4-14.衝撃 〈レウス視点〉
〈レウス視点〉
教会の奥にある部屋。その真ん中にある台に青白い顔で寝ているクレイン。
ここに運ばれてからぴくりとも動かないし、脈も少ない。
死んじゃうんじゃないかって、気が気じゃないけど、近づくのも怖くて……部屋の隅でずっと様子を見ている。
ナーガはずっとクレインの手を握って、声をかけている。その横にいるのは、ずっと怖い顔をしているギルド職員……クレインがレオニスさんと呼んで慕っている人。
神殿に運び込まれた当初は、神父様が治療をしてくれていた。クレインの状態は厳しかったらしい。
最初は神父様と、レオニスさんの奥さんって人がクレインに魔法をかけていたけど……その後も顔色も戻らない。
治療を終えてからは、何かあったら呼ぶように言われて……あとは、何もすることがなく、時間だけが過ぎていく。
「っ……くれいんっ…………」
ティガやクロウの時は、クレインが魔法を唱えて……少しだけど血の気が戻った。助かるかもしれないと思えたのに……今は、血の気の戻らないクレインを見ているのが怖い。
「レウス、ナーガ。食事を持ってきたよ。少しでもいいから食べなさい」
「……いい」
ティガがサンドイッチらしきものを持ってきたが、ナーガは一瞬だけティガに視線を送ったが、断って、クレインに視線を戻した。
「ナーガ、食っておけ。その間、見ている。何かあれば呼んでやる」
「…………」
「クレインが目を覚ましたとき、そんな顔色で迎える気か? 食ってこい」
いやいやと首を振っていたナーガだが、レオニスさんに説得されて、クレインから手を放して、部屋から出るので一緒についていく。
ティガが一度レオニスさんにお辞儀をしていたので、俺も頭を下げてから部屋を出る。
「ティガ、クロウは?」
「わからない。することがあると言って、冒険者ギルドや商業ギルドに顔を出したり、領主の館に行ったりと忙しなく動いているよ。話しかけても『後にしてくれ』と言われてしまうとね」
「アルスは?」
「ずっとルストの見張りについている。何か知っていることがあるならと聞いたんだけど、答えてくれなくてね」
クロウは知らせを聞いて、クレインの師匠さんと一緒に駆け付けた後、やることがあると言って、帰ってしまった。
師匠さんも一緒に……。だから、てっきり薬を作っているのかなと思ったけど、違ったらしい。何をしているのか、ティガもわからないらしい。
アルスは、クロウが来たときに何か話をしていた。その後、ずっと顔を見せなかったけど……。ルストがやったことだと確信していて、見張っているのだろうか。
「なんで……」
「ルストの側から離れない。ずっと睨むように彼を見ている……クロウが、逃げないように見張ってくれと頼んだからだろうね」
ルストは、帝国で反乱が起きたときに一緒に逃げ出した、穏やか……というか、ぽやっとした奴だ。しょっちゅう、食事を貰い損ねたり、放置すると何してるかわかんない不思議ちゃん。
俺らがダンジョンに行っている間にこの町に俺らを頼ってここまで来たらしい。ティガが冒険者をするならとギルドに案内したらしく、ちょうど祝杯上げてた俺らもそのまま一緒に飲んでた。
「何でここにいるの?」と聞いたら、俺らと別れた後、帝国内を旅をしていたけど、治安が悪化したこともあって王国に来たという。俺らみたいに山脈を越えてではなく、正規のルートで国境を超えたらしい。
よく捕まらなかったなと思ったら、「女の人が助けてくれた」という。
なるほどな、と思った。なんか、ほっとけない、この人には私が支えなきゃと思わせる雰囲気あるんだよね。顔もいいしね。
その人と一緒に国境を越えたけど、王都で別れてぶらぶらとここまで旅してきたらしい。そんなくだらない話をしていて、敵意なんてなかったのに。
「……反乱も、クレインのことも、ルストがやったの?」
「本人はわからないと言ってるけどね」
でも、昨晩のギルドでの乱闘は……帝国での反乱の時のような、狂気があった。クロウはその場にいなくても、何かわかったのか。
それで、俺らより、ルストと面識がないアルスに頼んだのかもしれない。
「……ごちそうさま」
「あ、ナーガ!」
「……俺は戻る。あんた達は好きにすればいい」
「俺もついてる!」
ナーガは食べ終えて、部屋に戻ってしまった。
俺も急いで、ティガが持ってきたサンドイッチを飲み込んで追いかけようとすると、ティガに手首を掴まれた。
「何? 俺も戻りたいんだけど」
「クロウから伝言だ。グラノスに連絡して、彼もこっちに向かってる。あと、数時間で到着するらしい。もどったら、交代して少し寝なさい。昨夜からずっと寝ていないだろう。レオニス殿の言う通り、目覚めたときにひどい状態ではだめだよ」
「……わかった。交代ね……ティガはどうするの、これから?」
「アルスの方と交代するよ。わたしでは信頼できないと言うなら、冒険者ギルドから人員を借りることも検討する。アルスもちゃんと寝させないといけないからね」
ティガは「大丈夫だよ、彼女は死なないように立ち回れる人だ」と言って、頭を撫でて教会を出て行った。大丈夫……そう、信じるしかない。
俺らが危険なことも何となくで感じ取っていたクレインが、自分の危険を感じ取れないはずはない。だから、助かる。
俺が部屋に戻ると、レオニスさんが立ち上がった。
「ナーガ、レウス。ここは任せるぞ」
「どうしたの?」
「ばあさんの様子を見てくる。クレインの回復のための薬を作ってる可能性もあるからな。その間、頼むぞ」
「…………」
「うん、任せて」
ナーガが大きく頷いて、俺もしっかりと返事を返すと、「よしっ」と言って、頭をぐちゃぐちゃっとなで回して、出て行った。さっきから、みんなして人の頭を撫でていく。俺は何も出来ていないのに、子どものように褒めているつもりなのだろうか。
「……こっちだ」
ナーガが空いたレオニスさんの席に座るように促してきた。俺は少し戸惑いながらも、レオニスさんがいたナーガの隣の椅子に座る。ずっと張りつめていた空気が、少し軟化していて……今なら、クレインの側に行ける気がした。
「ナーガ。グラノスももうすぐ帰ってくるって」
「…………そうか」
「そしたら、交代で寝ろって……どうする?」
「……お前は寝ればいいだろ」
「むり……だってさ、寝れるわけないじゃん? クレインが起きれば別だけどさ」
「…………そうだな」
ナーガはずっとクレインの手を握ってる。
俺も触ってみると、少し冷やっとして……ドキッとした。体温がだいぶ下がっているのかもしれない。
「……大丈夫?」
「…………助かる、絶対」
「……ナーガがだよ。あのさ、レオニスさんも言ってたけど、クレインが起きたときひどい顔してると心配するよ」
「……あんたも随分ひどい顔してるぞ」
「俺も? まあ……なんか、現実味なくてさ……怪我したりとか、クレインが? みたいな感じ」
「……ああ」
出会ったときから、ずっと……一貫して、安全第一で無謀なことはしない。
下調べとかしっかりして、対策も練ってるから危険なんてなかった。
「俺らがやられた蛇すら、クレインは倒してた……スタンピードも危なくないように、準備して……だから、なんでこうなったのか、ホントにわかんない……ナーガは?」
「……急すぎて……ただ、襲われてるクレインの側に行って……守れると思ったら…………腹に剣が刺さってた……倒れ込むのを阻止したけど、腹から血が流れてるのに……治療もしないで……何が何だか、わからなかった……襲ってるのも人だから……戸惑ったのもある……戸惑わずに……」
「……無理だよ。ナーガには無理……俺も、出来なかった……」
魔物相手なら、剣抜いて、斬りかかったと思う。でも、クレインを襲ったのは人で……さっきまで、確かに俺らを祝って、酒を酌み交わした冒険者で……。
顔見知りではなくても、俺らの門出を祝ってくれた人たちが、突然、クレインを襲って……斬り殺すなんてこと、出来るわけがなかった。
まして、ナーガは優しい。人を傷つけることを戸惑わないはずがない。
「……グラノスは、出来た…………前に、人が襲ってきたときも、次が無いように……相手を傷つけて……」
「……ナーガ。たぶん、俺らだけじゃ、無理……わかるよ、俺だって……後悔してる……でも、直前まで一緒に楽しく呑んでた人達じゃん……」
もしもがあるなら……グラノスさんがいるときだけだと思う。
たぶん、グラノスさんなら……混乱している俺らを叱咤しながら、指示を出して、邪魔する冒険者の腕の一本や二本斬り落としてでも、クレインを守ったと思う。
混乱する中で、誰も指示してくれない中で……。
俺らは何もできなかったから、クレインは傷つき、目を覚まさない。
でも、戸惑わずに人を傷つけていたら……俺はそっちも怖い。
「…………」
「死なないよ……血を流しすぎてるから、目を覚ますまで時間かかるだけで……クレインは死なない。大丈夫……だから、一緒に待とう?」
「……ああ」
ナーガが握っているクレインの手に、ぽたぽたと涙が落ちていく。
「泣くなよ」
「……あんたもな」
死ぬはずがない。ぽろぽろと涙が零れる。
治療した神父様も、ディアナさんっていう女の人も……大丈夫と言ってくれた。時間はかかっても目を覚ますと……。
クロウやティガ、アルスがここにいないのだって、クレインは目を覚ますと信じてるからだと思う。
二人でそのままクレインが目を覚ますようにと、ずっと祈っていたら、がちゃっとドアが開いてグラノスさんが入ってきた。




