6-2.素材不足(2)
ギルド長と話を終えた後、マリィさんからギルドで管理している調合素材の資料を預かった。
「クレインさん。こちら、資料になります」
「ありがとうございます、マリィさん」
ちらっと内容を確認すると、薬師ギルドに納品している素材……全種類の納品記録。どうやら、一年分あるらしい。
それ以外にも、他の地域からの納品依頼されている素材など、調合に関係しそうな素材のリストになっている。
ギルドの記録と照らし合わせつつ、この地域で不足しがちな素材を改めて確認しておこう。
師匠は、ある程度この土地の素材の限界が頭に入っていたんだろうな。この素材で作った方がいいとアドバイスをもらい、その通りに作って納品する分には、全く問題が起きなかった。師匠は知っていたんだろう。
百々草とか、普通の薬師が使わない素材で作れるというのは、やはり大きい。
師匠みたいに何通りもの作り方を知っている人の方が少ないとも言えるけど。アレンジレシピの購入額を考えるとわざわざ買って研究する人の方が奇特だろう。
さらに、師匠は薬師ギルドに所属していないから、師匠のレシピは王家で登録するだけで売っていないので、レカルスト様も知らない。
師匠の研究資料などを漁りつつ、ギルドからの書類と見比べる。
クリスティーナ・ハンバード。師匠に破門された元弟子で、嫌いだけど、アレンジレシピは結構作っている。特に冒険者ギルドに納品する物とか、数が必要となりやすい薬だった。
素材代を浮かせるためだろうなとも思う。ちゃんとアレンジレシピを使っていることを冒険者ギルドが知っていれば、素材不足とか混乱が起きるはずがない。
「……う~ん」
一人で唸っていると、ノックが聞こえたので、「どうぞ」と答えるとクロウが入ってきた。
「マーレから予定より早く戻ったと思ったら、作業部屋に籠るのはどうなんだぁ?」
「クロウ。ちょっとね、冒険者ギルドと薬師ギルドの厄介事発生かな。私がいない間に何か相談とか受けた?」
「いや。薬師ギルドに依頼を戻すとだけ説明を受けて、何もなかったな。俺も怪我でしばらく安静にしていたしなぁ」
クロウは王都から戻った時、怪我がひどい状態だった。
怪我を負って、2週間も放置していたわけだからね。回復魔法と薬で治療をして、現状は問題が無さそうではあるけど、後遺症が残らなかっただけ良かったのかもしれない。
マーレの方に顔出しもしていないため、今回の件は知らないらしい。
「シュパルゲルの茎が足りないって話なんだけど……困ったことにね」
「……昨日、食べたなぁ」
「足りないって知らなかったのと、私達はあれを使わなくても調合に問題ないからね……。幸い、この開拓地で採取していた人はいないから、他の冒険者の邪魔をしたわけじゃないってことかな」
単純に、過去に200本の納品をしていたのが、500本にして欲しいということで問題が起きているわけで……そんなに大量には食べてないから、私達が悪いということにはならないのだけど。
それでも、流石に不謹慎と言われてしまうかなと思う。
「レカルスト様に相談するけど、数は増えないからね。他地域から仕入れるか、レシピを変えるか」
「レシピを変えた方がはやいなぁ」
レカルスト様は元々は王都で薬師をしていた。王弟殿下がキュアノエイデスに赴任したけど、マーレの地域独特の調合素材は知らないだろう。
「キノコの森ダンジョン近いし、緑の沼とかも貴重な素材手に入れやすいし、マーレスタットは恵まれた土地なんだよね」
「婆様のレシピで作ればいいと思うがな」
「それはそうなんだけど、調合の難易度が少し上がるんだよね。そもそも、通常レシピの難易度も微妙に失敗するみたいだからね」
「人員に問題があるだろう……いや、DEXが足りないのか?」
「うん。私も最初の頃は心配されたけどね。上級薬師になれない理由にDEX値が関係するという話は聞いてる。多分、大元は能力の低さなんだろうね」
薬師を目指していても、そこで躓くのはどうしようもない。中級中のレシピで躓くとは思わなかったけど……そもそもが素材を大量に抱えていない場合、練習も出来ない。
素材を自分達で採りに行けばいいのだけど、ダンジョンじゃないと素材も有限だからね、採り過ぎは厳禁。
セージの葉がないだけで、結構、壊滅的だったらしいからね。
「そういえば、東の森のセージ事件後も薬師ギルドが素材を独り占めしようとしてたんだよね。あのときの押収物とか、どうなったんだろう」
マリィさんから預かった書類では、納品した物しかわからない。
冬のうちは採取しないという措置を取っていたけど、その後は再開しているはず。薬師ギルドが求めず、私達も自分達で用意していたため、この時期の納品数は減っている。
今なら、それなりに増えていると思ってたけど。
「周辺の生態系が狂っている可能性はあるのかぁ?」
「多分……」
マリィさんからは、セージの木は一部は弱って枯れたけど、多くの木は乗り越えて成長し、きちんと葉も生い茂ってきたと聞いている。
ただ、セージの葉がない期間に、魔物の出現も少し変わったと聞いたし、他の素材についても不足しがちな現状は、調べた方がいいかもしれない。
「無難なのは、師匠のレシピを渡して代替素材で作る。ダンジョンでの素材なら、不足することも無い。薬師の腕さえあればいいから……レベル上げてでも、DEX値を上げるのはいいと思うけどね。クロウだって、それで何とかなったわけだし」
「言っておくが、俺は鳥人のクォーターで、DEXは上がりやすいからな?」
「え? 鳥人ってそうなんだ? ああ、でも、兄さんもそれで器用だったんだ」
鳥人の血が入っているから、DEX値が上がりやすいか。私は師匠が初期の内にDEXが上がるように指導してくれたおかげで困っていない。
ただ、調合だけではDEX値が足りないのはわかる。錬金、付与だけでなく、クラフト、木工、石工など師匠が早いうちに身に付ける手立てを取ってくれたことは大きいんだよね。
「う~ん。難しくはないと思うけど」
「俺らの感覚ではな」
基本のレシピ、師匠のレシピ、破門された弟子のレシピを見比べるが、難しいとは思わない。私自身がすでに上級・超級が作れるからだろう。
現状、薬が作れていない薬師ギルドにも問題があるのだけど。中級で躓いているとなると、大変ではあるよね。
「これか。婆様が昔破門にした薬師のレシピ。なるほど、簡略化されているなぁ」
「確かに? でも、1回で作れる量は少ないから、時間はかかりそう。素材としては、まあ、シュパルゲルの量を減らして、材料費は抑えてるな」
師匠は自分のレシピだけでなく、他の人が編み出したレシピもしっかりと研究している。アレンジレシピにも色々と書き込みが加えられており、難易度そのままで、他の素材を使っての改良も考えてある。
さらに、この地の素材ではなく、他地域でも作れるようにと考えていたらしい。
「これ、未発表か?」
「多分。……元弟子を邪魔しないように発表しなかったのかな」
このレシピが発表されていれば、元弟子のレシピなんていらないだろう。
いや、でも、師匠もアレンジレシピでは色々と苦労したというか、薬師ギルドから追放されたりしてるから、登録しなかった可能性もあるのかな。
「俺らが納品していた頃には、素材の問題が浮上しなかったがなぁ。薬師ギルドの問題になるのか?」
「どうだろう? そもそもが、しっかりした引継ぎが無い状態だったからね。地域ごとにある程度のアレンジレシピを使うわけだし、そもそも上が変わっただけで、元々の職員も残ってはいるはず」
数減らしはしていたけど、全てを退職させてないことは確認してる。レシピが異なるという事実を知っている職員が報告しなかった。ついでに、アレンジレシピを調べたりはしなかったのだろう。
ただ、私も師匠が好きだからこそ、前薬師ギルドのギルド長の嫁であり、破門された師匠の元弟子である彼女を好きになれない。
レカルスト様も同じように、彼女のレシピを使いたくないとかもありそう。
「じゃあ、作ってみるかぁ」
作業を開始しようとするとタイミングを見計らったようにティガさんがやってきた。
「すまない、少しいいかな?」
「ティガさん? 何でしょう?」
「俺は外すか?」
「いや、いてくれるかい?」
「……面倒事です?」
ここからティガさんのお説教となるのなら、避けたいのだけど。
クロウもやれやれとお茶を煎れ始めたので、テーブルに座って話をする。
「いや。今後についての確認だね。彼のことと、帝国の状況も気になるところだからね。しばらくはのんびりするのかと思って、言わなかったのだけどね」
「……のんびりと、師匠の49日まで出掛けたりもせず、過ごす予定ではあります」
「何かと、トラブルが起きたようだね?」
バレている。
私だって、トラブルを起こしたいわけではないのだけどね。
「冒険者ギルドと薬師ギルドで少々……」
「関わる気はないけど、それなら、なおさら今後のことを聞いておこうと思ってね。きみの彼への態度も気になるところだからね」
彼は、ツルギさんを指すんだろう。私だって、どうすればいいか、まだ結論は出てない。ただ、兄さんに対する態度とツルギさんへの態度が違うことで、皆に混乱を与えているっぽいことは理解している。
ナーガ君はもやもやしているけど、許す方向で考えている。
レウスとアルス君も私の態度に驚きつつ、「あっちに残って情報収集してくれるんでしょ?」「俺らを見捨てたわけじゃないって」と、フォローしようとしていたから、許しているのだと思う。
まあ、死んだということにショックを受けていたのは皆同じで、無事だったなら良いと言う気持ちが大きいのだろうとも感じている。
師匠に続いて、彼の死……かなり、衝撃が大きかったからね。
「とりあえず、しばらくは穏便に……貴族関連は、動きを見つつ対応します」
今までの交渉事は兄さんが担当していた。しかし、今後の窓口は私になる。命の危険はないけど、利用しようとすることは当然ある。
「そちらは絡まれるのかな?」
「おそらく。……ティガさんにも同席を頼む可能性があると思っておいてください。私がいないとき、クロウが一人での対応は良くない可能性があるので、お願いしたいです」
「わかったよ」
もしもの場合。私ではなく、クロウのためには動いて欲しい。
ティガさんに何も知らない状態で進めるのも、落ち着かないのだろうし、ある程度の情報共有のために同席してもらう。
クロウは攫われたりとかしないように、私いないときはティガさんと対応して欲しい。クロウは物理弱いから、念のためにね。
多分、私がツルギさんへの拒否を出している間、彼は納得しないから、協力しない気がする。
「きみは薬師としてはどの程度、仕事が来ると思っているのかな?」
「師匠の死により、今後の薬師の仕事がどうなるかは読めないです。移り住んでからの期間も短いので……私が師匠に無理をさせたと考える人もいると思います。そういう方たちからは仕事の依頼はないかと……」
正直、師匠には何も出来なかった。
死ぬ切っ掛けは、王が仕出かしたことだけれど。それすら利用して、立ち位置を高めたとも言える。
不快に思う人はいくらでもいるのだろうなとわかっている。
「収入がない場合、生計は立つのかな?」
「それは問題ないですね。薬師の腕という点では、私とクロウは高いので、本当に薬に困る場合には頼らざるを得ないこと。それ以外でも、素材開発とか、特殊な依頼もあると思うので」
「お師匠さんの引退を機に、嫌なら切っているだろうしなぁ」
私とクロウは今後も薬で高額収入は確保できると思う。それに、ナーガ君達の冒険者収入もそれなりに高い。もっと休んでもいいと思うけど、楽しんで冒険しているようなので、口には出していない。
「それに、予想以上に、この地なのか……国全体なのか、薬師の腕は悪いのが発覚したところです」
「中級が危ういとは思わなかったからなぁ」
「そうなんだよね。マーレは薬師が少ないとは聞いていたけど、質もいまいちだったのは想定外」
この世界では、輸送体制だって未熟。だからこそ、遠くから薬を運ぶことはないと考えていたけど。求められる可能性が出てきている。
「個人相手での中級の製作依頼は引き受けても、商人とかの大型発注については、ラズ様経由にして受けない方向で様子を見ます」
「他から大型の発注があるのかな?」
「冒険者ギルドはあっても、薬師ギルドがない村や町、存在するんですよね。今まではマーレの冒険者ギルドの分を担っていたことは知られていて、スタンピードでの派遣を希望されているので……頼んでくる可能性はあるのかなと」
素材の関係で、マーレでは担えないと判断していたかもしれないけど……出来ちゃうんだよね。多分。
キノコの森に入れるようになり、この開拓地で採れる薬草の量を考えると、問題はない。マーレの薬師と素材を奪い合うことなく、一定量の作成は可能。
「冒険者ギルドを優先するということだね?」
「私は冒険者ギルドに所属しているので、そちらの大型受注に関しては、ある程度は引き受けます……金銭的なことを考えると商業ギルドと手を組んだ方が利率はいいのでしょうけど。ただ、素材開発は別ですけどね」
「そっちは俺も参加して、話し合いの場をもつつもりだ。どちらにしろ、今すぐではないけどなぁ」
ラズ様からの依頼もどうなるか、予想できない。
王弟殿下、カイア様の側に彼がいれば、自前で薬を用意することは可能。ラズ様は別に健康体だから、基本的には不要だろう。
「では、本題に入ろうか」
「え? まだ続くんですか?」
にっこりと笑うティガさんに、仕方なくお茶に口を付けて、続きを促した。




