32話 目覚めのナイフ
宿泊先が決まり、落ち着いたので、カイルはアルナスに乗ってディアボロの所へ飛んだ。
32話 目覚めのナイフ
日が傾きかけた頃、泊まらせてくれるという家に着いた。
離れを提供してくれたのだが、事前に話しておいたので、ケガ人のウォルターの為にベッドを貸してくれた。
ウォルターをベッドに寝かせ、家主に頼んでアネスとハスランを離れの前の庭に置く事を許してもらった。
アネスがどうしてもウォルターから離れたくないと言い出して聞かないからだ。
「カイル様、ここには長期間お世話になりますので、明日からこの家の仕事を手伝う事になっています」
この世界には、どこの国にも属さない集落が点在している。
旅人はそこで納屋や離れを借り、僅かなお金や労働力を宿代とするのが普通だった。
「わかりました。 但し2~3日私に時間をください。 今からディアボロの所へ行き、ルーアンを目覚めさせてから馬達を連れて来ます」
夜遅くなってからカイルはハスランに乗り、アルナス、カイザーと共に村はずれの森の中まで来た。
カイザーとハスランは、この近くのユニオンの森を廻って話をつけてくると飛んでいき、カイルも転身したアルナスに乗ってディアボロの所へ向かった。
◇◇◇◇
夜通し飛び続け、明るくなりかけた頃に到着した。
草を食む二頭の馬の近くに降り立つと、アルナスの気配を察したディアボロ達がやってきた。
『来たか。 こっちだ』
ディアボロは案内しながらアルナスに小声で聞いてきた。
『ケガをしたウォルターとは、髭か? それとももう一人の奴か?』
『髭の方だが?』
『そうか······髭か。 そうか』
『?』
なぜだか嬉しそうに、いつまでも『髭か』と繰り返している。
······こいつ、ウォルターに恨みでもあるのか?······
ディアボロは大きな洞窟に二人を案内した。
かなりの大きさのある洞窟で、奥の方には松明が焚かれていて明るい。
イザクみたいなユニオンが他にもいるのかと、カイルは呑気な事を考えていた。
最奥の少し高くなった所に白いユニオンビーストが横たわっている。
垂れ耳の白い犬の頭と、僅かに斑点が見える毛足の長い雪豹の体に白鳥の翼が生えている真っ白な三つ目のユニオンビーストだ。
真っ白といえばカイザーだが、カイザーの転身した姿は雄々しく気高い。 それに比べてルーアンは優しい美しさだった。
カイルがナイフを抜いて近付いてきた。
ディアボロは気が気ではない。 ナイフを刺して目覚めるなんて、ありえないだろう。
ルーアンに何かあれば只では置かない! しかしアルナスが嘘を言うはずもない。
『本当に大丈夫なのか?』
『心配するな。 見ていろ』
カイルがこちらをちらりと見てからルーアンの腰にナイフを刺した。
アルナスの言う通り、傷はなかった。
ジッと見つめているとルーアンがゆっくりと目を開けた。
ピンク色の美しい瞳をしている。
周りのユニオンから、歓声があがった。
『あら? みんなどうしたの?······あっ······人間!』
アルナスがルーアンとカイルの間に割って入ってきた。
『ルーアン、大丈夫か?』
『アルナス様?······ここは?』
周りのユニオン達がルーアンの元に集まり、我先に今までの経緯を話していた。
『ディアボロ、俺達は戻るが前に言ったように、もしもの時には頼む』
『仕方がない。 協力しよう』
カイルが荷造りを終えて馬に跨がった時、長くフワフワなユキヒョウの尾を優雅に振りながら、ルーアンが寄ってきた。
『あのぅ······アルナス様······』
『どうした?』
『ご一緒したいのです』
『我々と一緒に来るのか?』
『······ダメでしょうか?』
『·········』
アルナスは困ったような顔をしている。
「いいじゃないかアルナス。 ルーアン、行こう」
『はい!』
えっ?というアルナスを他所に、綺麗なピンクの瞳を輝かせて喜んでいた。
それではと別れを告げて歩き出すと、なぜかディアボロが後ろから付いて来ている。
『ディアボロ? 何か用か?』
『俺も行く』
『えっ? お前も?』
『奴らの所に戻るのだろう?』
『そうだが?』
『お前達だけでは頼りない。 俺が一緒に行ってやる』
『別に危険な旅ではないから大丈夫だ』
『一人がケガをしただろう?』
『それは······』
「アルナス、いいじゃないか。 多い方が楽しいし」
『お前の飼い主がそう言ってるぞ』
ディアボロはフフン!と、顔を上げる。
『勝手にしろ! だが、この森はいいのか?』
『バークスに頼んだ』
それを聞いたルーアンがディアボロの横に来て、ピンクの目を輝かせている。
『ディアボロ様も来るのですか? 嬉しい! カイルさん、ディアボロ様はね、顔はこんなに怖いし怒りっぽいし文句ばかり言いますけども、本当はとっても優しいのよ。
そうだ、眠っている間に何度もディアボロ様の夢を見た気がするの。 少し寂しそうだけど、優しい声でいつも私を呼んでくれていたわ。 あれって、本当に夢かしら?
もしかして、ディアボロ様は、私に声をかけてくれていました?』
『うるさい! 少し黙れ!』
『フフフ、照れちゃって。 やっぱりそうだったのね、嬉しい!』
『相変わらずだな、お前達は』
アルナスは苦笑した。
タルラの森にいた時も、ディアボロはよく喋るルーアンに形無しだった。
◇◇◇◇
その日の夜、焚き火の脇でカイルはアルナスにもたれ掛かって横になっていた。
「アルナス、ルーアンは本当によく喋るな。 ナルナラも負けそうだ」
あの後もルーアンはずっとディアボロに話しかけ『うるさい』とか『黙れ』と言われながら、楽しそうに喋っていた。
『ナルナラとルーアンが会ったら大変だぞ。 彼女らは何をそんなに話す事が有るのかと思うほどずっと喋っているぞ。 今から少しうんざりだ』
「楽しくていいじゃないか」
『ルーアン達の話のネタにされて困っているディアボロを見てるだけでも笑えるがな』
「そうだ!」
カイルは何かを思い出して、体を起こした。
「ナイフを取りに行った帰りに助けに来てくれた時、やけに早かったな。 呼んだ途端に出てきたから驚いた」
『前日にも襲われただろう?』
「分かるのか?」
『当たり前だ。 その時も行こうとしたがカイザーに止められた。 お前の心にまだ余裕があるから大丈夫だと。
しかし、あの時は違った。 気づけば三頭とも飛び出していた。
もっと早く呼べ。 危うく行き過ぎる所だったぞ』
「そう言えば、まだ礼を言ってなかった」
『礼などいらん』
「言わせてくれ。 ありがとう」
『······おうっ······もう寝ろ』
「お休み」
アルナスはそっぽを向いたが、尻尾はパタパタ振られ、嬉しそうな顔をして、目を閉じた。
真っ赤な瞳の怖い顔のディアボロだけど、ルーアンには甘くて優しいのね。
(⌒‐⌒)




