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神様がいないこの世界で、私はあなたを愛し続ける  作者: 西九条沙羅


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6/9


アマルが16歳となった年、その年は父親である子爵に皇都に連れて行って欲しいとお願いしなかった。


何故なら、愛するバイラムの卒業式は夏の始まりにあるからだ。


その為卒業式にパートナーとして出席するアマルは、半年をかけて作ったドレスを持って一人皇都に向かった。

国民のほとんどが黒色もしくは茶色の瞳や髪色をしているこのカヤ帝国では、相手の色に合わせた衣装を作る事はない。しかし、西の帝国では存在するこの流行りを、アマルは取り入れたかった。

その為、帝国一の商団であるアルドゥチの商団長が、孫の婚約者の為に大陸全土からブラックダイヤを取り寄せて、ユルディス子爵が半年かけて作り上げた最高級のクリーム色のドレスに、豪華に縫い付けていった。地味になりやすいクリーム色のドレスだが、レースと細かいダイヤモンドの欠片を縫い付けられた事によって、シックでありながらも華やかなドレスへと仕上がった。

バイラムの卒業パーティーは、アマルのデビュタントでもあり、最初で最後のダンスパーティーでもあるのだ。

家族全員が、二人の思い出を完璧なものにする為に、心血を注いだ。




*****



皇都に着いたアマルは、まず皇后に挨拶をする為に皇后宮を訪れた。

そこで現在の薬草室の様子を見て、お互いの最新情報を共有し合う。

それからはお互いの家族の話になる。基本アマルの話は、アルタンがいかに可愛いかという話と、バイラムがいかに格好いいかしか話さない。というか、それしか話題がない。


皇后は、ウムトが今年首席で卒業するプチ自慢をした後に、エミンがウムトの剣となる為に、騎士学校に入学したと話した。

エミンの心の傷は少しずつ良くなっていくと同時に、ずっと部屋に閉じ込められ勉強させられていた彼の体は、自由を手にした喜びを表すかのように、日に日に成長し、日に焼け、逞しくなっていったのだ。そして以外にも運動能力が高い事が分かり剣を教えると、めきめきと上達したのだという。



「エミン殿下はもう大丈夫ですね」


アマルがそう言うと、皇后も優しく頷いた。


「アマルの調合した薬草にどういった効果があるのかは、浅い知識しかない私には理解しきれない部分もある。しかし人体に毒で無い事は分かっているわ」


そう言った上で皇后は続けた。


「ただ魔力を乱すだけの効能であったにも関わらず、側妃はその後、驚くほど穏やかになったわ。まるで人が変わったかのように」


アマルの表情から何かを読み取るかの様に、皇后はじっとアマルを見つめた。

だけどアマルの瞳にあるのは、ただの凪。そこには何の感情の揺れもなかった。


そこにある何かを読み取ろうとすることを諦め、皇后は自分の手元にあるティーカップを見つめた。


「おかげでエミンは母親と穏やかに話せるようになったわ」


一陣の風が吹く。アマルと皇后は流される自分の髪を押さえた。遠くで侍女の一人が小さな悲鳴を上げた。何かが飛ばされてしまったようだ。

アマルと皇后は、表情の無いままにその方向にちらっと目をやり、そしてまた見つめ合った。



「さようですか。何か副作用があったのかもしれませんね。一度調べてみましょうか?」


アマルの穏やかな笑みは、16歳のものでは無かった。



「いえ、いいわ。害が無い事はわかっているもの。それに、エミンにとっては今の方が良いでしょう」


皇后はそう言って、一口紅茶を飲んだ。







皇后とのお茶会を終えたアマルが馬車止めに向って歩いていると、庭園に向って設置されている椅子に一人の男性が前かがみで座っていた。アマルにとって初めて見る男性であるが、その表情を見て放っておくことが出来ず、アマルは彼に声をかけた。


「もし。体調が悪いのですか? 顔色が悪いですよ?」


アマルが男性の前で跪き、下から覗き込むように窺い見ると、男性は驚いた様に顔を上げた。


「あ。 ユルディズ嬢。立ち上がってください」


立ち上がって、膝を付いたアマルにも立ち上がるように手を差し出したのは、茶色い髪に空色の瞳をした、子爵より幾分年上の紳士であった。


「ご丁寧にありがとう。私はコライ・シャンルウルファだ」

「宰相様でしたか。私は・・・、私の名前をご存知だったのですね」

「もちろん。あなたは薬草士としてこの皇城ではとても有名ですからね」


笑顔でそう言った宰相は、アマルに座るように誘導し、自分も隣に腰を掛けた。


「お悩みですか?」


アマルの問いかけに宰相はすぐに答えない。だが、何度も口を開けたり閉じたりした。何かを逡巡する表情。


「ユルディズ嬢は神を信じますか?」


きっと聞きたい事、頼みたい事は別なのであろう。アマルはそう気づいていたが、彼の質問に答える。目の前にある全ての希望に、がむしゃらに手を伸ばせばいいのに。


この人は何故逡巡するのか―――。


「信じません」


アマルの、余りにもはっきりとした否定に宰相は驚いた。


頼み事を、したい。


だけど、最後の綱だと思われるこの少女が、解決できなければ、その先には絶望が待っている。


そんな恐怖から、回答を先延ばしにしているだけ。


「私は、信じる。神がいなければ、この世界は———・・・」


「その神は、宰相様に何をして下さいますか? 試練を与え、その後神は何をしてくれましたか?」

「君に、会えた。今日、ここで・・・」

「いいえ。それは宰相様が望んだからです。あなたであれば、皇后陛下と私が今日お茶をすることも、私がその後にここを通る事も知っていたはずです」


その通りである。宰相は知っていた。アマルが皇后宮からの帰りにここを通る事を、今日の午後に皇后とお茶をする事を。


「だから、これは必然です。神の思し召しでもありません。あなたが掴んだチャンスです」


たった16年生きただけの少女の瞳に希望の光を見出した宰相は、涙で潤む目を誤魔化すかのように体を丸めて下を向いた。


「息子が・・・、たった一人の掛け替えのない息子が、もう起き上がる事が出来ないのです」


まるで神に祈るかのように言葉を吐き出す宰相の背中に、アマルは優しく手を置いた。




宰相は、夫人との間に1人息子がいた。遅くに生まれた息子タネルを深く愛しながらも、侯爵であり当時宰相補佐であった彼は、高位貴族の嫡男に相応しくあるよう息子を厳しく躾けた。

その教育はあまりにも厳しく、息子との間に亀裂が入る事もあったが、そんな二人の緩衝材になったのが、彼の妻であった。

伯爵家の一人娘で兄達に可愛がられていた彼女は、とても穏やかな空気を纏った女性であった。

彼女が、宰相の心の奥を息子に伝え、親の気持ちを伝え続けた事によって、宰相とタネルは向き合う事が出来た。


それからは、宰相となった父親を支える為に、タネルは学園を首席で卒業する優等生となった。

残念ながらタネルは奥手であった。彼の条件の良さに多くの女性が群がったが、婚約となるとなかなかの朴念仁ぶりに女性から忌避されるようになった。

ここで政略結婚で相手が決められたら良かったのに、侯爵家は安定した領地経営をしている事と、宰相が自分の仕事柄、1つの領地と深い関りを持つ事を良しとしなかった事から、政略結婚は結ばれなかった。



そんな朴念仁なタネルを虎視眈々と狙っていたのは、遠縁の子爵家の三女であった。

12歳も歳の離れた少女は、小さい時から遊んでくれていたタネルと結婚すると何度も親に宣言しており、そして朴念仁なタネルが他の女性とくっつかないように陰に隠れて邪魔をしていたのであった。


そんな彼女の努力が実を結び、彼女が18歳となった年、タネル30歳との結婚が決まった。


やっと肩の荷が下りたと宰相が喜んだのは、たった3年前の事である。


それからタネルとその妻、ナズは仲睦まじく過ごした。


ナズがまだ若い事から、宰相夫妻は特に子供について急かしたりすることは無かった。


しかし1年ほど新婚生活を満喫していた2人に、突如として悲劇が舞い込んだ。


最初はただの不調であった。

疲れが取れないと、タネルは朝起きるのが辛そうになった。しかしその後、疲れなどでは語れないほどに重くなった倦怠感。それが四六時中続き、しまいには筋肉が弱まってしまい、ベッドから置きかがれなくなってしまったのだ。


国中の医者に見せても理由は分からなかった。


清廉潔白な宰相が、皇家の為に存在する光の魔力を持つ魔法士に息子を見てもらいたいと、友でもある皇帝に頼んだが、特例を作る事を良しとはしないと却下された。

現在癒しの力がある光魔法の保持者はカヤ帝国でたった6人。

希少な力であるにも関わらず、働くことを良しとしない高位貴族の女子や嫡男がその力を持って生まれても、魔法士となる事はほとんどない。魔法士になりたいと本人が願っても許されない、悪しき習慣である。


アマルの母親と、現在20歳の伯爵家嫡男は、魔法士となる事なく貴族として生きている。


魔法士となった3人は、2人は低位貴族の次男三男で、1人も嫡男を持つ男爵家の長女であった。

光の魔法士となると、男爵家当主相当の位を与えられるため、爵位を貰えない子供達からすると、なりたい職業ではある。



皇帝から魔法士の派遣を断られた宰相は、伯爵家の嫡男に助けを求めたが、魔法士として教育を受けていない、ただ光の魔法を持つ少年の手では、タネルの病気を癒す事は出来なかったのだ。



頭を垂れて話す宰相の背中を優しくあやすように叩きながら、アマルはタネルの病気について考えた。


「思い当たる病気がございます」


アマルの静かな声に宰相が大きく反応する。


「病名は、ございません。

東の遠い国で見つかった病気で、以前に、婚約者の商団でかの国に滞在したことがある者が話していました」


当時の事を思い出すように、アマルは宰相から目を離し、遠くを見る目つきをした。

アマルがその話を聞いたのは、数えられない程昔の事。


「人間の体に必要な栄養を、食べ物によって摂取します。それを体内にある臓器が活性化させます。

しかしそれが時に出来ない病に掛かる者がいます。

ほとんどは生まれつきその病にかかるのですが、色々な要因で成長してからその様な病気にかかる者もいるそうです」



アマルはそう言いながら、クラッチバッグからスーパー薬草を取り出す。

16歳の誕生日にバイラムからもらったものだ。さすがにあのポシェットを使うのは止めなさいと、子爵がいくら言っても止めない為、バイラムが代わりとなる、おしゃれなクラッチバッグをアマルに贈ったのだ。しかしアマルはそのおしゃれなクラッチバッグもポシェットの様に斜め掛けにして使っている為、おしゃれ感は消えてしまっている。



「とりあえず、このスーパー薬草を飲ませてください。毎食必ず飲ませてください。

要因が正しければ、5日ほどで微かではございますが、されど目に見える程の改善はできるかと思います。

5日後に宰相様の邸に、ご子息の容体を見に訪問させていただきます」



アマルの言葉に、宰相は涙を流しながら、薬草を手にするアマルの手を握りながら何度も頭を下げた。


アマルが心の奥で、この見立てが正しい事を熱望しているなど、気付きもせずに。



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