エピローグ:霊獣を追う人たち(蛟)
〇
「ミヅチ、そろそろ昼飯にするか」
「そうですね」
衛生局棄獣課の事務所で、僕とシラコさんはデスク仕事に追われていた。
月狼事件の後処理にかなりの人員と時間を割いていたから、通常業務の方が滞り気味だったんだ。今日はそれを集中して片付けているところだった。
僕とシラコさんは、昼食のために席を立つ。
廊下を歩いて衛生局の食堂に向かう途中、シラコさんが呟いた。
「今ごろ、オグロとリュウちゃんは祝勝会かなぁ」
「ああ、そういえば、そんなこと言ってましたね。あの二人って、お付き合いしているんでしょうか」
「うわぁぁぁぁ、いやぁぁぁだぁぁぁぁ」
シラコさんが本当に嫌な顔をしてる。「ああ、やだやだ」とか、「美女と野獣じゃねぇか」とか呟いた後、ふと食堂に向かっていた足を止めた。
シラコさんは、何か暗い決意をした(というか、若干やけになってる?)顔でこちらを振り返ると、「ミヅチ……」と提案してきた。
「俺たちも負けてらんねぇ。今日は外で食おうぜ」
「いや、僕と食べたって、負けは負けのような――」
「うるせぇ!!! いいから外で美味いもん食うんだよ。そうじゃなきゃ、俺の腹の虫が治まらねぇ!!」
「はぁ、まぁ、それで気が済むのなら……」
「よし、んじゃ外行くぞ、すぐ行くぞ!」
シラコさんの謎の勝負に付き合う形で局舎を出る。王立公園内を歩いて、ふと因縁深い場所に通り掛かった。
自分一人では、立ち寄ることのなかった場所。
そこには鵺の慰霊碑があった。
シラコさんが不意に「しまった、財布を忘れてきた」と言い出して、僕が何か言うより先に「ちょっと待ってろ」と局舎に向かって走り出した。
僕は唖然として彼の背中を見送る。
そして、やれやれと振り返って、同時に息を呑んだ。
僕と目が合った相手も同じように息を呑んでいた。
キサラ・プリズムさんが、慰霊碑の前に立っていた。
僕はしばらく馬鹿みたいに立ち尽くして、それから踵を返した。
大切なものの死を悼みに来た人物に、不快な思いをさせるべきじゃない。そう思ったからだ。ここは彼女たちのための場所だ。
それらを殺した僕には、不可侵の領域だ。
けれど、歩き去ろうとする僕の袖を掴む手があった。
僕は立ち止まって、振り返ろうとして、その途中で躊躇った。失った左目がずきりと痛む。眼帯のおかでげで、彼女がどんな顔をしているのかわからなかった。いや、わからずに済んだ。
彼女がどんな顔をしているのか。
確かめるのが、怖かったんだ。
「私が捕まえないと、いつもすぐにいなくなっちゃうんですね」
キサラさんの声がする。
なんて答えていいのかわからない。僕はもう、彼女に掛けられる言葉を持っていなかったから。彼女にはもう会わない。そう決意をして、僕はあの日、彼女に名前を告げたんだ。
短い出会いの、短い幕を閉じたんだ。
もう全部、終わったことだ。
振り向かない僕に向かって、それでも、キサラさんは声をかけ続ける。
「私、あのときよりは少しだけ、いろんなことがわかるようになりました。だから今は、少しだけわかります、あなたが守ったものも、守ろうとしたものも。そのために切り捨てたものも、切り捨てようとしたものも、少しずつ」
袖を掴む手が離された。
逃げようと思えば、きっとできたはずだ。
でも、僕はそこに立ち尽くしていた。
「でもですよ、人のこと、勝手に切り捨てないでくれませんか?」
僕はそこでようやく振り向いた。
いや、僕はたぶん振り向かされたんだ。
彼女の声に――人の心を動かす、呪文のような言葉に。
「もう、やっとこっちを向きましたか」
キサラさんは、困った子どもを見るように――笑っていた。
〈了〉




