6-20.裏事情 (ラズ視点)
フォルから告げられた来客の名に、面倒だなと思った。
ソロル侯爵とグロースハンデル子爵。子爵はどうでもいいが、侯爵は無下には出来ない。
「クレインが逃げたから、わからなくもないけどね」
クレインがセレモニーを終えた翌々日には特に報告も無く、姿を消した。
ナーガからキノコの森に向かったと聞いた時には、相変わらずの面倒事からの逃走手腕に苦笑しか出てこなかった。
何も伝えていないにもかかわらず、開拓地で過ごしたり、マーレに顔を出すべきではないと自分で判断している。
多くの貴族や商人達が、セレモニーで忙しくしているのだから、終わった後に繋ぎを取ろうとマーレで待ち構えていた。
冒険者であり、僕との関係もあり、マーレに顔を出すだろうと予測をしていたのに、本人はさっさとダンジョンに籠るという手段で逃げた。
これに焦ったのは特に貴族だろう。
商人たちは顔つなぎは出来たので、無理に留まることはしなかった。貴族はまだ残っている者達が一部いることは知っていた。
そこに、ソロル侯爵がいるのだけは、とても面倒くさい。
「それで、僕に何か? ソロル侯爵」
「ええ。こちらのフォーリン・グロースハンデル子爵がクレイン嬢と繋ぎを取りたいということで、お力添えをいただければと」
「……ソロル侯爵。セレスタイト兄上から便宜を払うように言われたのはあくまで貴方だ。その者に対し、僕が何かすることはない。クレインへの繋ぎをする理由もないでしょ?」
ソロル侯爵に従属している子爵家。
だが、それだけで、便宜をはかれといのうは無理だろう。いや、そうでなくても……政敵に通じる相手をどうして支援する必要があるのか。
「僕もクレインも、流行り病の兆しがあり、ほぼ確実にスタンピードが起こることが確定しているソロル侯爵領への支援はする。でも、他は了承していない」
もし、クレインが積極的に動くなら止めないが、嫌がって逃げているなら遮断するのは僕の役目だ。
結果、グロースハンデル子爵の目論見は外れたため、助力を願っているのだろうけど。
無駄としか言えない。
「ご存知の通り、我が家は窮地に陥っており、その原因であるクレイン・メディシーアと……」
「ああ、うん。姑息にも、グロースハンデルではなくフォーリン子爵と名乗ったらしいね。報告はもらったよ。目論見通り、クレインは気付かずに普通に接したようだけど。そのせいで、他からの怒りを買った自覚ある?」
フォーリン・グロースハンデル子爵。
クレインは頭が悪くないが、実は興味がないことに対してまで覚えようとはしない。
薬師として必要な情報を覚えることを優先する一方で、関わりたくない貴族関連について、家の名前は憶えていても、当主の名前までは憶えていなかった。
だけど、それはクレインだからだ。
あの場にいた過保護なツルギと、その下で働くことを良しとした聴覚に優れたティガが見逃すはずがない。
しっかりとこちらに報告が上がっている。
なんなら、頼んでもいないのにグロースハンデル子爵の細かい身辺調査書があり、次女が嫁いだ男性に黒い奇妙な痣が浮かんでいることまで書かれていた。
「なぜです! こちらは、彼女のせいで多大な損害を受け……ご存知でしょう、グロースハンデル家が窮地に陥っていることを」
「知ってるよ。でも、クレインのせい? 違うよね?」
フォーリン・グロースハンデル子爵は、ソロル侯爵家に従属する子爵家であり、商会を持つ、国有数の金持ちであった。
そう、過去形だ。
今、借金で首が回らなくなっている。
「何が違うと!? 彼女が産み出した、『錬金蜂蜜』により『安らぎの花蜜』が売れなくなり、我が商会がどのような状態か!」
貴重な素材である調合素材だった『安らぎの花蜜』は、今は無用の長物になっている。
帝国の治安が悪くなり、採取が厳しい。
消費期限が3か月であり、採取の状態によって品質が異なる。
そもそもが単価を安く売ることは現状では厳しい。
廉価で、消費期限も10年あり、品質が安定している『錬金蜂蜜』の方を求める薬師は一気に増えた。
いや、そうさせたのだ。父が。
兄の薬を作るために『安らぎの花蜜』が必要で、グロースハンデル子爵のもつハンデル商会に購入を求めたが、余っているにも関わらず拒否した。
「旧帝国領で、採取が出来なくなった。それに困った薬師が新しい素材を生み出す。何か、問題がある行動かな? 金をかけて、国内の貴族に売るよりも、聖教国や共和国に売った方が高値が付く。そう判断し、父上に素材を売らなかったのは君だろう?」
「それは、しかし、あの時にお伝えしましたが、すでに先約があったのです」
「うん。そうだね。先約があったから断る。君はそう判断した。なら、理解して欲しいな? 兄上やパメラ薬師の命よりも自分たちの儲けを優先したのだから、我が一族から援助が受けられると思うほうがおかしい」
僕が頭を下げて、購入を頼んだのを無下にした。父上でも同様。
元から、その素材の入手をレオニス達に頼っていたというのもあるけれど……兄上はともかく、パメラ婆様は薬を飲んでいれば発作が起きることはなかった病だ。
王族の命よりも、救国の薬師よりも、自国への協力を拒んでおきながら、自分達が困ったら、一枚かませろというのはおかしいだろう。
「ラズライト様。しかし、彼女が今後、新しい素材を生み出す度に王家が管理すると? それよりは信頼できる商会に任せるべきでは?」
「ソロル侯爵。それでも、グロースハンデル商会に任せる理由はない」
クレインは、すでに貴族への嫌悪がある。
商会が必要だとしても、パメラ婆様への協力を拒否した商会に協力したがる訳がない。
「必要ならこちらで用意する。グロースハンデル商会を潰さないために動くことはないよ。だいたい、あの子は想像以上に意思は固い。無駄だよ」
「っ……話を、する機会を与えていただきたい! 本人と話を致します」
「私からもお願いしたい、ラズライト殿下。チャンスだけでも与えていただきたい」
「一度だけだ。それ以上の機会は与えない」
話は終わった。個人的に話せる場を用意すると約束した。
予想外だったのが、クレインがその日のうちに現れたことだった。しかも、この会話の後すぐに。
危険を嗅ぎ分けるクレインがこのタイミングで来るなら、危険はないのだろうけど。
「私に捕縛命令が出ているらしいです。出頭しました」
そんなこと言って、拘束された顔色の悪い冒険者二人を引きずって現れたクレイン。
出会った頃より図太くなったなと思う。
予想外の出来事ではあったけど、話す機会を与える約束はしたので、クレインを残してその場を辞した。
クレインのことだから、多分、まずいことにはならない。ただ、一応、フォルがいつでも突入できるように控えさせて、書類を処理しながら報告をまつ。
「ラズ様。クレイン様を貴賓牢にご案内しました」
「そう、ご苦労様。彼らはクレインと交渉した?」
「いえ。諦めたようですよ」
おそらく、クレインが話題を全て叩き落したのだろう。
言い包めて、自分たちの良い様にしようと思っても、クレインは思うようには動かない。
「実力もあるし、お金もある。貴族嫌いになった理由が理由だから、阿るはずがないんだよね」
彼らは貴族になることを拒否するクレインを理解できないだろう。
だから、クレインが望むことも用意できない。
「それにしても……クレインが石鹸や薬を用意した理由も理解せずに、こんなところで時間を潰して。領地の対策を取らなくていいのかな」
義姉上の父であるソロル侯爵の扱いは困る。
国王派と王弟派の対立が激しいこともあり、凡庸な家の娘をセレス兄上の嫁にした。
僕とカイ兄上が結婚をしないため、後継ぎに問題はないのだろうけど。
「はぁ……さっさとお帰り願うしかないか」
クレインとの話が終わったのに居座っているソロル侯爵の元へと向かう。
「さて、満足したら帰ってくれる?」
「困りましたな。なかなか話が通じない」
「あの子は貴族ではないからね。それに素材採取を自分でやるようにパメラ薬師に鍛えられているから、素材の取引を商会に頼ることはないだろうね。知り合いの冒険者も増えたから、商会と結ぶ必要はないよ」
「しかし、このままでは……」
「あのレシピは父上に献上されている。管理も父上に任せている。それを決めたのはグラノスであってクレインじゃない。あの子は死んだ兄の決めたことを覆す気はないよ」
「……ラズライト様が説得されては?」
「無駄。あの子にとっての優先順位は兄や師のが上だよ。亡くなったからこそ、絶対に曲げない」
クレインにとって、僕よりも優先順位が高い二人が関わるのに、覆せるはずがない。
「ソロル侯爵。クレインはさっさと流行り病対策をしろと言ったはずだよ。きちんと考えた方がいい」
これは最後の忠告だ。
だが、通じることは無さそうだ。少し首を傾げたが、反応は良くない。仕方なく、そのまま話を続ける。
「だいたい、クレインを王都に連れて行く必要はない。ここからソロル侯爵領に行かせることは許可したけど、それ以外は不可だよ」
「ラズライト様。わかっておられるはずだ。領民が流行り病にかかることは、こちらも懸念している。だが、今、王都で奇病に苦しむ者がいる。彼女を王都へ連れて行くべきだと……宰相の手に渡れば、困るのは王弟殿下のはず。今、わたしどもが動くべきでしょう」
「クレインは僕の管轄だからね。今、クレインの身柄を欲している家は把握してるよ。まず、宰相を含め、旧国王派で奇病に苦しむ者が身内にいる派閥。次に、グロースハンデル子爵を含め、安らぎの花蜜など薬関係の素材を取り扱う商会及び関連する貴族。次に頭が痛いことにセルフィス家。これは対処は父上がするらしいけどね。他にもいくつかクレインが恨みを買ってたり、薬のためだったりと身柄を欲している家はあるけどね。……どこにも渡す気はないよ」
互いに何としても、その身柄を確保したい。
実際、僕が愛人としていても、身柄を奪って、名目上の妻とする。
愛人であり、婚姻ではないから妻にはできてしまう。さらに、身寄りを無くしたことからも馬鹿なことを考える家は少なくはない。
ただ、罪人としてという動きはあまり考えていなかっただけだ。
「ソロル侯爵。奇病について……身内に被害がいないから、貴族のみがかかる病で治す手立てがないとでも説明を受けた。違う?」
「……事実ではないと?」
「奇病と言われる症状は、体の一部に黒ずんだ痣ができ、そこが酷く痛む。症状が出たのは4の月の下旬。一番多く、症状が重い者は、王家が主催する式典で当時の王太子が倒れたとき、同時に倒れた者達だね。その後、一部でもちらほらと追うようにその症が発症した者がいたけど、症状や数はそこまでではない」
「……ええ。わたくしもその場で、多くの魔導士達が倒れたところを見ております」
「そう。それが、なぜ、貴族のかかる病……奇病と言われたと思う?」
「は?」
「だって、いきなり全員が同じ時刻に倒れるっておかしくない? 病だったら、個人差もある。集団食中毒だって、多少の時間はズレるでしょ? 同時に、今までに見たことも無い症状で倒れるのがおかしいと思わない?」
ソロル侯爵家はたまたま、呪われた者も呪った者も、どちらも関係者がいなかった。だから、情報がしっかりと共有されていない。
ただ、国の半数どころか、大抵の人間が関わっていた。皆、何が起きたのか真実は知っているが、説明はしない。何故なら、呪いも呪詛返しも公表できることではないからだ。
何も知らない。関わりがないと口をつぐむから、本当に何も知らない人が騙される。
「病じゃない。人を呪い、その呪詛返しを受けて倒れた。そして、一人だけを呪ったわけじゃないから、後からも呪いが発覚したりもした。ただ、もう打ち止め。これ以上増えることはない」
「しかし、最近になって、症状が悪化したとも……」
「元王太子が亡くなり、その呪詛分が他に散ったんじゃない?」
カイ兄上が生まれてからずっと……その年数を苦しむ。死んだ人間は楽になるがその分を残った者が負う。
それが人を呪った、加担した者の末路だろう。
父上はすでに“奇病”に関する支援は一切行わないと声明を出している。
「それなら、なぜ……病ではないのに、クレイン・メディシーアの身柄を求めるのですか」
決まっている。
呪詛返しを受けて苦しめば、治そうとする。
そのために、教会に助けを求めた。
だが、呪詛返しをした者よりも魔力がないため、呪詛返しを無効化できなかった。
あちらだって、馬鹿ではない。
クレインが聖魔法を使えることくらいは掴んだ。呪いを解呪した人間を突き止めた。
聖教国から派遣される神官、大神官では出来ないなら、元々の原因であるクレインにやらせる。
奇病にかかって、魔法が使えなくなっているくらいなら隠して生きていけた。だが、王太子の死により、負担が増えることを知った以上、何としても呪詛返しを解く必要が出てきた。
手段を選ばなかった。それだけだ。
「奇病が王弟派による工作だと言う話が流れてるね。父上は否定も肯定もしていない。何故か? 当たり前だよね。奇病自体が、王弟派の有力な人間の子どもを呪うという馬鹿げた行為の結果。それを国王派が行っていたからだ。呪詛返しに苦しむ者の多くが国王派だ。ソロル侯爵の者はたまたま、どちらの人間もいないから情報が入らなかったことにしておくよ」
「グロースハンデルの言うことは……」
「錬金蜂蜜の件で、商会が成り立たなくなったことも事実だけど、娘の夫となった魔導士が奇病に罹っている。あなたは、今までは冷遇されていたのが、頼りにされるようになり脇が甘くなったからじゃない?」
父上は最悪の場合は、セレスタイト兄上に離縁するように求めるかもしれないけど。
王妃教育を受けていない義姉上を王妃にするには、最低限、後ろ盾のソロル侯爵がこちらの足を引っ張らない程度には役に立つ必要があった。
今回の件、僕は報告だけで、判断は委ねることになるけれど……甥っ子たちへの教育も含め、この先は大変だろう。
「どちらにしろ、グロースハンデル子爵は君よりは情報を得ていただろうね。クレインを拘束し、王都には送らないと言ったとき、態度がおかしかった。あちらと密約もあるかもね。まあ、僕としては助かるよ。犯罪者として審議をするのであれば、その間は手元においておける。冒険者ギルドからの要請を断り、スタンピードに派遣をしない理由もできた」
これで王都から使者がやってきても、ごねているうちにスタンピードが終わる。
国境沿いでの流行り病については対策が別に必要となるだろうけど……カイ兄上がクロウを手元に呼んだので、おそらく対処するのだろう。
「ラズライト様、我が領は……」
「自分の領地より、奇病を優先したんでしょ? 自分達で対処しなよ。クレインからも早めに対処するように言われてるはずだよ」
項垂れるソロル侯爵を一瞥してから、クレインへの事情の取捨をどうするか考える。
クレインには何て説明するべきか……。
そもそも、カイ兄上もクレインを使ってなんかしてるっぽいから、対応に困るんだよね。
いっそのこと、僕は何も知らないってことにして、カイ兄上に報告ついでに、説明役を派遣してもらおうかな。
後書き失礼します。
いつも読んでくださる皆様、ありがとうございます。
本日、1月23日、書籍第二巻の発売日となります。
クレインとグラノスが表紙絵になります。よろしくお願いいたします。




