第24話 初めての感覚
「え~っと……あ! ここだ、この席」
そして数日後、俺たちハレーションの4人はあるテレビ局の収録スタジオに来ていた。
……と言っても、出演者ではなく観客としてだが。
これから、ここで音楽番組の収録が始まる。
番組の出演者の中にサンシャインもいるので、彼女達の活躍を直に見てきなさい!
という、冴子さんの指示に従って。
でもよくよく考えたら、俺はまだサンシャインのステージというのを見たことがない。
大原アリーナのライブの時も、結局バタバタ振り回されてただけだったし。
今、大人気のアイドルユニット サンシャイン。
その実力とは、如何ほどだろうか。
「テレビな~……あたしも出たいな~」
「え~、無理だよ。やめよう。私はいいよ、今のままだって……」
「今~? 今のあたし達って、ちゃんとアイドルなのかな?」
「……ちゃんと、ではないよ。ほら見て……ここにアイドルがいるのに周りのお客さん、だ~れも気にしてないから……」
――辛気臭い会話が聞こえる。
でも確かに俺たち、傍から見たらここにいる多数の観客の中に溶け込んじゃってるんだろうな。
もうすぐスタジオに登場してくるミュージシャンやタレント達と同じ職業には、とても見えない……か。
『チャッチャ~! チャチャチャチャッチャ~……』
そうしてると、スタジオ中にBGMが鳴り響いてきた。
これは音楽番組のイントロだ。
「こんばんは。今日もたくさんのアーティストが――」
スタジオの中央に司会の男とアシスタントの女性が現れ、番組の収録が始まった。
取りとめのないやり取りの後、裏手から続々と出演者達が登場してくる。
『キャァ~! キャァァ~!!』
1組、また1組とミュージシャン達が登場するごとに、観客席から歓声が上がってくる。
出演する人間は、みんなテレビに出演するほど有名になった者ばかりだ。
ここにいる観客は、きっとそれぞれのファンが番組の抽選に応募してやって来てるんだろう。
「――それでは最後に、サンシャインのお2人です」
アシスタントの女性が紹介すると、サンシャインの2人が姿を現した。
――そして、その瞬間
『ウオォォ~! うわあ~! キャァア~!!』
思わず耳を塞ぎたくなるほどの衝撃が、観客席で巻き起こった。
男性、女性問わず多数の人間の声が入り混じった大歓声だ。
サンシャインが人気アイドルなのは知っていたけど……実際、目の当たりにしてみると、やはりすごいな。
「すごいんだね、サンシャインの人気って……」
「……うん! すごいんだ、お姉ちゃんは」
由香に尋ねてみると、珍しく彼女は表情を明るくさせていた。
「~~♪」
『キャァア~!』
ある男性ミュージシャンのライブが始まり、観客席からところどころ歓声が上がった。
ついさっきまでは、出演者たちと司会がそれぞれトークを繰り広げていたが、今は打って変わっての生ライブだ。
それぞれのシーンを上手く編集して、1つの番組が完成するらしい。
でも現在のライブ設備のセッティングまでには、スタッフ総がかりで1時間ぐらいかかってた。
テレビで観てる分には気付かなかったけど、音楽番組って結構面倒な作り方をしてるんだな。
「こいつも……さっきのあいつも……もうみんなの人気者。億万長者になれる奴ら……」
生ライブに喜ぶ人間がほとんどなこの観客席で、1人。
恨めしそうにしてる少女がいた。
「あの、いつき……。せっかくだし、楽しんでみたら」
「楽しむ……? どうやって?」
「どうって、ほら」
横に目をやると、大人しくライブを鑑賞する由香。
そして周りの観客と一緒に、あり合わせでコールを送る美咲がいる。
「こんな風に」
「…………わたしには、そんな余裕ない」
ボソッと呟くと、いつきは顔を背けた。
この子、まだ11歳なんだよな?
まぁ、女の子は早熟とか言うけど。
でもそれにしたって、いつきは特別な気がする。
どこでこんなに擦れてしまったんだろう。
……まぁ俺も、他人のことを言えたクチじゃないんだけど。
「~♪ どうもありがとう!」
ふとスタジオの方を見ると、曲が終わったようだ。
男性ミュージシャンがその場を後にしていく。
「ふ~っ! おつかれさまで~す」
「うん、美咲ちゃんも! 初めてだったのに、どうもありがとね」
美咲はいつの間にか、近くにいた観客の1人と仲良くなっていた。
こちらの人は、今のミュージシャンのファンの人みたいだ
「いえいえ~。えっと、次の出演者って……」
「サンシャインだよ。最後のトリだね」
「えっ、サンシャイン……! ねぇ、みんな聞いて――」
そんな大声で呼ばれなくても、この距離じゃ会話は筒抜けだよ。
俺たちは慌てる美咲をすり抜けて、見知らぬ観客の方に会釈した。
ガヤガヤ……ガヤガヤ……。
観客席が、にわかに騒がしくなってきた。
みんな身構えたり、ペンライトを持ち出したりして、スタジオにサンシャインが登場するのを待っているようだ。
さっきまでのミュージシャンのライブは、ファンの人とそうでない人でテンションにバラつきがあったが、今ここに至ってはその差がほとんど無い。
観客のほとんどが、サンシャインには少なからずの関心を持っているということだろうか。
「あっ、お姉ちゃん来――」
『キャァアァァアアァァッッ~!!』
由香が気付いて間もなく、観客席を巨大な歓声が席巻した。
なんという人気っぷりだ……これがサンシャイン。
「みんな、どうもありがとう。でも今日は番組の収録だぞ? ライブ中は、なるべくお静かにね」
サンシャインの1人 泉野麗が一度たしなめると、観客席に静けさが戻った。
そして周囲を見渡すと、みんなそれぞれに嬉しそうな表情を浮かべている。
彼女を直接見れることが、そんなに嬉しいのか。
「久しぶりに会えた……お姉ちゃん」
そう言う由香もまた、その一員だった。
「へへ~。みんな、いっくよ~! 高石玲奈は、アイドル界の~……」
「一番星!」
そしてもう1人 高石玲奈だ。
合わせて、観客席からの合いの手。
ここはサンシャインのライブ会場じゃない。
他のミュージシャンのファンだって大勢いるにもかかわらず、それなりの人数の観客が、彼女の調子に合わせたんだ。
つまり、ファン以外の人間にまで広がるほどの影響力が、彼女にあるってことになる。
「いいなぁ~…………玲奈たん」
そんな姿を、美咲は羨ましそうに見ている。
本当に羨ましそうに……。
「玲奈」
「あぁっ! ごめんなさい、麗さん。あたしったら、ついうっかり……」
そうして高石玲奈は、テヘッと舌を出した。
謝るべき相手の泉野麗ではなく、観客席に向かって。
すると案の定、客席の一部から再び声援が上がった。
「今の、狙ってやったのかな?」
「うん、計算だよ……玲奈は前から、そういうの上手かったから……」
こういうところも、サンシャインが人気アイドルである所以なんだろうか……。
女装はガマン出来ても、流石にああいうのは真似出来ないな。
やがてサンシャインの2人は、曲のスタンバイに入った。
イントロが鳴り出し、いよいよライブが始まる。
「……~♪」
最初の歌い出しは高石玲奈から。
十分に声量のある声で、音程も正確に歌い上げている。
そして続くは、泉野麗のパートだ。
「~♪ ~♪」
こちらは少しトーンの低い……何というか、しっとりとした歌声だな。
まぁ、これといって非の打ち所は見つからない。
かといって、特に印象に残る感じでもない。
ワァ~! ワァワァァ~!
しかし周りの観客達は、サンシャインの2人に釘付けになってるようだ。
なぜそうなる?
有名人の生ライブだから……いや、違うな。
ここにいる観客はみんな、既に何組もの有名ミュージシャンのライブを観ている。
だからある意味、普段よりも目が肥えてる状態なんだ。
それなのに、このテンションの上がりよう……まるで止まる気配もない。
分からないな。
見る限り、高石玲奈は確かに技術が高い。
歌もダンスも一拍のテンポも乱さず、正確にこなしている。
……たぶんその腕前は、美咲やいつきよりも上なんだろう。
かたや泉野麗は、ダンスはまぁそれなり。
歌声の方も、上手いと言えば上手いんだけど……
「~♪」
うん、まぁ耳に残る感じではあるかな。
耳心地の良い音……っていうんだろうか?
「~♪ ~♪」
いや……悪くない。
よく聴いてみるとこの歌声、決して悪くなんかないな。
どう言葉で表せばいいかは分からない。
何かよくある表現に、心に沁みる歌声っていうのがあると思う。
聴いていると「いい……うん、いい」って頷きたくなる感じの。
でも今、泉野麗が放つ歌声。これは、そんなのとは違う種類の……何だろう?
心というより、そう……頭!
脳に直接響いてくるような、まるで特殊な超音波を浴びせられてるような気分だ。
「~♪ ~♪ ~♪」
うっ……ダメだ! やめろ!
俺は今日、ハレーションの一員として! サンシャインを分析するために、ここに来ているんだ!
周りの観客たちのように、ファン活動や物見遊山で来たわけじゃない。
何かを……!
このライブを通して、何かを獲得して帰らなきゃいけないのに!
くぅっ……頭に流れ入るこの声!
この歌声が俺の理性をかき消していく。
――代わりに本能が刺激される。
気持ちの良い歌声に酔いしれたい……そんな生き物としての本能が、俺の中で猛烈に湧き上がっていくのを感じた。
『……パン! パン! パン、パン!』
曲は間奏に入り、観客席からは手拍子が鳴る。
スタジオを包み込むような大きな手拍子。
それは由香、美咲、いつき……そして俺の両手からも放たれていた。
これがサンシャイン。
そして、これが泉野麗が持つ魅力なのか。
――参ったな、もう自分が分からない。
ワケが分からない。
数分が経って曲は終了し、俺は我にかえった。
この胸の高鳴り……物足りなさ……ときめき!
俺はいとも簡単に、彼女の歌声の虜にされてしまった。
こんな気分……生まれて初めてだ。




