、高石玲奈だ。


「あれっ? 後ろにいるのって……」

「あぁ。さっき偶然、会ったんだ」


 ご紹介に預かり、俺たちハレーションの4人もぞろぞろと楽屋の中へと入る。


「はじめまして。本城あゆみといいます。今日は観客席で、お2人のことを見学させていただきました」


 ――まずは挨拶。

 考えたら、こうしてサンシャインと直に顔を合わせるのは初めてなんだよな。

 俺はこれまで、人づての話やテレビなどで彼女達のことを際限なく知らされてきたが、向こうは俺のことなんて知る由も無いだろう。


「そうなんだ。えっと……ファンの子かな? 誰かスタッフさんの親戚とか」


 ほらな。


「違うよ~、玲奈たん! この娘は新しく入ったハレーションのメンバーなんだよ。前に一度、会ってるじゃん」


 横から美咲が口入れしてくれた。

 そうだ。俺は以前、事務所の廊下で高石玲奈とすれ違ったことがある。

 レッスン終わりで、シャワー室に向かう最中の時に。


「そっ、そう! ごめんね。え~っと、あゆみちゃん。あたし玲奈、よろしくね」

「はい……どうも」


 (つくろ)うような笑顔を浮かべられ、握手を求められる。

 ……とりあえず、応えておこう。


「へっへ~。こうして玲奈たんとお喋りするのも、久しぶりだね。元気してた?」

「うっ、うん。美咲ちゃんも元気そうで良かった……」


 美咲はそのまま、にこやかな様子で高石玲奈に話しかけている。



「…………」


 ふと由香を見ると、何やらそわそわした様子で楽屋の奥の方へと視線を送っていた。


 その先にいるのは、泉野麗……の後ろ姿。

 首元まで伸ばしたセミロングの髪とスラッとした背中のラインが覗ける。


 化粧台に座ったまま、こちらを向く様子は無い。



『ピリリリッ! ピリリリッ!』


 突然、携帯電話のコールが鳴った。


「はい、西川です。えっ!? あ~……はい。すぐに向かいます」


 西川さんの携帯だ。

 電話を取ると、どこか焦ったような表情を浮かべ始めた。


「すまない。別件でトラブルが起きたようだ。僕が行かなきゃ、まずい事態に……」

「いいですよ、西川さん! あたし達、タクシーで帰れますから」


 申し訳なさそうな西川さんに、高石玲奈はニコッとした笑顔で応える。


「そうか。悪いな……僕は君たちのマネージャーなのに」

「いいんですって! お忙しい立場なんですから、ご無理なさらなくても」

「ありがとう、それじゃ!」


 慌てて楽屋を後にする西川さん。

 それを見送りながら、高石玲奈は彼をねぎらうように手を振り続ける。



 やがてバタンとドアが閉まると、楽屋から西川さんの姿はなくなった。

 ここにいるのは、サンシャインとハレーションの6人だけだ。


「ね~、ね~。テレビにたくさん出るのって、どんな感じなの? やっぱりこう……バーッて、ドキドキしちゃう感じかなぁ?」


 俺たちと一緒に西川さんに会釈した後、美咲はまたキラキラとした目で高石玲奈に懐き始めた。

 今をときめくサンシャイン。

 その姿は、彼女にはとても眩しく映ってるんだろう。


「はぁ? 何言ってんの? 意味分かんないんだけど」


 ――途端に、冷たい声が返される。

 さっきまでの可愛らしさはどこへやら、という感じの冷淡なその調子。


「えっ、玲奈たん……」


「まぁ、そうね~……。一つだけ言えるのは、美咲やいつきなんかじゃ絶対に辿りつけない世界だってことかな~」


 傍にあった椅子にドシンと腰を落とし、面倒くさそうに頭を掻きながら、高石玲奈は嘲笑する。

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