6-22.束の間の研究
ナーガ君が話を聞いて呆れつつも様子を見に来てくれた。
師匠の遺した書物とか、資料と一緒に着替えとかも持ってきてくれた。用意はルナさんがしてくれたそうらしい。
「……母豹はテイムした。留守番させている……他のとの相性も悪くなさそうだ」
猫科の場合、シマオウが実力的にもトップで、意外と縄張り争いとかもないからね。
キノコの森でも仲良くしていたから、無事受け入れられたならよかった。
「わかった。ごめんね、急に連れ帰って……」
「にゃ!」
モモがナーガ君にじゃれ付いて喜んでいる。
ある程度はわかるのか、無事にテイム出来たことを喜んでいるらしい。
「……俺達はスタンピードに向かう。あいつから説明を受けたが、俺らも厄介ごとに巻き込まれる前に出た方がいいらしい……」
「う~ん……正直、私も現状把握していないし、一番わかってると思うから指示に従うのはいいと思う。何か言ってた?」
「……狙いがあんただ……今は固まって行動しない方がいいらしい……ついでに戦闘能力のない女子供に手を出すのかも見極めるそうだ」
う~ん。ナーガ君達がいないとなると、残っているのは、確かに女子供。
戦闘能力も低めではある。そういう点では心配はあるけど。
何か起きた場合、ワイバーンで飛んで逃げるところまでしっかりとツルギさんから指示を受け、避難準備もできているらしい。
ついでにクロウのように攫われた件を反省し、同じ事が起きないように、門以外から中に入ってきたら敵と判断してよいと、シマオウにも指示した。
う~ん。オリーブもいるし、キャロとロットも魔法戦できるから……やり過ぎになる気がする。
「大丈夫かな?」
「……シマオウは置いていく。大丈夫だろう。危険は少ない」
うん。ルナさん達は大丈夫だとおもう。
ナーガ君が今回はテイムした魔物は連れて行かない。そうなるとかなりの戦力があの地にいる。シマオウがいれば猫科の魔物達の統率は取れる。
おそらく、A級パーティーとかで攻めても、大丈夫そうではある。
「……俺らでは貴族のことはあまりピンときていない」
「……だよね」
がっくしと肩を落とす。大人連中がいないと、割と楽観的なメンバーなので、ナーガ君の言うこともわかる。
私も貴族の考え方って、馴染みがない。足の引っ張り合いだけではなく、相手を貶め、場合によっては排除=死もあり得るのが自分の常識外ではある。
「怖いなぁと思うけど。ただ、私たちの常識が正しい訳でもない。この世界のルールがある。まあ、巻き込まれるから困るし、基本的に関わりたくないけど」
「……あんたはあんただ。気にすることはない」
「最近、貴族関連多いんだよね……疲れる」
「大丈夫だ……ラズもあんたを手放す気はないだろう」
「そうかな……でも、まあ、出来ることしとけばいいか」
実際、ラズ様の庇護がない場合、どうなっていたのだろうとは思う。
メリットを示して、手放せないだけの薬師としての腕を身に付ければいい。
それでも国の宰相からも手出しできないくらいになるって大変そうだけど。
「……じゃあ、行ってくる」
「うん、気を付けてね」
ナーガ君はそのままスタンピードのために、獣王国へと向かうナーガ君を見送った。
「とりあえず、時間はあるし……結果をだせるように頑張ろうか」
本でも読んで、ゆったりと過ごすつもりだったけど。
調合用の器具はないけど、資料はある。さらに、キノコの森で入手した素材もある。
調合用の器具が無くても……ダンジョンで料理するための鍋を使えば、錬金はできる。まあ、料理用の鍋でやるのは、ちょっとねとも思うけど。少量の実験なら、なんとかなるだろう。
師匠はありとあらゆる素材で薬を作っていた。ただ、属性付きの素材は別。
安らぎの花蜜が闇属性付きの素材であるように、素材には属性が付いてるものがある。
薬師が使う素材で多いのは水と土。
これらはわざわざ開発をしなくても、他に代替が可能なものが多い。同じ分量で作ることに拘らないのであれば、代替はそれなりに可能。
前にレカルスト様から頼まれたのは、帝国からの輸入品で、暁のハーブと幽世の花。この二つも足りなくなる可能性があり、それなりに貴重。
この研究を進めつつ、様子を窺うのがいいかな。
何もしてないこと……いや、それが即、役立たずにはならないと思うけど。
なんか、こっちに来るらしい宰相様に会うとき、何もしてなかったらと思うと怖い。
「闇属性については、前の資料でなんとでもなりそうだから、こっちが先かな」
素材には属性以外にも、色々な効果があるけれど。闇属性と鎮静効果みたいなセットになると安らぎの花蜜でないと駄目だった。
でも、闇属性は毒が割と闇に属しているから、効果を気にしないならそれなりにある。
素材が多くなると大変ってだけなので、属性をつけるだけの素材を生み出しておけば、何かあった時に対処はしやすい。
「聖水、作り方は秘匿されているんだよね」
神父様のとこの書物を色々と確認させてもらったけど、作り方まではわからなかった。
ただ、調合に使うためといって、ある程度は購入しているので、わかることもある。
聖水は、しっかりと聖属性の液体であり、これ自体を教会で販売している。
同じように、他の属性でもこの素材を作ることができれば……まあ、そこまで貴重な薬を作ることのが少ないんだけどね。
「魔石や宝石に付与が出来るから、同じように付与で作ってしまうことは出来そうなんだけど……」
〈付与〉は魔力を帯びている物に属性を付ける技能。だから、魔石に属性を付けた後、それを〈錬金〉で水に溶かしてしまえば作れそうな気はする。
錬金窯代わりの鍋と魔石はあるので、さっそくやってみよう。
「浄化〈プリフィケーション〉……うん。これで試すとしたら……最初は火かな。光もだけど」
レカルスト様が求めていた暁のハーブは、火と光の二つの属性をもつ薬草。
これも高騰しているらしいけど、私自身は使うような薬は頼まれたことはない。
火を付与した魔石と水を入れて、鍋に魔力を注ぎながらかき混ぜていく。
しばらくすると完全に一体化した赤い水が出来た。鑑定すると、火属性がついた液体となっている。
「う~ん。クロウがいれば、もう少し詳細がわかる成分表を作れるんだけど」
解析をしても、私ではおおよその成分しかわからない。
火属性は付けられたので、他の属性も試してから考えてもいいかな。
まずは、色々やってみよう。
「クレイン。入るよ?」
「ラズ様? どうかしました?」
ノックの後、ラズ様の声に作業を止めて、ドアに向かう。
「食事に手を付けてないって報告があったんだけど」
「ん? 食事? あれ、そんな時間ですかね?」
「昼食が手つかずで、ここにあるね。ちなみに、夕食はこっち」
どうやら、メイドさんがしっかりと食事を用意してくれていたらしい。
テーブルの上にはメモがあり、「お声がけしましたが気付かなかったようで……」と食事について書かれている。
「この部屋では好きに過ごしていいとは言ったけどね。食事は取りなよ。宰相が来るまで食事をしないとか、抗議のためにやっても無駄だから」
「いや……ちょっと、作業してたら時間が……」
「作業?」
「調合は器具がないと厳しいんですけど、錬金は窯と魔力でどうとでもなるんで……」
ついつい、属性水を作ることに夢中になりすぎて、時間を忘れていた。
基本属性は魔石と水で出来るのに、氷とか雷は作れなかった。ついでに聖水も。
他の方法とか、宝石に付与した場合とか、色々と試しているうちに時間が過ぎ、すでに夕食を運ばれてからもそれなりに経っていた。
ラズ様が食事を置いているテーブルの席に座ったので、私も隣に座る。
「成果あったの?」
「もうちょっとで、何とかなりそうです。食事をしたら、もう少し頑張ります」
「君、夜の作業は禁止じゃなかった?」
「え~っと、まあ、そうですね」
食事をしつつ、呆れた表情のラズ様にへらっと笑いを返す。
この場にナーガ君もツルギさんもいないから、怒る人はいない。
もう少しで何か掴めそうな気もするので、続けさせてもらう。
「ラズ様。一応方針としては、薬の調合にあたって、属性素材は避けられないので……自前でなんとかならないかなとか? 少なくとも、帝国とか他の国に採取に行かなくてもいい様に……研究を進めておくのはいいことですよね」
「ふ~ん……火、光、風か。あと、こっちは失敗?」
目ざとく、失敗している泥のような何かも見つかってしまった。
基本属性はそれなりに苦も無く作れたんだけどね。
「氷とか、雷ですね……水ではなく、蜂蜜とは混ざるので、理由とかも調べたいんですけど……クロウがいないので、詳細わからずに手探りなんですよね」
「まともに器具がない状態でこれを半日で作るのも頭おかしいけどね」
ちょびっとだけ属性が付いてる程度では使えないので、完成したものは少ないんだけどね。
ラズ様が完成したものを確認し、小瓶に詰め替えている。
見本として貰っていくのは構わないので、出来れば保管するための瓶とかをもっと欲しいと伝えておく。手持ちはそんなにないからね。
「手配しておくよ。他にも必要な物があれば言って。さすがに、今は捕らえているという建前があるから大掛かりなものは無理だけどね」
「大丈夫です。付与で試しただけで、できれば自然素材から作った方が魔石を利用しなくていいので……気長に調べます」
「ふ~ん。付与でできるものなんだね」
ラズ様が小瓶を覗きながら、楽しそうに眺めている。
実際、作れたけれど、これを利用して素材に合わせて調合できるかは別の問題。うまく定着するかもわからない代物ではあるけどね。
「研究に力を入れるなら、明日から、手軽に食べやすい食事にするように言っておくよ」
「ありがとうございます」
翌日から、フォルさんが食事を運んでくるようになった。
ラズ様も忙しいため、つまんで食べられるサンドウィッチとかを作って貰っていたので、私も同じ形で用意してもらえた。おかげで研究もはかどったと思う。
付与による属性水の作成が形になるまで4日。
付与では作れない闇属性での作成に着手しようとしたところで、ラズ様から食事の誘いがあった。
席に着くと、美味しそうな料理が運ばれてくる。
多分話があるのだろうけど、後に回してくれたのか、美味しく食事をいただけた。
そして、食後の紅茶をいただいたいるところで、本題になった。
「クレイン。宰相が王都を発ったって連絡があったよ」
「……はい。やっぱり、こっちに来るんですね」
「そんなに思い詰めた顔しなくても、君に危害を加えたりしないよ?」
「いや、だって、身内にすら厳しいのに?」
「そりゃあね。明らかに弱点となる存在だからでしょ。逆に君に手を出すなら、兄上達も父上も容赦しないことはわかってるよ。わざわざ敵を作るような宰相じゃない。それに、宰相にとっても君は有益な人物だしね」
「でも……」
肩の力を抜くようにと言われるが、胃薬が欲しい。
味方じゃない。むしろ、敵なのに排除一択ではなく、生殺しのようにしてくるのはやめてほしい。
「どっしり構えてなよ。宰相への手土産になる開発はもう形になってるでしょ?」
「いや、これは未完成で……」
「一朝一夕で開発が出来るのがおかしいんだよ。まあ、クレインの場合、出来るという判断基準がそもそも他の人とかけ離れてるわけだけど……延々と新しいものを生み出す必要はないよ。そればかりをしたいというなら止めないけどね?」
「……限られたことしかできないんですよね」
調合も出来ないし、錬金や付与……しかも、結構限られた素材しか持ち込めていない。魔石の付与とかは、人目を気にすることなくできることではあるけどね。
「今回は仕方ないと思ってほしいかな。こっちも抗議はするけど……君の身柄保護のためでもあると思うよ?」
そこまで狙われてるとは思わないけれど。
ただ、ラズ様の手元を離れて、ソロル侯爵のように守る気がない場所に置くのは宰相様は却下だったらしい。
「そこまでですか?」
「御しやすそうには見えるから。君をさらって、惚れさせて、婚姻するだけでいい。お金に困ることはないし、利権だけで数代は潤うだろうね」
「いや、ないない」
「そういう風に見る側もいるんだよ……まあ、これ以上は無理しないでゆっくり休みなよ。一週間後には到着するから。やつれてたり、目の下に隈ができてる状態はやめてね」
「わかりました」
なんだかんだと、ここの部屋での生活になれてきたけれど。
あと一週間か。
もうちょっと研究を進めていきたいところかな。




