第三話 課長
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「おうおう集まってるか集まってんな俺様の可愛い野郎ども&俺様の可愛いガールズちゃんたち良い子して待ってたかぁあん!!?」
棄獣課のドアを蹴り開けて、真っ黄色で小太りの中年男性が現れた。
悪趣味としか思えないドギツい黄色のスリーピース・スーツを着こなし、密度が寂しい頭髪を中分けにした、茶色の色眼鏡を愛用する、どこからどう見ても面白可笑しい変な人だ。
ゴルディック・ピュアゴールド。
遮蔽物でもない限り、どこにいてもやたらと目立つ奇抜なこの人物が、ぼくたち棄獣課の課長だった。
ゴルディックさんは室内をぐるっと見渡し、第一班から第三班までが全員揃っているのを確認すると、満足そうに笑って革張りの椅子に跳び乗った。陽気な笑みを浮かべたまま、意気揚々と仕切りはじめる。
「それにしてもミラクル大変なことに月狼なんて厄介なもんを引き当てちまったんだってなぁぁ確かありゃあ保護指定のワンちゃんじゃあなかったかええおいどうなんだよオグロちゃんよぉお!!?」
「仰る通りです、ミスター・ゴールド」
「そうだろうともそうだろうとは思ってたんだぜ俺様もわかっちゃいたさまったくもってなぁぁそれにしてもこいつはとびきり厄介な事態ってことだよなぁぁどう思うよシラコちゃんよぉお!!?」
「まぁ、一筋縄ではいかんでしょうね」
「言い得て妙だぜそう一筋縄じゃあいかねぇだろうなぁさぁぁてと前置きはこんくらいでいいんじゃねぇかなぁそれじゃあ集まってる情報をさっさと共有しちまって今後の動きをとっと決めちまうのが一番ってことだよなぁぁ。
よしよしウルフちゃんとセアカちゃんそれからミヅチちゃんが何か動いてたって聞いてた気がするけどその辺りどうなのよ!!?」
いつものゴルディック節だ。
ゴルディックさんは、あらゆる会話を加速させる人なのだ。
ぼくとセアカは、下水道に残っていた匂いと、ぼくの感じた激痛と幻影ついて報告した。続けて、ミヅチさんとシラコさんが、被害者の男性について確認の取れている限りのことを話した。最後にリュウさんとオグロさんが、霊獣医による月狼の診察結果と治療の経過について語った。
ゴルディックさんは、すべての話を聞き終えると満足そうに拍手した。
「みんなありがとうだ優秀な良い子ちゃんたちだぜまったく上司の俺様も鼻が高いったらないぜ」
と嬉しそうに言った。続けて、
「んじゃやることは簡単至極で明瞭歴々なわけじゃねぇか」
と手を打つ。怒濤の勢いで指示を飛ばした。
「まずシラコちゃんとミヅチちゃんはそのまま被害者の線からやってくれりゃあいい確かに下水道なんぞを彷徨いている金持ちなんざ怪しくて仕方がねぇ。
警察局からすでに協力要請は来てんだからどこまで協力するかはこっちの都合でぐいぐい押し込んじまえばいいぜどうせあっちは月狼捕まえたことで半分くらい終わったもんだと思ってんに違いねぇ良いとこ全部掻っ攫っちまいな」
「次にオグロちゃんとリュウちゃんだが月狼ってのは今はすべて保護区で厳重に管理されているはずのワンちゃんだったな。
それが街中をお散歩してるのがそもそもおかしいや近場の保護区を調べてみるといいかもしれねぇよなこいつは」
「最後にセアカちゃんとウルフちゃんだが保護した月狼が本当に悪い子ちゃんかどうか気になるところだわな可能な限り調べてみようじゃねぇか。
銃弾を受けているってのも気になる点だな被害者が撃ったのか第三者が撃ったのか何があったのか真偽不明のまま処分ってのは気分が悪いだろう。
最初はあれだな警察局に顔出してご遺体に付いている歯形の照合ができねぇか確認してみんのが良さそうだぜ」
「ちなみに俺様は法制局に行って保護霊獣関係の話をしてくっからしばらくここを留守にするぜ月狼が本当に悪い子ちゃんだったとしても処分の方法がいつも通りでいいのか微妙だった覚えがあるからよ確認しとくぜ。なんかありゃあオグロちゃんとシラコちゃんの指示に従いな。
俺からは以上だ質問あれば受け付けるぜ質問ねぇなら会議はここまでだ会議してたって何にも状況は変わらねぇしなそれじゃあ解散んッッッ!!!!」
これだけの内容を一息に言い切ると、ゴルディックさんは椅子から飛び降りた。普通は息が上がりそうなものだけれど、彼の場合はまるで呼吸が乱れない。
来たときと同じくらい意気揚々と、彼は棄獣課を後にした。
疾風のように現れて、怒濤の勢いでいなくなる。
これがぼくたちの課長、疾風怒濤のゴルディックさんだった。
〇
怒濤の打ち合わせの後、ぼくとセアカは言われた通りに警察局に向かった。
衛生局を出たときはすでに日が傾きかけていて、警察局に着いたときにはもう日射しが赤くなり始めていた。移動の間、セアカは「寒いよぅ」、「疲れたよぅ」と愚痴を溢し続けた。厚手の上着を羽織って、襟巻きまでしているのにそれでも寒いのだろうか。
ぼくとセアカは、斜陽で赤茶ける建物を見上げる。
スコットランドヤード。
今あるのは二代目で、五階まである新しいものだった。
寒さに急かされるように、警察局の正門を潜って中に入る。
ぼくが受付の男性に用向きを伝えると、今朝お世話になった警察官が別の階から降りて来た。「これはどうも、ウルフくん」とグリンウッドさんは手を上げる。
「今朝は世話になったね。身体はもう平気なのかい?」
「はい。今はまったく痛みません」
「それはよかった。あのときは驚かされたからね。それで今度は、衛生局の方がうちに何か用かい?」
「ええ、実は――――」
ぼくは、遺体に付いていた歯形を確認に来たこと、できれば匂いも嗅いでおきたいこと、そのために遺体安置所に案内して欲しいことを伝えた。すると、グリンウッドさんは「しまったなぁ」と言った。ぼくとセアカは、嫌な予感に顔を見合わせる。図らずも、二人同時に尋ねていた。
「何かあったんでしょうか?」
「何かありました?」
グリンウッドさんは、ボリボリと頭を掻いて答えた。
「問題の霊獣は見つかったし、遺族の確認も取れたから、受け渡しまで終わっちゃってるんだよね、あの遺体。だからさ、その、もうないんだよ、うちに」
「なっ――――!」
ぼくは思わず言葉を失った。
体力のないセアカが、「ほら無駄足じゃんかぁぁ~~」と零して、力なくその場にへたり込んだ。グリウッドさんが「なんだかごめんねぇ」と困り顔で笑っていた。
〇
無駄足に終わったせいか、セアカの体力と根気が底を突いた。彼女は今、警察局を出てすぐ近くの橋で、欄干にもたれてぐずっている。
「もうやだ……これ以上は無理でございます……」
「ございますって」
「どうしてそんなにみんな頑張るのよぉ……状況的に考えて、ほとんどあの狼で決定じゃない……多頭蛇とか、鵺とかは、容赦なくぶっ殺したのに……」
「それはでも、まだ、あの子がやったって決まったわけじゃないから、棄獣だって決まったわけじゃ、ないからで……」
僕の言葉は尻すぼみになる。
キサラの愚痴は、意外に正鵠を射ている。
多頭蛇や鵺は、存在するだけで駆逐の対象になった。危険で管理できないから。月狼だって、危険度でいえばそう変わらない。たまたま怪我をしていたから、保護できただけだ。もしもあのとき、月狼の状態が万全で、こちらに襲い掛かっていたら、僕は彼女を殺していただろう。殺人事件の真偽にかかわらず。
そして、彼女が保護指定の霊獣でなければ、保護期間の後で処分されるだけだったはずだ。こちらも殺人事件の真偽にかかわらず。
つまり、今の状況はいくつかの偶然が重なった、特別なケースだ。
「それでも、殺さなくていいかもしれないんだ……」
人間側の都合で、おめこぼしで、殺さなくていい理由ができた。
だから、生かされている。
つまり、同じなのだ――――この僕と。
「セアカは局舎に戻っていいよ。僕は遺族のところに行って、遺体を見せてもらえないか頼んでみる」
「なっ、ちょっと無理だっておいこらウルフッ!」
騒ぐセアカを残して、僕はグリンウッドさんに教えてもらっていた遺族の住所へと向かった。




