第12話 はじめましてのユニットメンバー
部屋の中は、少しこじんまりとした会議室のようだった。
中央には3人ぐらいが座れそうな長机が2脚ピッタリくっつけられ、その向かいの位置に大きなホワイトボード。
イスもいくつか並べられており、その一角に短いツインテールの娘はいた。
「ねぇねぇ、ネット見たよ~。すごい人気だね」
ドアを閉めると、すぐに立ち上がった彼女がこちらに歩み寄ってきた。
「あ、あの。はじめま――」
「絶対デビューした方がいいよ~。きっと、もっともっと楽しくなれるから! アイドルになったら色々――」
まずは挨拶を……と思ったけど、そんな間もない。
彼女は明るく笑顔を振り撒きながら、こちらに構わずひたすらに喋りまくる。
「う~ん……あたしがデビューした時なんて、全然騒がれなかったのにな~」
「はぁ。そうなんですか……」
かと思いきや、今度は気を沈ませて……いるのかな、これ?
「あっ、でもスカウトされたのは嬉しかったんだよ! もちろん今だって、毎日楽しいし。これから――」
「は~い、はい。その辺でストップ! 相変わらず賑やかね~、美咲は」
そしてまた瞬時に笑顔を取り戻したと思えば……やっと室井さんの中断が入った。
「あっ、そうか。あはは……ゴメン」
おかげでようやくターン終了となったようだ。
俺、結局何も言えなかったな……。
「ごめんなさいね。この子、いつもこんな感じなの。……あれっ、他の子達はまだ来てないの?」
室井さんは部屋の中をザッと見回した。
「ん? いつきたんはもうそこにいるよ」
しかし見たところ、部屋の中には俺と室井さんと、あとこの美咲さんっていう女の子しか見当たらない。
彼女の視線の先にあるイスには、誰も座ってないみたいだけど――
「ん……うわぁ!?」
思わず驚いてしまった。
誰も座ってないイス。
だがその下に潜伏するようにして、一人の小さな少女が座り込んでいたのだ。
座敷わらしか!
「いつびし電機……10円値上げ。売り……いや、まだ早いか……」
その少女に、俺は見覚えがあった。
美咲さんと同じようにステージで会った、あのショートカットの女の子だ。
少女はこちらに目もくれず、スマートフォン片手にぶつぶつと呟いている。
発せられた言葉からすると、株式市場でも見てるんだろうか。
……とてもそういうのに興味持つような年頃には見えないけど。
「あら、いつき。またそんなところにいて~。じゃあ、残るはあと一人だけど……」
室井さんは呆れ混じりに笑うと、再び部屋の中をぐるっと見回した。
たしかハレーションは女の子3人のユニットって言ってたな。
俺が知ってるのは美咲さんと、このいつきちゃんって子だけだし、もう1人っていうと……
「あたしもまだ見てないな~」
「…………」
美咲さんもいつきちゃんも、もう一人のメンバーの居場所には心当たりが無いようだ。
俺も周囲にならって、部屋の中を一つ一つ見回してみる。
ホワイトボードの裏や窓の向こう。机の下……にはいつきちゃん。
「……!!」
あ、何だろう?
目が合ったと思ったら、途端に顔をプイッと背けられてしまった。
もしかして、俺みたいな新参者が急にユニット入りしたのが気に入らないんだろうか。
背格好からして、おそらくこの子は小学生ぐらい。
でもアイドルとしては、俺よりも先輩にあたるんだもんな……。
それはそうと、ハレーション最後の一人は、どうやら本当に来てないらしい。
そうしてふと入口の方を見た時、一つ気付いたことがあった。
――ドアが少し開いてる。
さっきたしか、俺が閉めたはずなんだけど……建て付けが悪くなってるのかな?
確かめようと俺はドアに近付き、一度思い切り全開に開いてみた。
すると、
「ひ……ひゃう!?」
反対側から、すっとんきょうな悲鳴が響く。
見ると、そこには尻餅をついた女の子がこちらを見上げていた。
「あ、あぁ……あうぅ……」
震えながら言葉にならないような声を漏らす少女。
明らかに怯えてる様子だ。
サラサラとしたボブカットの髪に、見開いた目。
そして、それを丸ごと覆うような大きなメガネ。
そして、さっきからやたらと俺の目を引いて……引きまくっている…………胸の大きな膨らみ。
――はっ! イカン、イカン! そういう感覚、今は持つべきじゃない。
……一旦呼吸を整えて、改めて状況を確認する。
さっきドアが開いてたのは、おそらくこの娘が隙間から覗こうとしてたからなんだろうな。
ん? というかこのシチュエーション、前にもどこかで……
「あ~、こら由香! 今までどこ行ってたの!?」
とか思う間もなく、背後から室井さんがずかずかとやって来た。
「あうっ……ごめんなさい。私……怖くて」
すると、この未だに尻餅をついている少女……由香さんは、それに恐怖を感じたのか身体をさらにビクッと震えさせた。
……よっぽどなんだろうか。眉毛がハの字になってる。
「いけないって……みんなに迷惑かけちゃうって思ったけど……で、でも…………うわぁ~ん!!」
そして何か釈明のようなものを始めたかと思うと、いきなり泣き出してしまった。
地べたに腰をつけたまま、なりふり構わず泣き喚く由香さん。
なぜ……なぜ急にこんなところで泣くんだ?
それも背格好からして、おそらく俺と同い年くらいの年頃の女の子が。
突然の事態に俺はどうすればいいのか分からず、慌てふためく一方だった。
「あらあら~。由香たん、もういいよ。泣かないで」
「泣く子は育つ……のは、赤ちゃんまで」
そこに美咲さん、そしていつきちゃんが駆け寄ってきた。
「うぅ……うぅ……二人とも、ごめんなさいぃ……」
「いいから、いいから。お~よしよし、由香たん可哀想ね~」
「謝らなくていい……。謝罪なら……何かこう、目に見える形の物でね……」
美咲さんは頭を撫で、いつきちゃんも由香さんをなだめて……いるのだろうか?
ともかく二人のおかげで、由香さんはだんだんと落ち着きを取り戻していった。
「ありがとう、みんな……もうあんなことしないね。絶対……」
やがて泣き止んだ由香さんは、尻餅をついた体勢からようやく立ち上がった。
……なんか事態がよく見えないけど、とりあえず丸く収まったみたいだな。
「もうっ、しょうがないわね~。 由香、ちゃんと反省しなさいよ!」
「……はい。ごめんなさい」
室井さんの方も、どうやら溜飲を下げたようだ。
「さっ! じゃあ全員揃ったところで、顔合わせといきましょっか」
「は~い」
そしてその合図と共に、俺たちはそれぞれのテーブルの席へと着いた。
「それじゃ、みんなそれぞれアイドルらしく自己紹介といきましょう!」
テーブルの四隅にそれぞれ俺、右隣りにいつきちゃん。
向かいには美咲さん、その隣りの席に由香さんが座り、室井さんはホワイトボードの前に立っている。
……なんか学校の授業みたいだな。
室井さん、たぶん雰囲気からして学年主任とか似合いそうだし。
「こういうのは新人からってのが相場よ。さぁ、立って」
――とか思ってる内に早速、指名されてしまった。
いきなりトップバッターにされるとは……まさか俺の考えが読まれたわけじゃないよな?
「それでは我がハレーションの救世主となる期待の新人、本城あゆ――」
室井さんの言葉が止まった。
そして同時に、イスから立ち上がろうとした俺の体もピタッと停止する。
――そうだ、名前……。
俺は今、女装してるんだ。
本城歩なんて男の名前じゃ名乗れないじゃないか!




