③
会議を終えた子爵が外に出ると、会議室の前に胃に穴を開けた侍女が半泣きで待っていた。
彼女からの説明を聞いた子爵は飛び上がらんばかりに驚いて、走って娘の所に向おうとしたところ、皇城の騎士がやって来て、アマルが事情聴取を受けている事を聞き、泡を吹いて気絶しそうになった。実際には泡を吹いて気絶したいと思ったが、気絶できなかったのが現実である。
子爵家から付けていた、胃に穴が開いた騎士と合流し、アマルがいるという部屋に行った子爵の目の前で、アマルは何事も無かったかのように皇后と談笑していた。
「それでは、薬草に癒しの魔法をかけるとスーパー薬草になるのね? どうして皇城ではうまくいかなかったのかしら」
「それはたぶん、薬草に魔法をかけていたからだと思います。私も何度もお母様におねだりをして研究をしてみましたが、薬草に癒しの魔法をかけても、その薬草に癒しパワーが注入されるだけで終わるんです。
私が何度も頼みすぎてゲロッたお母様がブチ切れて、1つ1つにかけるのが面倒になって土に癒し魔法をかけたんです。
そうすると、そこで育った薬草はスーパー薬草になり、普通よりサイズも大きくなります。しかも種子や根で繁殖した薬草も、スーパー薬草になるんです」
「なるほど! 土にかけなければならなかったのね! ありがとうアマルちゃん!
皇家で繁殖させているスーパー薬草がどんどん減っていき、困っていたところだったの!」
事情が呑み込めない子爵が入り口で固まっていると、皇后が今回の成り行きを説明し出した。
自分の娘が第一皇子の暗殺を阻止したなどと、話が終わっても信じられなかった子爵は呆然としたままだった。
「皇位継承権の争いは、どこにでもあるわ。だから私達はいつだって毒に対してセンシティブだし、常にスーパー薬草を絶やさないようにしてきた」
皇后は悔しそうに顔を歪ませた。
数代前の皇后が光の魔力を持っており、その時にスーパー薬草が作られた。しかしそれが残りわずかになった為に、光の魔力を持つ皇后が当時の皇太子の婚約者に選ばれたのだ。
しかしいくら魔力を注ぎ込んでも、その薬草に癒しの力が入るだけで、スーパー薬草にはならない。
そしてスーパー薬草にならなければ、闇の魔力で生成された毒には太刀打ちできないのだ。数代前の皇后がどうやってスーパー薬草を作ったのか、口頭ですら伝えられていなかった為、現在の皇家では頭を抱えていたのだった。
「ほ、本当に闇の魔力が存在するのですか!?」
子爵の驚きに皇后は小さく微笑んだ。
「もちろんよ。数百年前まであった魔力が、急に無くなったりすることはないわ。もしも闇の魔力がなくなるのなら、光の魔力だって同じはずだわ。つまり光の魔力がある限り、闇の魔力もあるはず」
「皇后様は、誰が闇の魔力を持っているかご存知ですか?」
クッキーを両の頬で頬張りながらアマルが聞く。一気に張り詰めた空気が柔らかくなる。
「今までは持っている人間が側にいるとは思わなかったけど、今日で確信したわ。そして今回、私の息子が、ウムトが狙われたのならば、思い当たる人間は限られるわ」
「・・・そうですね。怪しきは一人ですが、目を曇らせない為にも、その周りも疑うのはわかります」
いきなり人生2周目どころか長老感を出して来たシリアスなアマルを見て、皇后は噴き出した。
「なんなの! アマルちゃん! もう! うちのお嫁に来ない?」
それには子爵だけでなくアマルもビックリである。
「ダメです! 私にはバイラムという将来を誓い合った恋人がいるんです!」
断固拒否するアマルに、残念がる皇后。皇后と絶対仲良しになると自信満々だった娘を見て目が点の子爵。
3人のお茶会はそうして幕を閉じた。
今回の褒美にと、アマルは翌日も皇城に向い、皇后直々に皇家の薬草園を案内してもらった。
そして今まで子爵領では手に入らなかった珍しい薬草をもらったアマルは、その他の薬草についても皇后にレクチャーした。
「たとえば疲労感が取れないだけだと、病気としてのサインを見過ごしがちです。侍医から栄養剤を貰って終わってしまうでしょう。
しかし闇魔法によって肝臓や腎臓、胃腸に毒を入れられていたら、気づかずにそのまま毒が回ってしまいます。その場合はこの薬草がいいです」
アマルは持っている知識の全てを皇后に与えた。
皇后はそんな博識なアマルを気に入り、ますます嫁にしたいと鼻息を荒くする。
そしてそんなアマルのレクチャーは、皇家に使える魔法士達にも伝授された。
人々が魔法を使わなくなったことから、魔法士の数はぐんぐんと減った。何故なら、魔力を持って生まれるのがほとんどが貴族の子女だったからだ。
働くことを良しとしない貴族家では、魔力量が多くても、魔法士にはさせない。
しかし低位貴族で家を継ぐことが出来ない者は、仕事をしなければならない。その為、ほとんどが騎士か文官、魔力が多ければ魔法士になる。
その中でも光魔法の持ち主は、侍医と共に皇家の人々の健康管理が仕事である為、癒しの力が使えると、その魔法士は男爵位相当の地位が与えられるのだ。
現在このカヤ帝国で光魔法を持っている魔法士は3人しかいない。彼らも薬草室の再編に組み込まれたのであった。
翌日には子爵家に帰るという日、アマルは皇后に呼ばれて皇城を訪れた。理由は、皇城のお菓子をお土産に持たせてあげたいという事だった。
先日、何とかポシェットに1枚のクッキーを忍ばせたアマルだったが、邸に帰ったら粉々になって薬草に降りかかったクッキーの残骸しか残らなかった。
(あのバターたっぷりのクッキーをお母様とアルタン、バイラムに食べさせてあげられるわ!)
応接室でワクワクドキドキと待っているアマルの前に現れたのは、第一皇子であった。
気を抜いていたアマルは大慌てでカーテシーをする。
「顔を上げてくれ。君は命の恩人なんだから」
皇后の一人息子で第一皇子であるウムトは、人懐こい笑顔でアマルに声を掛けた。
「母上から聞いている。皇城のお菓子を渡したいのだが、私がお礼を言いたいからと役目を変わっていただいたのだ」
皇后のお見合い大作戦かと邪推したアマルであったが、ウムトの毒気の無い笑顔を見て、まぁいいかと考えた。
自分がバイラムを愛していたなら問題のない事である。
そして、それには自信があったアマルであった。
「茶器には毒反応が無かったから、君が気付かなければ私は手遅れになるところであった。寝たきりか、死か」
本当に助かったと頭を下げる皇子に、母親に似て気さくな人柄だなと、アマルは思った。
「皇后様とお友達になりたかったので、その媒介として皇子殿下を観察していたタイミングでしたので、良かったです」
「へ?」
あっさりと利用しようとしていた事を本人に話してしまったアマルだったが、変な声を出して固まってしまったウムトを見て、誤魔化すようにニッコリと微笑んだ。
くすんだ金髪は皇后にそっくりだが、夜空色の瞳は皇帝とそっくりだ。その瞳をじっくり見て、アマルは合点がいった。
(夜空色は言い得て妙だわ。紺色と一言で言い表すには難しい色だもの)
黒とも紺とも言い表せないその瞳を見て、自分の瞳が茶色で、その他に言い表す必要性の無い事に気付いたアマル。
アマルがじっと自分を見つめていたからか、ウムトは母親が彼女を婚約者候補にしたがっている事を思い出した。
現在14歳で、皇太子として帝王学を学んでいる彼は、理想と現実を知っている。母親の様な女性が理想だが、彼女の頭脳は皇太子妃として有用だ。しかもアマルの、一度見聞きした事を覚えられるという才能は、彼女の魔力が無いというマイナスを、補ってもなおおつりが出そうである。
くりくりとした瞳と小さな鼻は、確かに美人の定義からは離れているが、愛らしくもある。大人になるとその愛らしさがどうなるか未知数ではあるが。
今度はウムトがジッと自分を見つめている事に気付いたアマル。
「だ! ダメです! 皇太子殿下!」
突然アマルがソファから立ち上がって、ポシェットの紐の部分をギュッと握り締めながら身を縮こませた。
「私には、バイラムという愛する人がいるんです!」
「は? え?」
「だから皇太子殿下の気持ちには答えられません!」
いきなり振られたウムトは驚いて、作法も忘れてソファの背に持たれかけて茫然としてしまったが、培った皇太子教育が身を奏し、彼は直ぐに立て直した。このままでは自分がアマルに懸想している事になってしまうからだ。
「何で俺が君を好きだという発想になるんだ!」
「だって今、私の事を面白い女だと思ったでしょう?」
思っていない。
そして、そう思ったとして、だからと言ってどうして好きだと思い込むのか。
ウムトは女子の考え方が理解できなかった。
「面白い女、それすなわち気になる女!
気になる女、それすなわち好きな女!」
いきなり天を指さしたアマル。
「それが恋愛小説のセオリーなので、ある!」
周りがポカンとしている間にアマルは、これ以上ここに居たら危険だわと言って、ぺこりとウムトに頭を下げると、そのまま帰ろうとした。
しかし扉の前まで来た後に、うっかりお土産を置いて帰ってしまう事に気付いて、皇城のメイドの前にあるワゴンに積まれたアマルへのお土産を、自分の侍女と騎士に持たせてそのまますたこら帰ってしまった。
それから数秒、いや数十秒後に我に返ったウムト。
「え? へ?」
周りをキョロキョロと見渡し、全てが終わっている事に気付く。
「な、何で俺が振られた事になっているんだ!」
真っ赤になってプルプルと震えたウムトに、常に側にいる侍従が笑いをこらえる。
「お前、許さんぞ!」
「ぷぷぷ・・・。殿下、今こそユルディズ嬢を面白い女と思ったでしょう?」
「だから?」
「恋に落ちました?」
「落ちてなーい!!!」
この話を聞いた皇后は、自分の息子が振られたのだと認識してしまい、毎年この日のデザートは、失恋記念日として少しだけ豪華なデザートが出るようになったそうだ。
それがウムトに無必要な恥辱を与えるとも知らずに。




