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第22話 確かめる意思

 ――長い回想をしてしまった。


 あの日のことを思い出すと、どうしてもこみ上げてくるものがある。

 ズキズキと痛む胸を抑えて、俺は病室のドアを開けた。



 中に入ると、部屋の中央にシングルベッド。

 そこにはやっぱり、いつも通りの少女が座っていた。


 ベッドテーブルを配置し、その上に乗せたノートパソコンと向かい合っている。


「あっ、恵。久しぶり――」

「……」


 恵はずっと画面とにらめっこ。微動だにしない。

 どうやら、この部屋の来訪者にも気付いてないらしい。


「恵ぃ……」

「…………」


 よっぽど集中してるみたいだ。

 さっきノックしても返事が無かったのは、このせいか。


 何を見てるんだろうと、つい背後から画面を覗き込んでみると


「ワン! ワン! ワン! ワン!」


 元気に吠える子犬の姿が映っていた。

 ……何かのホームビデオか?



 カメラを持った主人が、愛犬を映してる映像。

 すると画面の奥に向かって、ゴムボールが投げられて……子犬がすかさずそれを追いかける。


 で、ボールを咥えて戻ってくると…………おや? そこで主人がオヤツを差し出てきたぞ。


 子犬は当然そっちに気が移ってしまって、口からボールをポロッと落としてしまう。


 ポンッポンッと跳ねていくボール。

 それを慌てて追いかける子犬。

 再び咥えて戻ると、またオヤツの誘惑が……といった模様が繰り返されていた。



 恵は今、主人に絶賛からかわれ中のこの子犬に夢中になってるようだ。


 この……何て言うんだろう?

 パソコンに映る動画ってのは、テレビとは違うみたいだ。

 如何せん、俺はこういうネットの文化には疎い。


 動画の下に、左から右に伸びていく赤いメーターのようなものがある。

 そのメーターが右端に辿りつく頃、オヤツの誘惑をようやく振り切った子犬が、飛びかかるように主人に体当たりして、動画は終了した。


「ふぅ~……ん? うわぁっ、お兄ちゃん!?」


 すると同時に背伸びした恵の後頭部が、トンッと俺の胸にぶつかった。


 さっきまで見知らぬ子犬につきっきりだった少女は、ようやく血を分けた肉親の存在に気付いてくれたようだ。


「いつからいたの? それに、どこから……」


 不思議そうに辺りをキョロキョロ見回す恵。


「……普通にドアから入ったよ。恵が気付かなかっただけだろ」

「えぇ~?」


 久しぶりに会った妹は、いつもと変わらない様子。

 少し安心した。




「でも、お兄ちゃんに会えるの久しぶりだな~。最近あんまり来てくれなかったから」

「あぁ。バイトが忙しくてさ……ごめんな」


 ベッド脇に置かれた椅子に腰掛けながら、ここしばらくの失礼を詫びる。


「そうなんだ。……ね、お兄ちゃん。それってどんなバイト?」


 ――あっ、そうか。

 しまったな、どう答えよう?


 恵は興味津々という様子でこちらを見ている。

 こんな目を向けられておいて、洋介の時のように「絶対言わない」なんて言えないし……


「ん……いや、まぁそうだな。言ってみたら……え~っと、マスコミ関係かな」


 一応、嘘は言ってないよな、嘘は。


「え~っ、すごいねぇ。お兄ちゃん!」

「まぁ、な。上手くいけば収入も良くなるからさ。そしたら、いつか……」


 いつか、俺の肩に背負われた過去の過ち……これをきっと消し去ってやる。



 稼げ、金を……!


 金さえあれば、全てが上手くいく。

 恵の足を治してやれる……母さんも呼び戻せる……また家族3人で普通に暮らせるんだ。


 俺の罪は…………そうやって消せる!



「お兄ちゃん……無理はしないでね」


 ふと見ると、恵が心配そうにこちらを見ていた。

 あぁ、そうか。

 いつの間にか、また難しい顔をしてしまったか。


「そんな心配するなよ。大丈夫だって! そういや、さっきパソコンで見てたのって、テレビ……とは違うやつだよな?」


 話題を逸らそう。

 長い入院生活のせいで、こいつは結構自虐的な性格になってるから。


 恵も恵なりに、きっと俺や母さんのことを気に病んでいるんだ。


「フーチューブだよ、お兄ちゃん。どんな人でも自分で好きな動画を投稿できるの。たぶんだけど、もう誰でも知ってるサイトだよ?」

「そっか、そういうもんなのか」


 『たぶん』か。

 そうだよな……。


 こんなところにずっと閉じ込められてたら、外の世界をハッキリと知ることも出来ないか。



 ――やっぱりダメだな、今の俺たち。

 とても、良い状況とは言えない。


 もはや女装アイドルでも何でもいい。

 とにかく売れなきゃ、金を稼がなきゃ……!


 さもないと、恵の運命は変えられないんだ。


 1日働いて3000円だと!?

 ハレーション…………きっと、このままじゃ済まさないからな!




 ――翌日。

 レッスンは再開され、俺はアクセルターボのビルに来ていた。


 冴子さんの指導の下、ハレーションの4人はダンス練習に励んでいる。


「次はっ、どんなお仕事が、待ってるっかな~!」


「……どうせっ……ロクなもんじゃない」


「はぁ、はぁ、はぁ…………」


 美咲もいつきも由香も、みんないつもと変わらぬ様子だ。


「はい! はい! あゆみちゃん、ダンス上手になったじゃない」


「……どうも」


 冴子さんの表情に笑みがこぼれる。

 ……だが、俺の方はたいして嬉しくもなかった。


 いくら腕を上げたところで、肝心の人気が出なきゃアイドルは話にならない。

 ダンスも歌も、そりゃ上手いに越したことは無いけど!

 でも、今のままじゃ――



「失礼するよ」


 突然、スタジオのドアが開かれた。

 そこに現れたのは、何やら偉そうな風格の男。

 スーツ姿で、髪型はオールバックにしてビッシリ固められている。


「に、西川チーフ……」


 冴子さんが、何やらたじろいでいる。

 てっきり「レッスンの邪魔するな!」とか、怒鳴りつけると思ったのに。


 それにつられて、俺たち4人もレッスンを中断する流れになった。



「レッスン中にすまんね。だが今日は、君達に朗報があるんだ」


 いきなり現れて、当然のように場を仕切り出したこの西川とかいう男……何者だ?

 スーツを着てるから、おそらく冴子さんと同じ事務所側の人間だと思うけど。


「あの人はここのチーフマネージャー 西川(にしかわ)義充(よしみつ)。……結構、偉い人」


 近くに居たいつきが、小声で囁いてきた。


「睨まれると厄介だから……大人しくしてた方がいい……」


「!? そうなのか……」


 見ると冴子さんも、さっきから身を退けるような態度だ。

 あの男のふてぶてしさは、伊達じゃないってことか。


「今度、相川(あいかわ)ホールという会場でサンシャインがライブを行うことになった。君達にも、合わせて出演してもらうことになる」


 また例のバーター仕事か……。

 どうせサンシャインが中休みする間、5分かそこら場繋ぎするだけの――


「……出演時間は30分」


 なんだ、今回は割と長いんだな。

 と、呑気に思ってる俺の横で


「ほ、本当に!? わっ……やった~~!!」


 飛び上がるような勢いで、美咲が喜びの声を上げた。

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