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神様がいないこの世界で、私はあなたを愛し続ける  作者: 西九条沙羅


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直接的な表現はありませんが、子供が傷つけられた描写があります。

苦手な方は、ブラウザバックをお願い致します。


バイラムの雄姿(会場に入場して、話を聞いて、退場しただけ)を見届けたアマルは次の日、ほくほく顔で皇城にやって来た。恒例のスーパー薬草チェックである。

本日弟のアルタンは夫人とお茶会に参加している為、アマル一人である。魔力が無いアマルはお茶会に誘われないし、平民と結婚して貴族でなくなる予定なので、社交の必要は無い。

いつぞや胃に穴を開けられた侍女と騎士を連れて、ご機嫌で歩くアマル。


しかし皇后宮へ向かう途中で不審な少年を見つけた。

年の頃はアマルと同じか少し下ぐらい。黒い髪の少年がアマルに向ってお尻を向けて、草陰から皇后宮の庭園を除いている。完全なる不審者である。


しかしアマルにはその少年に思い当たる所があった。

気配を殺してそっと少年に近づき、彼の横に並ぶとアマルは、彼と同じ様に皇后宮を窺い見た。

そこには、ガゼボでお茶をする皇后がいた。



「行かないのですか?」

「・・・でえ!?」


何か返事をしかけて、隣に人がいたことに驚いた少年は、ぴょんっと1歩飛んでアマルから距離を取った。

その少年の瞳が夜空色だったことから、アマルは自分の推理に間違いは無かったと改めて理解した。

そしてカーテシーをする。


「偉大なる帝国の、第二の小さな獅子にご挨拶を申し上げます。ユルディズ子爵家の長女、アマルでございます」


完璧なカーテシーに驚いた第二皇子だったが、アマルの名前を聞いて態度を崩す。アマルが低位貴族であったことから、相手を(あなど)ったのだ。


アマルの完璧なカーテシーは高位貴族そのものだった為、第二皇子エミンは、アマルを公爵令嬢かと思ったのだ。皇帝からの寵愛の無い側妃の子。さらにその側妃の評判が悪いとなると、高位貴族の子女、特に皇家の血が流れる公爵家の子女に取って、エミンは敬う対象に含まれなかった。


それを肌身で感じていたエミンは、高位貴族の子供が苦手であった。


「皇后陛下とのお茶会ではなかったのですか?」


「違う」


そう言ってエミンは踵を返して歩み去ろうとしたが、先ほど飛び跳ねた事によって足に痛みが出て、最初の1歩を引きづってしまった。それをアマルが見過ごすはずが無い。


「あれ? 足をどうされたのですか? 怪我ですか? ちょっと見せてください」


ぐいぐいと来て、何なら自分のズボンを捲し上げそうなアマルに驚くエミン。侍女と騎士もアマルの相手が第二皇子である事から、お嬢様の行動の不敬さに気付いてまた胃に穴が開きそうになる。


3人があわあわしている間に、本当に第二皇子のズボンをぺろんと捲ってしまったアマルの行動で、侍女と騎士の胃に完全に穴が開いた。


そして現れたエミンの足を見て、アマルは息を呑む。


ふくらはぎも脛も、両方ともに鞭で打たれた様な跡があるのだ。先ほど1歩を踏みしめた左足にいたっては、昨日今日につけられた傷なのかまだ血が滲んでいる。


「これは大変です! すぐに手当てしましょう!」


そう言ってアマルはエミンの手を引っ張って皇后がいるガゼボに近づこうとする。しかしその手をエミンは叩き落とした。


「問題ない! こんなの大したことではない!」


そう言ってその場から去ろうとするが、痛みで顔をしかめる。

アマルは頑固なエミンにイラっと来て、ポシェットから必要なスーパー薬草を取り出すと、それをエミンの顔の前に突き付けた。


「皇后様の所に行かないのから、ここで私がこの薬草を口でかみ砕いて、それを殿下の足に塗布させて頂きますがよろしいですか?」

「え? 噛み・・・、え? そんな汚いの嫌だ」

「私の口が汚いとは、何ですか! って、そうではなくて。

それが嫌でしたら、皇后様の所で処置いたします。それでしたら、道具で薬草を混ぜれますから」


そう言ってアマルは固まってしまったエミンを騎士にお姫様抱っこさせ、「皇后様~!」と大声で叫びながら庭を突っ切って行った。




*****



皇后宮で処置を受けたエミンであったが、皇后は侍女から、エミンの体中に同じ傷があると報告を受けて怒りに目を真っ赤にした。



処置を終えたエミンは、皇后宮の侍女に先導され、皇后とアマルがお茶をしているテラスに連れていかれた。


「殿下、お茶会に来てくださってありがとうございます」



皇后はエミンに礼を言う。

アマルが第二皇子を注意深く見てやって欲しいと願ってから、皇后は毎日彼を皇后宮に招待していた。しかしエミンが一度も来ることは無かった。ただ皇后付きの騎士からは、彼がいつも約束の時間に、遠くから皇后宮を眺めていると報告を受けていたのだ。



「・・・ごめんなさい」


俯いて小さな声で謝るエミンに、皇后は自分の浅はかさを思い知り、そして改めてアマルの思いやりに気付かされるのだ。

14歳のエミンはアマルと同い年だ。そろそろ男の子であるエミンの方が大きくなる頃だろう。しかしエミンは、同年代の女子の中でも小柄なアマルと同じ背丈しかない。

日に焼けた事がないような白い肌に、痩せた体。


皇后は耐え切れずに席を立って、エミンを抱き締めた。


「謝る必要はありません。あなたは悪くないのです。何も悪くないのです」



そう言って頭を撫でると、エミンは声をあげずにただ涙を流し続けた。



エミンの母親である側妃は、承認欲求の強い女性であった。

そんな彼女にとって息子は、自分をさらなる高見に連れて行ってくれる道具でしかなかった。

ウムトが天才であると名を馳せるようになると、2歳年下にも係わらず、エミンにも同じことを欲求した。

ウムトが出来た事と同じ事が出来るまで繰り返される体罰。


誰も助けてくれない現実。



「エミン・・・。どうか私にあなたを救わせて欲しいの。

どうか、助けてと言って。

そうしたら、あなたを助けてあげられる」


皇后は涙を流しながらエミンに懇願した。

彼が皇太子でない以上、母親が存命である以上、皇后が彼の教育に関して口出しする事は出来無い。

母親から取り上げる事は出来無いのだ。


そしてエミンは、自分がそうする事によって母親がどんな目にあうか、理解していた。

何故ならばエミンは、母親が闇の魔法を使っていたことを知っていたからだ。誰に何をしていたのかまでは知らずとも、母親の手から禍々しい黒い魔法が、後宮へと飛んで行くのを何度も見ていたのだ。


愛されていない事に気付いていても、自分から母親の手を放す事は出来ない。


たった14年生きてきただけの少年にとってそれは、あまりにも恐ろしい事に思えた。



椅子から立ち上がってアマルもエミンの傍に行く。そして皇后とは反対側から彼の横に立ち、彼の手を取った。


「別に全てを話す必要はありません。ただあなたが、健やかに生きて行くために助けを乞えばいいのです」


俯いていたエミンがアマルを見上げる。


「少し母親と離れて、世界を見るだけです。それだけです。大した事じゃないですよ?」


アマルはそう言って笑った。





エミンが助けを求めた事によって、皇后は皇帝に願い出て、エミンを後宮で引き取る事となった。しかしエミンがそれ以上何も言わなかったので、側妃が罪に問われる事は無かった。ただ離宮から出る事は許されず、実質の軟禁である。


エミンは自分が後宮に来た事によって、皇后や第一皇子に何か恐ろしい事が起こるのでは無いかと、夜も眠れない日々が続いた。


それを侍女から聞いた皇后は、ただエミンに何も気にする必要は無い、大丈夫だと、ただそれだけを伝えた。




******




「この薬草をちょっとハーブティーに入れるだけで、魔力が乱れて上手く使えなくなるんです」

「味は変わらないの?」

「変わりませんよ? 変わっていないでしょ?」


アマルにそう言われて、ウムトは自分の手元のハーブティーに目をやった。


「おまっ! これに入ってるの? 皇太子に何て物飲ますんだよ!」


何とか吐き出そうとするウムトだがもう既に飲んでしまっている。手の平から魔力を放出すると、ちゃんと風が生まれた。


「毎日飲まなければ意味が無いので大丈夫です。1回だけじゃ大した効果はありません」


にこやかにアマルが伝えると、二人の話を聞いてたエミンがクスクスと笑い出した。


アマルが見つけたこの最新のスーパー薬草のおかげで、もう側妃が毒で誰かを害する事は出来なくなった。皇后が手配した料理人と侍女が、コーヒーや紅茶、食事にデザート、色々な物に混ぜている為、毎日毎回側妃の口に入っているからだ。

側妃が何かに気付いても、ありとあらゆる物に含まれている為、対象物を見つけ出す事は困難だろう。


結局エミンは、母親が闇の魔力を持っていることを誰にも言わなかった。


そして誰も、その事を責めなかった。


母親を売る行為など子供にさせる事では無い。それが母親の罪を暴くことであったとしても。




「ありがとう」


エミンは自然と、アマルに礼を言った。何の憂いも無い笑顔で。するとアマルは、



「だ、ダメです! 私を好きになられても困ります! 私にはバイラムがいるんですから!」


また始まったと眉間に手を添えて首を振るウムト。エミンは理解できずに呆然とする。


「いや、好きとか言ってないけど」


「感謝から始まる恋があるのです!」


そう言って手で大きくばつを作るアマルに、無駄に振られたエミンは顔を赤くして拒否する。


「お前、今アマルの事面白い女だと思った?」


ニヤニヤしながらウムトが言うと、アマルがもっと大きなばつを腕で作る。


「面白い女、それすなわち気になる女!

気になる女、それすなわち好きな女!」


アマルの発言に、エミンは眉間に皺を寄せて否定する。


「アマルの事を面白いって思った事ないよ? だって、アマルってバイラムの話しかしないじゃん」


エミンが冷静に返すと、「ごもっとも!」そう言ってウムトは楽しそうに笑いながらエミンの肩を抱いた。


エミンは気安く自分に接してくれる兄に、満面の笑顔を返したのだった。






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