表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/33

エピローグ:霊獣を追う人たち(蛟)

     〇


「ミヅチ、そろそろ昼飯にするか」

「そうですね」


 衛生局棄獣課の事務所で、僕とシラコさんはデスク仕事に追われていた。

 月狼事件の後処理にかなりの人員と時間を割いていたから、通常業務の方が滞り気味だったんだ。今日はそれを集中して片付けているところだった。

 僕とシラコさんは、昼食のために席を立つ。

 廊下を歩いて衛生局の食堂に向かう途中、シラコさんが呟いた。


「今ごろ、オグロとリュウちゃんは祝勝会かなぁ」

「ああ、そういえば、そんなこと言ってましたね。あの二人って、お付き合いしているんでしょうか」

「うわぁぁぁぁ、いやぁぁぁだぁぁぁぁ」


 シラコさんが本当に嫌な顔をしてる。「ああ、やだやだ」とか、「美女と野獣じゃねぇか」とか呟いた後、ふと食堂に向かっていた足を止めた。

 シラコさんは、何か暗い決意をした(というか、若干やけになってる?)顔でこちらを振り返ると、「ミヅチ……」と提案してきた。


「俺たちも負けてらんねぇ。今日は外で食おうぜ」

「いや、僕と食べたって、負けは負けのような――」

「うるせぇ!!! いいから外で美味いもん食うんだよ。そうじゃなきゃ、俺の腹の虫が治まらねぇ!!」

「はぁ、まぁ、それで気が済むのなら……」

「よし、んじゃ外行くぞ、すぐ行くぞ!」


 シラコさんの謎の勝負に付き合う形で局舎を出る。王立公園内を歩いて、ふと因縁深い場所に通り掛かった。


 自分一人では、立ち寄ることのなかった場所。


 そこにはキマイラの慰霊碑があった。


 シラコさんが不意に「しまった、財布を忘れてきた」と言い出して、僕が何か言うより先に「ちょっと待ってろ」と局舎に向かって走り出した。

 僕は唖然として彼の背中を見送る。

 そして、やれやれと振り返って、同時に息を呑んだ。

 僕と目が合った相手も同じように息を呑んでいた。


 キサラ・プリズムさんが、慰霊碑の前に立っていた。


 僕はしばらく馬鹿みたいに立ち尽くして、それから踵を返した。

 大切なものの死を悼みに来た人物に、不快な思いをさせるべきじゃない。そう思ったからだ。ここは彼女たちのための場所だ。


 それらを殺した僕には、不可侵の領域だ。


 けれど、歩き去ろうとする僕の袖を掴む手があった。

 僕は立ち止まって、振り返ろうとして、その途中で躊躇った。失った左目がずきりと痛む。眼帯のおかでげで、彼女がどんな顔をしているのかわからなかった。いや、わからずに済んだ。


 彼女がどんな顔をしているのか。


 確かめるのが、怖かったんだ。


「私が捕まえないと、いつもすぐにいなくなっちゃうんですね」


 キサラさんの声がする。

 なんて答えていいのかわからない。僕はもう、彼女に掛けられる言葉を持っていなかったから。彼女にはもう会わない。そう決意をして、僕はあの日、彼女に名前を告げたんだ。


 短い出会いの、短い幕を閉じたんだ。


 もう全部、終わったことだ。


 振り向かない僕に向かって、それでも、キサラさんは声をかけ続ける。


「私、あのときよりは少しだけ、いろんなことがわかるようになりました。だから今は、少しだけわかります、あなたが守ったものも、守ろうとしたものも。そのために切り捨てたものも、切り捨てようとしたものも、少しずつ」


 袖を掴む手が離された。

 逃げようと思えば、きっとできたはずだ。

 でも、僕はそこに立ち尽くしていた。 


「でもですよ、人のこと、勝手に切り捨てないでくれませんか?」


 僕はそこでようやく振り向いた。

 いや、僕はたぶん振り向かされたんだ。

 彼女の声に――人の心を動かす、呪文のような言葉に。


「もう、やっとこっちを向きましたか」


 キサラさんは、困った子どもを見るように――笑っていた。



〈了〉

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ