①
巨大なエウロパ大陸の北と南に、巨大な帝国が存在した時代。
南のカヤ帝国は、暖かな気候により農産物に恵まれ、さらに大陸の南端のために海で取れる魚介類によって、食料自給率が100%を超え、残りを輸出するほど豊かな国であった。
さらに戦国時代には魔力を持つ人間が多く存在した為、周辺諸国をその軍事力で支配し、巨大帝国を作り上げた。
戦国時代を終えて100年以上の時が過ぎた昨今。
魔力を持たない平民でも使える魔道具の普及により、魔力持ちの価値が戦国時代とは異なりつつあった。戦国時代には魔法士と言う職業が人気を博し、戦争で功績をあげる事で家紋の力を誇示していた。特に遠距離で発動させる事ができる、精神作用系や毒素系の魔法士を抱え持つ家紋は、陞爵さることもあった。
しかし現代の平和な時代では、働く事を卑しいと考える貴族的思考から魔法士になる者はほとんどいなかった。
その一方で、魔力の持つ者の多くが貴族であった事から、今でも一種のステータスとして重宝はされている。
そんなカヤ帝国の南方に小さな領地を持つユルディズ子爵家。
領地は小さかったが、小麦の生産が盛んで裕福であった。しかもその領地が裕福であったのは立地に恵まれていたからだ。
カヤ帝国の南の端、海に面した土地は王家の所有で、皇弟が代々治めている。そこで取れる魚介類を王都に運ぶのには、ユルディズ子爵家を通らなければいけないのだ。
つまりユルディズ子爵家は、皇都と皇弟の領地を結ぶ重要な中間地点であったのだ。
そんな子爵領は、道も全て整備されており常に商人が行きかう賑やかな中心地と、一面小麦畑の風光明媚な景色を併せ持つ、子爵にとって自慢の領地であった。
そんな子爵家に第一子である女の子が生まれた。
父親から早くに爵位を継がされた為、結婚したばかりの若干20歳で領主となった現子爵は、愛する妻との間に生まれた待望の娘に、希望と言う意味を持つ”アマル”と名付けた。
子爵も彼の妻も、貴族の平均よりも多くの魔力を持っていた。
しかし生まれた女の子は、一切の魔力を持っていなかった。
女子の相続が認められていない時代。アマルは嫁に出さなければいけない。
潤沢な資産を持つ子爵家の娘なら売り手市場だが、魔力を一切持っていない事が、彼女の大きな足枷になることは明らかである。
その為子爵は、アマルを貴族ではなく平民と結婚させる事も視野に入れた。
幸運な事に、子爵領には皇都一の商家であるアルドゥチ商団の支店があり、そこの支店長は学園時代の同級生で、そして商家の跡取りでもあった。しかもその同級生の第一子が男の子で、アマルと2歳しか年が離れていなかった。
魔力が無い事で、アマルが実家より力のない貴族家に嫁ぐことになるのなら、貴族ではなくとも、並の貴族よりも裕福な商家の後継者と結婚する方が、苦労は少ないだろうと子爵は考えたのだ。
まだ生まれて1年、気が早いと苦笑する妻を説き伏せて、お互いの子供をお見合いさせる事にした子爵。
父親に抱っこされたアマルが子爵家の応接室に連れてこられた。
そして同じ様に父親に抱っこされたバイラム・アルドゥチを見つけたとたん、アマルは両手両足をバタつかせて父親を急かす。
空中で犬かきをするアマルに驚いた二人が、自分達の子供を応接室のソファに並んで座らせると、アマルはバイラムに豪快に抱き着き、驚いたバイラムがソファにコロンと転がった。大きなソファから落ちる事は無かったが、驚いたバイラムが泣き叫ぶ中、アマルは短い手足をバイラムに巻き付けて離さなかった。
そしてアマルはバイラムのふくふくのほっぺにチウっと口づけた。
「は、初キッスが・・・」と涙に濡れる子爵をよそに、未だに泣き続けるバイラムのほっぺをチウチウし続けるアマル。
子爵を除く二家族は、その様子を見て目尻を下げた。
そうして、アマルとバイラムはとりあえず幼馴染として親交を深める事となった。
大事に大事に育てられたアマルは、変わった子供に成長した。
絵本には全く見向きをせず、植物図鑑や海洋生物の図鑑をよく読んでいた。
庭に出ても、花を愛でずに雑草を摘んでいた。
子爵はアマルの変わった趣味に物を申す事はなかった。愛する娘が好きな物に囲まれて幸せに生きる事が、彼の望みであったから。
しかしアマルが6歳になる頃には、子爵の考えに変化が生まれた。
妻との間に次子が出来ないのだ。
このままだとアマルが婿を取って、この子爵家を継がなければいけない。女子の継承が許されていない事から、アマルの夫が次の子爵となるのだ。
いくら帝国一の商家の後継者だとしても、平民が子爵となる事は許されない。
悩んだ子爵が執務室から庭園を望むと、そこにアマルとバイラムが居た。
相変わらず雑草を集めているアマルと、それをニコニコと眺めているバイラム。アマルとは対照的に、女の子が好きそうな花を摘んで花冠を作っているバイラムは、それが出来上がるとアマルの頭に被せてあげる。
そうするとふわっと笑顔を浮かべたアマルが、バイラムのほっぺにチウッとする。
それを窓越しに見た子爵は、「ぐぬぬぬぬ・・・」と拳を握り締める。子爵の計算によると、アマルが子爵のほっぺにキスをした回数は18回で、バイラムにしたのは24回である。しかし子爵が知らぬ所でキスをしている可能性を鑑みると、その数は増えるだろう。
子爵の完敗である。
くりくりの茶色の目と低い鼻と小さな口。茶色のふわふわの髪。アマルは愛らしい少女であったが、残念ながらこのカヤ帝国の美の定義からは完全に外れている。
カヤ帝国で美人とは、アーモンド形の目と高い鼻、そして大きな口の彫りの深い顔が美しいとされている。さらに体は凹凸のはっきりとしたグラマラスなボディが美のど真ん中である。
平均より低い背に痩せているアマルは、体付きも美の定義にかすりそうもない。
しかし父親からすれば、目に入れても痛くない程可愛い娘である。
始めはアルマの一方通行であったが、この頃には二人には小さな恋が芽生えており、相思相愛となっていたのだ。
子爵は妻と話し合い、医師に相談した。妊娠しやすい食べ物や、環境。妊娠しやすい周期を計算する。
そうして二人の努力の結果、アマルが8歳の時に第二子が生まれた。しかも跡継ぎである男児であった。子爵は大喜びし、日の出を表す”アルタン”と名付けた。
これでアマルは、愛する少年と愛する物に囲まれて生きて行く事ができ、愛する息子はこの美しい領地を受け継いでいける。
子爵は幸せを噛みしめた。
すくすくと変わった少女に成長したアマルは、6歳の頃に庭の一角を勝手にほじくり返し、集めていた雑草を植え始めた。そしてその一角に、『アマの庭』と書いた平たい木を刺した。
それが薬草だと家族が気付いたのは、半年ほど経ってからの事だった。
「おかぁさま、あの庭に癒しの魔法をかけて」
アマルのお願いに驚いた両親が理由を聞くと、アマルはさらに驚く発言をした。
「私の理論(持論とも言う)では、あそこの薬草に癒しの魔法をかけると、闇の魔力でかけられた体の毒物もやっつける事ができるスーパー薬草になるのです」
鼻息荒く短い手で1つ1つの薬草の説明をしながら、癒し魔法をかけられたスーパー薬草の説明をするアマル。
驚いた子爵は一生懸命にスーパー薬草の説明をするアマルを、彼女の体を持ちあげて自分の方に向かせる。娘の視線に合わせて跪いた子爵は、娘に優しく話しかける。
「闇魔力って何だい? そんな魔法は無いよ?」
「ありますよ。本に書いてありました」
「確かに昔はあったようだけど、今は無いよ」
「そりゃ、誰も言わないもん。自分が闇の魔法使いだって」
娘の言い分に子爵も、確かにと納得をする。
現代の魔力持ちが使う魔法に、種類はない。昔は魔法学が必須であったことから、各自が得意な魔法を知る事が出来た。
しかし現代では日常生活で使う事が無いため、誰も魔法の腕を磨く事が無い。その為、魔力さえあれば、誰もが自分の魔力量にあった水を出したり、炎を出したりすることが出来た。しかしそれだけで、それで攻撃をしたり防衛したりする程の技は無い。
しかし光魔法と闇魔法だけは別である。
この2つだけは魔力の種類が違う為、どれだけ魔力を持っていても、普通の魔力を持っている人間には使う事が出来ないのだ。
光魔力は主に癒しの魔法で、人の体を癒す事が出来る。
反対に闇魔力は主に毒の魔法で、人の体の中に毒を回らせたり、内臓に害を与えたりすることが出来る。
戦時中には遠くからでも敵大将を闇魔法で倒す事が出来た為重宝されたが、現代では持っている人間はいない。
「もしお母様が闇魔力を持ってたら、お父様、悪い事できないでしょ? 怖いもん」
娘の爆弾発言にたじろぐ子爵。
「と、父様はそもそも悪い事しないよ。母様を愛しているから」
「愛している事と、悪い事する事、何の関係があるの? アマルもお母様を愛しているけど、時々お菓子をつまみ食いしたり、悪い事をするよ?」
墓穴を掘った子爵である。
「ふーん」「へー」と横目で夫を見ていた子爵夫人だが、娘の言いたい事を理解して鳥肌がたった。
光魔法も、現在使えるのは夫人と皇妃、そして後は片手で数える程もいないほど稀有な魔力である。しかし現在も存在している事が分っている。
つまり対となる闇魔力を持っている人間が同じだけいても不思議ではない。だけど、人から気味悪がられる魔力を、わざわざ公表する人間はいないだろう。
夫人もアマルの庭の前に膝をつき、娘に視線を合わせる。
「でも闇魔力で体に害を与えられても、そのまま光魔力で癒せば治るわ。何故わざわざ薬草に癒しを与えるの?」
「闇魔力で作られた毒を飲まされたら、ダメージを与えられた臓器は癒しで直せるけど、毒物を外に出す事は出来ないでしょ? そうするとやっぱりその毒で体に影響が出てしまうと思うの。
だけどこのスーパー薬草で毒素を排出しながら、臓器も癒し魔法で同時に治したら、完治出来るはず!」
普段からスンとしたアマルは、達観した子供であった。
人生2週目の様な表情で図鑑を眺める姿をよく目にしていた夫妻は、驚きの持論を展開する娘を前に、お互い抱きしめ合った。
「「うちの子! 天才!!! 」」
そうして娘に感動した夫人は、アマルが満足するまで何回も『アマの庭』に癒しの魔力を使わされ、ゲロを吐くまで娘に酷使されたのであった。
本日は21時にもう1話更新します。




