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第20話 あとの祭り

 真夜中の高速道路。

 交通量の少ない中、1台のワゴン車が街へと走る――


「…………」


 車内は静まり返っていた。

 今日のイベント、皆それぞれに思うところがあるはずだ。

 だが今、それを口に出そうとする者は一人もいない。


 誰に強制されたわけでもなく、自然とそんな雰囲気が出来上がっていた。


「あのさ。なんで最後、曲が止められちゃったの?」


 みんなで作り出した重たい静寂……それを打ち壊したのは、俺。

 何となく、触れない方がいいって空気は感じてたけど。


 でもだからって、これで納得なんて出来ない。

 呼ばれてきたのにあんな対応をされるなんて、あまりに理不尽じゃないか。


「…………はぁ」


 由香も、美咲も、いつきも、カオルちゃんも誰も俺の問いに答えようとはしない。

 だがやがて、痺れを切らしたように冴子さんのため息が漏れた。


「時間が押してたのよ。あの辺は夜になると物騒らしくて……お客さんの中には女性もいたでしょ。クライアントの都合で仕方なく、よ」


 そういう事情か……それなら分からないこともない。


 でも


「……でもあの後、ビンゴ大会とか言って」


 仮設テントで帰り支度をしてる時も、会場からの声は聞こえていた。

 その限りでは、あまり時間に追われてる雰囲気は感じられなかったぞ。

 当選者にわざわざインタビューしたりして。


「時間を削るなら、他にやりようもあったんじゃ……だってハレーションは、ライブのためにわざわざ呼ばれたんだから」

「あゆみ……それ違う」


 いつき……? 思わぬ人物の声に遮られてしまう。


「あはは……ねぇ、冴子さん。今日の仕事もたぶん……そうだったんだよね?」


 続いて美咲も口を開く。

 だがその口調には、いつもの元気がまるで感じられない。


「えぇ、そうよ! オファーが来たのはサンシャインの方。でもあの規模のイベントじゃ会社も受けづらくてね。ギャラを格安にする代わりに、ハレーションを呼んでもらったわけ。……いつも通りのバーター仕事よ」

「やっぱりだ……あはは」


 (せき)を切ったように愚痴る冴子さん。それを聞くと、美咲は再び口ごもった。



 すると俺たちは、誰にも望まれてないのにあのステージに立ってた訳か。

 客席にいた人達も、ライブの後にビンゴ大会が控えてるからそこに残ってただけで……。



 車はいつの間にか高速道路を抜け、一般道路へ。

 赤信号の前で一時停止していた。


「届かない……お姉ちゃんに」


 由香は一人、呟いている。


「私だってねぇ! いつまでもあなた達に、こんな尻拭いみたいな仕事させたくないわよ。もっと華々しいステージに立たせてやりたいって、これでも駆けずり回ってんだから……くそっ!」


 ドスッ……と、ダッシュボードを殴る音が車内に響く。

 だが青信号になり、再び走り出した車のエンジン音によって、それはすぐにかき消されてしまった。




「じゃあね、今日はお疲れ様。あゆみちゃ……いえ、もう歩くんで良かったわね」


 車は今、俺の住むアパートの前に停車している。

 もう夜も遅い。

 美咲、いつき、由香は先にそれぞれ自宅まで送り届けられ、最後に回ったのが俺の番というわけだ。


 だからここにいるのは、冴子さんとカオルちゃん。本城あゆみの正体を知る者だけだ。


「あの、冴子さん。聞きにくいんだけど……」


 車から降りた俺は、助手席にいる冴子さんにウインドウ越しに伺った。


「今日のギャラって、いくら貰えるんですか?」

「あんた……ホントに聞きにくいこと言うわね」


 冴子さんは呆れた様子だ……まぁ、当然だよな。


「すみません。どうしても気になるんで」

「……まぁ、いいわよ。あなたのことだし。で、そうねぇ……まだちゃんとした明細は出せないけど、ざっくりしたとこで3000円かしらね」

「さっ……3000円!?」


 思わず耳を疑う金額だった。まさか、そんなはずじゃ……。


「ショックだった? でもね、これは正当な報酬よ。クライアントから頂いた金額から事務所の手数料を引いて――」

「私のギャラもね~」


 運転席のカオルちゃんが、にこやかに手を振っている。


「カオルちゃんもフリーでやってるからね。歩くんと境遇は同じなの。本職のスタイリスト以外にも、結構いろいろやってもらってるし……。で、残った金額をハレーションの4人で分配して3000円。それがあなたの取り分よ」


 半日働いて、たった3000円かよ。

 これじゃコンビニやファミレスでバイト出来た方が、まだ手取りがいい。


 期待してたのと話が違う。まるで夢がない……。


「騙された……って顔ね」


 愕然とする俺を、冴子さんは冷静な顔で見つめる。


「気の毒かもしれないけど、これが現実よ。アイドル稼業は人気が全て。サンシャインみたいにバラ色の人生を謳歌出来る者もいれば、こうして明かりの見えない……灰色の毎日を送らされる者だってたくさんいるの」

「…………」


 まぁ、分かる。俺だって、そりゃ分かるけど……


「でも言っとくけど、私はハレーションを今のままでいさせるつもりなんて無いわ。いつかきっとチャンスは来るから……ごめんなさいね。今はこれぐらいしか」


 そうしてそっとウインドウを閉じると、やがて車はどこかに走り去っていった――。




 …………眩しい。


 窓から差し込む朝日の光。掛け布団もかけずに横たわる自分の身体。

 6畳ほどの間取りの部屋の中で、俺は目を覚ました。


 上半身を起こしてぼ~っと周りを眺めてると、昨日の記憶がぼんやりと甦ってくる。


 あぁ、そうか。昨日はあのまま……。


 昨晩、部屋に帰って力尽きた俺は取るものも取らず、本能の命ずるまま布団に倒れこんだ。

 そして、そのまま寝てしまったんだ。


 ――何とも自堕落な体裁だな。

 こういう時、誰か一人でも家族がいたなら、ご飯を食べなさいとかせめて風呂ぐらいは入れとか言われるんだろう。


 だがこの部屋の住人は、俺一人。生活の全てが自己責任に依られている。

 気楽なようで、その実かなり面倒くさい。


「……ぁ~」


 やがて俺は、身体に染み付いてる汗のべっとりとした不快感に気付いた。

 ……ひとまず、シャワーでも浴びるか。



「ふ~っ」


 熱いシャワーを浴びたおかげで、目はすっかり覚めてしまった。


 服を着替えながら、色々と思い出す。

 今日は土曜日。

 学校は休みだし、アイドル業の方もイベント翌日ということで特に予定はなし。


 こういう日は……と思考を巡らせて間もなく、ある場所のことが目に浮かんできた。


 俺は適当に身支度を済ませると、アパートの部屋を出て、その場所――岬診療所へと足を向けた。




 20分ほど歩くと、あのクリーム色の病棟に到着する。

 すっかり見慣れたその外観……でも中に入ると、思わず感じてしまう妙にピリッとした感覚。

 これにだけは、いつまで経っても慣れそうにない。



「あら、歩くん。お久しぶりじゃないの」

「……どうも、ご無沙汰してます」


 廊下を歩くと、そこで小町さんに遭遇した。


「最近すっかり来なくなっちゃって~」

「すいません。妹の手術、どうしても受けさせたいんで」

「……そう、頑張ってるのね。でも恵ちゃん、すっかり寂しがってるわよ? 早く会ってらっしゃいな」


 小町さんはそう頷くと、ポンッと俺の背中を押してきた。

 彼女に一礼し、いつもの病室を目指す。



 やがて『203』と書かれた部屋の前まで来た。

 この奥に、恵がいる――。


 まずコンコンと部屋のドアをノックする……が、返事はない。

 さっきの小町さんの口ぶりだと、中にいるはずなんだけど……。


 おかしいなぁと思いつつも、ともかく俺はドアノブに手をかけた。


「……」


 この時、ついいつも思ってしまうことがある。

 ドアを開けたら、そこに昔のように元気に歩く妹の姿があってくれないか……と。


「…………」


 そしてすぐさま、そんなハズはないと我に返るんだ。

 やっぱり今日も、俺は(すが)ってしまった。現実から幻想へと目を背けたんだ。


 あの日の事故から……かつて犯した罪の重さから、逃げようとして。

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