3-22.信用 〈クロウ視点〉
買い物を終えて、クレイン達の拠点に戻った。
買ったコートは渡して、クレインは上の部屋に行き、俺は地下室に行く。地下室ではグラノスが資料をまとめていたので、調合器具を借りると伝えた。
「おっ、早いな。もっとゆっくりしてくるかと思ったんだが」
「ちょっとなぁ……しばらく調合用器具を借してくれないか」
「ああ、それは構わないだろうが……どうした?」
不思議そうに聞いてくるグラノスに納品依頼書を見せる。内容を確認すると、紙の束をまとめ、使っていたテーブルを譲られた。
「明日までに、シロップを300個納品する。材料もあるようだし、作らせてくれ」
「ああ……大量に作って売りさばくか。需要がありそうだよな」
「そっちはいいのか?」
「クレインが味噌の作成をしていたからな。味噌ができるなら、醤油の方まで手が伸ばせるかと資料を確認していた」
「よくやるなぁ」
グラノス自身は、手伝ってくれるらしく、紙を置いてから戻ってきた。ついでに材料も取り出している。
「醤油なんて簡単にできるのか?」
「基本的には、固形か液体かってことで、塩か塩水かくらいで、材料に違いはないはずだ。味噌に比べて時間は半年以上かかるがな」
「調味料の作り方なんて、よく知ってるなぁ」
「ベッドで本を読むしかできない人生だったんでな。暇を持て余していた。特に食事はな……自由に食えないからこそ、興味があってな。クックパッドから食の歴史の専門書まで、色々と読んでいたな」
前世はまともな暮らしをしていなかったか。
人に対し好悪が極端な印象はあったが、人を信じられないという言動がないのはそれが原因か。
「少し、愚痴ってもいいか?」
「構わんが、俺は君が正しくても、最終的にはクレインにつくぞ?」
「徹底してるなぁ」
「どちらにもいい顔をして、失うようなことはごめんだ。あの子に救ってもらったからな、あの子の味方だ」
「……俺もそこまで思いきることが出来ればよかったんだがな」
命を助けてもらった。
毒の件、奴隷の件……どちらも、彼女が決断しなければ死ぬか、殺されるかしていた。2度も救ってもらったことはわかっている。それでも、どうしても信じ切れずにいる。
考え無しで行動をすることがあると苛立ちを感じる。
「君がかい? 無理だろう」
「はっきり言ってくれるなぁ」
「記憶ってのは厄介だよな。覚えていても、覚えていなくても……身体に染みついている。君は女であるクレインを完全には信用しきれない」
「なぜそう思う?」
「君たちの能力、普通に考えれば人を信じられないからだろう? 見るだけでわかるように、盗み聞きしてわかるようにという考えだろうと想像がつく。ティガは男女どちらに対しても、丁寧に接するだけで全く信用していないが、君は男に対しては普通だったんでな。君の女性への接し方を見て、女のみ信じられないんだなと気付いた。決して踏み込んでこないように、表面上は女性好きなようにしているが、言動を信じてないだろう? こっちとしては、ハニトラにかかる心配がないんで助かったがな」
にっと笑う顔に、深いため息が出る。わかっていて、特に気にせずに接していたらしい。
たしかに、身体に染みついている。この世界で新しい人生を歩み始めても、トラウマとして残っている。
「まあ、信用できないというよりは、君は女性には近づきたくないだけだろう。これ以上、幻滅したくないのか、自ら距離を取ってるしな。君が女性との間に何があったか知らないが、感情的に動く様は、心底侮蔑しているよな? 表面上は取り繕っていてもわかるもんだぞ?」
「遠目に見ている分には癒されるのに、接するとなぁ……女が好きであることは嘘ではないが、少しでも怪しく感じてしまうと途端に冷める。下心があるだけでも、嫌悪感が生まれる……あの子は違うとわかっているのにな」
「ああ。女嫌いなのに、クレインに対しては別に扱ってくれているのは感謝してる。心配して、常に様子を見てくれているようだし、フォローもしてくれている。こっちの無理な願いに対しても、面倒なそぶりはしても付き合ってくれるしな。助かっている、君はな」
俺は……その含みは、はっきり言わなくてもわかる。
俺は信用していても、ティガを信用していないということだ。
「それで? 君を怒らせたクレインの言動はなんだったんだ?」
「コートを選び、買ってくれようとしただけだ。借金の倍以上の額のコートだ。買ったコートの代金は俺の借金につけておいてくれ……研究用だろうと負担させることのないように頼む」
「借金奴隷に高価な物を買い与えるか。まあ、色々と問題になるだろうな。君の借金にしてしまった方が良さそうだ。しかし、それに下心を感じたかい?」
「いや、全くだなぁ。心配してくれているだけだろう。コート自体に付与された効果に興味を持っていたから、そちらが目的の可能性もあるな」
俺と仲良くなりたいとか、そんなことを考えていないことはわかっている。
そもそも、恋愛をする気がないことは見てわかる。あれだけ、男を側に置いているのに、一切その手の感情を意識させることはない。
互いに程よい距離感で、深入りしない……。
正直に言えば、もう、女に関わりたくなかった。女に人生を狂わされた。
できる事なら女に振り回されることのない新たな人生をと考えていたが、命を救われたのは少女だった。
中身は、大人の女であり、それだけでも最初は拒否感があった。それでも……。
朦朧とする意識の中で、汗だくになりながら必死に、俺に魔法をかけていた少女。俺が治った後にはティガを治療していた。
ハイポーションを飲んで、ポーション中毒になりながらも、出来ることは全てやっていた。
町へ連れ帰ってからも、普通なら助からないはずの……障害が残るはずだったティガをそれとはわからないように完全に治療してくれた。
返しきれない恩があるからこそ、相手が女であっても、恩を返すと決めていた。
接していくうちにわかったこともある。
同じように、前世で何かに傷つき、少しずつ何かを取り戻そうとしていること。足掻いて、必死に生きようとしていること。
患者から仲間へと変わったことで、その甘い性格に付け込まれることへの不安も出てきた。
それでも……時折、苛立ちが表に出てしまう。
「調合に錬金、治癒術、さらに付与までできるとなれば、どれだけその身を狙われるか。そこに大金を持っていることも、奴隷への扱い方もおかしいこと。……貴族の婚約者だろうと、攫われた途端に破談して、むりやり嫁がされることもある。……俺の事よりも自分の心配をするべきだろう」
「そうだな。死にたくないという感情を、最近は仲間に対しても広げている。単純に君が心配だから、防具を整えるつもりだった。付与を学ぶことで、さらに危険を遠ざけることができるならという考えだろうが……また、視野が狭くなってるな」
「また?」
「あの子は、たまに変に暴走するんだよな。考えが足りない時がある。おそらく、スタンピードでの安全性だけが先行して、他の事を考えられてないな……それだけ危険な可能性があるんだろうが」
スタンピードがそれほど危険だというなら、無理に俺らを連れていくことを止めればいい。
「足元が揺らぐ可能性があるのに、目立つ行動は避けるべきだろう。Fランクの奴隷が上級……いや、下手すれば超上級の装備を身に着けるのは人目を惹くぞ。奴隷への待遇が悪くないなら奴隷として潜入させることすらあり得る」
「だな。クレインを調べてる奴や接触しようとする奴は多い。目の前に病気の奴がいたら、後先考えずに救いそうだしな……目立つような行動はするべきじゃないんだがな」
「よく言うなぁ。スポドリを連名で登録したのは目立つだろ。他の異邦人に、あんたらの存在がバレるぞ」
ニッと口の端を上げた。わかっていてやっているらしい。
いや、クレインの方はわかっていない可能性もありそうだが。
「どうせ、この国の貴族にはバレてるさ。それに、異邦人でスポドリに気付いた奴がいるとしたら、身を隠すことに成功した奴だろう。王都で飼われている連中や、帝国で暴れてる奴らが知るとも思えない。出方を見るための仕掛けにもなる……まあ、お師匠さんが急いで登録させたいようだったのが一番大きい理由なんだが」
「……ああ。婆様の願いか、それなら仕方ない」
「……何か、あるのか?」
「俺が言うべきことではないなぁ」
婆様が隠しておきたいことを俺が口にするべきではないだろう。
そもそも、気付いたのも勝手に覗いたせいだからな。
「まあ、それもそうだな」
「しかし……スタンピードがそれほど危険なら、俺らは不参加でもいいと思うんだがなぁ」
「そっちの方が、危険なんだろうな。貴族の思惑だから、俺らは参加するしかないんだが、君らを別行動にするのも危険を感じている」
「何が危険なんだ?」
「こいつだ」
先ほど机からどかした本に挟んでいた紙をぺらりと渡される。
帝国からの懸賞金が出ている。内容は、第三皇子を殺害した反乱の首謀者。俺とティガの似顔絵だった。
「……出回ってるのか?」
「ああ。懸賞金の額が高い。君とティガが首謀者扱いで、生死問わず。これで奴隷になっていても、君らについては政治犯として引き渡しを求められる可能性が出てきた。むしろ、引き取るためには金を支払う必要があるから、殺しの可能性のが高い」
「この町から離れた方が良さそうだなぁ」
「そういうことだ。ラズの方で、俺らが離れている間に帝国側からきた冒険者は一掃してくれることになっているから、一週間くらいは町を離れて避難する必要があるわけだ。クレインが君に上級の装備を用意したのは、そっちが理由かもな」
「このことを、知っているのか?」
「知らないはずだが、危険を嗅ぎ分ける方に特化させているからな。俺らが理解できないところで、危険を感じていてもおかしくない」
なるほど。
後衛の魔導士が攻撃を受けることなど基本的にはないと考えて、過剰だと考えていた。
さらに、それなりに育ってきているのに、装備を付与で強化するほどの魔物を相手にするなら、最初から参加を見送ることも考えていたんだがな。
「そういえば、俺とティガだけなのか?」
「ああ。レウスと、黒髪紫瞳の男については手配を受けていない。4人で抜け出してるのにな?」
「俺は4人と言った覚えはないんだが……それも知られてるのか?」
「さあな? 情報屋の方からは、4人組だったという話は入ってない。君たち二人が手配されただけ……まあ、君たちだけには意図があるだろうな。そもそも、帝国はすでに統率を失ってる。しばらく放置していれば何とかなる可能性も高い」
俺らにははっきりと知らせないが、ちゃんと情報は持っているらしい。
4人だったというのは、施設から逃げ出して半日くらい。そこを知っているということは、施設内にいた可能性が高いのか。
「俺は他の魔導士達に比べても、そこまで低い数値ではない。前衛と一緒にするから低いだけで、大げさだと思ったんだがなぁ」
「君は他人や魔物の数値が見えるからそう考えるかもしれないが、俺らはわからないことだと自覚してくれ。魔導士がボス戦で一撃死は、あり得ない話ではない。タンクが機能しなかったら、それで終わり。何が起きるかはわからないからな」
「……タンクね」
「あと、クレインは必要なければ放置すると思うぞ。君が上等なコートを身に着けているだけで、目立ちはするが、おいそれと手出しはしにくくなる。奴隷に一級品を与えてるなど、何かあると躊躇する。牽制にはなる。ついでに、君も攻撃を受けても多少は持ちこたえられる」
「……ダンジョンより普段の町のが危険ねぇ。困ったもんだ」
「あの子の行動はたまに突拍子がないから腹立たしくなるかもしれんが、君が大事だからそこまでしてくれてると思っておけ。同じく狙われているティガにはノータッチだぞ」
確かに。俺と同じように手配されているティガには、何もしていなかった。
ティガは問題がないということか? 逃げ足は俺の方が早いと思うんだがな。
「それはそれで、どうなんだろうな?」
「まあ、足並みを乱すようなら、俺は放逐する判断を下す。君が付いていくというなら、君ごと諦める」
「どうにかならんかね?」
「俺らは貴族の配下になって、保護を受けてる身だからな。それが気に入らない奴を置いても不和しか起きない。人を信用できない奴だとはわかっているが、俺らが納得して下に入っているのを非難されても困るんでな」
方針を決めたり、指示をするのはクレインとグラノス。
人数が増えたから、改めて役割を決めるとしても、ここは揺るがないだろう。特に、クレインの危険察知能力を信頼しているからこそ、理屈ではない動きをしても受け入れることが前提になっている。
「理知的で判断力もあるんだがな」
「他でなら、いい参謀になると思うぜ? ただ、合わない。それだけだ……ティガの思想は帝国の奴らに近いんだろう。……この世界の人間に指図されたくない、それならここでやっていけない。それだけだろう?」
「どうしてもだめな時、追い出すのはティガだけにしてくれるかい?」
元からあいつの借金は俺が肩代わりするつもりだった。
まったく意識がなかったあいつには、どう説明したところで、命を救われたという意識が少ない。
同じ世界から来た仲間なら助けて当然、とまではいかないが……奴隷についても納得していないところがあるからな。
「クレインのことは嫌いかい?」
「たまに、無性に腹立つことはある。だが、恩人だ。感謝しているさ」
「素直じゃないな。女嫌いが唯一側にいれる女子だろうに」
「婆様ならいくらでもエスコートするんだがな」
「そういえば、お師匠さんも平気だったか。大家さんは?」
「できれば関わりたくないな。ギルドの受付嬢も」
「なら、この納品は俺が行こう。まずは、大量に作成するか。300個は君の報酬だが、それ以上の分は折半な?」
シロップを大量生産しつつ、今後について考える。
俺が見張っておくのが一番いいんだろうな……ティガのことを。




