43話 苦悩
カイルは多忙な日々を過ごしていた。
人々がカイルを歓迎し、感謝するが······
43話 苦悩
王都に向かう途中、ハスランに乗って走っていると、カイルに気付いた人達が次々に手を振って来る。
カイザーは白大鷲の姿で空を飛んでいるのだが、黒い狼と青毛に白い鬣の馬は珍しいので、遠目でもわかるようだ。
王都内には、カイザーとアルナスだけを連れて入った。
中に入ると人々が集まってきて口々に感謝の言葉を述べにきてくれる。
白いライオンなどハスランしかいない。 多くのユニオンビーストの中にいても、一目で気付くようだ。
ガントの店に寄ったが[しばらく休みます]という張り紙が張ってあり、隣人に聞くと、鉄網造りの責任者をしていて作業場に泊まり込んでいるという事だった。
いつもの宿屋に顔を出し、今夜泊まるからと一言伝えてから城へ向かった。
クレモリス国王のハンスは各国に使者を送り、ユニオンビーストの良い噂を流す事に尽力してくれた。
「この度は本当にありがとうございました」
「いやいや、カイル殿はこの国で育った御方。 我が国が協力するのは当たり前のことです。 ハハハハハ」
何だか調子いい。
「ところで一カ月後に迫りましたが、大丈夫でしょうな」
「各国とユニオンビーストの連携が上手くいけば、必ず成功すると思っています」
「カイル殿には期待しているよ。 私に出来ることがあれば、何でも言ってくれたまえ。 ハハハハハ」
やっぱり調子いい。
夕食を一緒にと言うのを辞して、宿屋に向かった。
宿屋に行くと店の前まで人で溢れ返っている。
カイルを見つけた民衆から、大歓声が巻き起こった。
熱烈な歓迎を潜り抜けて二階に上がると、トマスとトゥガルド、そしてガントとアルタニアの代表者たちが待っていた。
当然ここでも大歓声に包まれた。
カイルが手を上げると、部屋の中はしんと静まり返った。
「みなさん、まだアルタニアを取り戻した訳ではありません。 これからです。 これからが大切な時です」
「カイル様なら必ずやり遂げてくださいます!」
「そうです! もうアルタニアを取り戻したも同然です!」
「何も心配など致しておりません。 すべてうまくいきますとも」
「「そうだ! わあぁぁっ!!」」
カイルは早々に部屋に入った。
下ではまだ騒いでいる声が聞こえる。
カイルはベッドに腰かけ「ふう~っ」と、溜息をついた。
カイザーとアルナスが心配そうに見つめる。
そこへノックがあったのでドアを開けると、トマスとトゥガルドがいた。
「カイル。 他の国はどうだ?」
「順調です。 ユニオンと人とも良い関係が築けていますし、計画の方も着々と準備が進められています。 この国はどうですか?」
「もちろん順調だよ。 ハンス王がやたらと張り切っていて、色々便宜を図ってくれるので助かっている。
ハンス王は「カイルは私が育てた」と、いつも周りに自慢しているよ」
カイルは肩をすぼめて見せた。
やっぱりお調子者だ。
「そういえば、熊公はトマスさんと契約できたみたいでよかったな」
トゥガルドはトマスの顔を見てから『感謝している』と、少し照れながら答えた。
その後、ガントとトマスと夕食を食べながら、鉄網の事やお互いの今までの事などを夜遅くまで話した。
◇◇◇◇
翌日からも鉄網造りの作業所を見に行き、兵士やユニオン達と打ち合わせをして忙しく国内を駆け回り、ようやく三日後にトムの家に行くことが出来た。
「トムさん! 手伝います!」
カイルは腕まくりをして畑に入った。
久しぶりに他愛もない話をし、昔のカイルに戻っていた。
ここにいれば何も考えなくてよかった。
働いて、食べて、眠って、また働いて······
気付けば十日も過ぎていた。
夜、カイルはベッドに腰かけて外を見ている。
「いつもなら明日は、トマスさんの所に荷を届けるはずの日なんだよな·)····」
窓から見える美しい白大鷲の姿のカイザーと、その横にいる白鷺の姿のハスランと、小さな隼の姿のハリスを見つめた。
アルナスが少し遠慮気味に口を開いた。
『カイル······いつまでここにいる気だ』
「·········」
『皆が待っている。 そろそろ戻らなければ』
「······分かっている······分かっている······」
カイルはまだ十八歳の若者だ。 知らないうちに重い「責任」という重圧に押しつぶされそうになっていたのだ。
そんなカイルの気持ちにアルナス達は気付いていた。
『カイル。 この戦いはお前一人で戦っているのではない』
「·········」
『そして、お前一人の為に戦うのでもない。 お前は皆に道標を示しただけにしか過ぎない』
「·········」
『皆はお前に勝利してもらおうというのではなく、感謝しているだけなのだ。
何に対して責任を負っているいるつもりになっているのかは知らないが、それは違うぞ』
アルナスはカイルの顔を覗き込む。
『皆はお前の顔を見るだけで元気がもらえる······皆が頑張れるのだ。
······ただそれだけだ。 お前に責任があるとすれば、それは皆にお前の姿を見せて元気を与える事ではないのか?』
「·········」
『戻ろう。 カイル』
「······そうだ······私は逃げていた。 逃げていることは分かっていた······」
カイルは外にいるハスランたちから視線を外し、鍬や剣でマメが硬く持り上がっている手のひらを見つめた。
「そうだ······私一人で戦っているつもりでいた。 そんな事は、あるはずなかったのに······」
カイルは開いた手をグッと握りしめた。
「私は怖かった······何が? 何を怖がっていたのだろう。 私の姿を見るだけで皆が頑張れるなら······そうだ、私は私の出来る事をすればいいんだ」
カイルは顔を上げた。
「ありがとう、アルナス。 うん! 戻ろう!」
『『ぷはぁ~~~』』
ナルナラとイザクが大きく息を吐いた。
『ここ数日、息ができなかったわ』
『私もです』
『カイルが元に戻って本当によかったわ』
「いたの?」
『ずっといたわよ!!』
「気が付かなかった。 それ程余裕が無かったのだな。 すまない」
その時窓がガタガタなった。 見るとカイザーとハスラン、イザクが窓に張り付いている。
慌てて窓を開けると、ハスランとハリスが鳥の姿のままカイルに飛びついた。
「二人とも、ごめん」
そしてライオンの姿に転身したカイザーが、ザラザラの大きな舌でカイルを舐めた。
「ハハハ、痛いよカイザー」
『お前を誇りに思うぞ。 克服できたのだな』
「アルナスのお陰だよ」
アルナスは尻尾が千切れるほど振っている。
『アルナスの助言があったにしても、カイルの心が受け入れなければ戻って来る事は出来なかっただろう。 もう大丈夫だ。 良かった』
「みんな、本当にごめん。そしてありがとう」
◇◇◇◇
翌朝、カイルは戻る事をトムに告げた。
「それがいい。 多くの人がカイルを待っている。 何かが吹っ切れたみたいだな。
私達はいつでもカイルの味方だから、それだけは忘れないでくれよ」
「はいっ!」
カイルは再会を約束して、トムの農場を後にした。
持つべきものはユニオンビーストですね。
( ̄ー ̄)b




