第十話 奴隷の思い - 過去の出来事 -
野営のテントの中で、疲れたエヴェリーナが眠りについたのを見て、私はテントを抜け出し、エルフのリザンヌを探した。
八年前からエヴェリーナのそばで、奴隷として仕えている彼女なら、エヴェリーナの身に起きたことを知っているはずだ。
八年前は深窓の令嬢だった彼女が、こんな獣じみた強さを持っている理由を知っているはずだった。
エルフのリザンヌは、女の身ということで、野営のテントを一人で独占して利用していた。そのことにマンセルやクランプは文句を言っていたが、リザンヌは文句を言われても「女の特権だ」と言って一人で使っていた。そのテントの入口で声をかけると、リザンヌは私をテントの中に入れてくれた。
「……エイヴは落ち着いた?」
「ああ、今は寝ている。疲れた様子だった」
「本当に無茶させるわよね。騎士達も突っ込めといつも言っているんだけど、エイヴの魔法に巻き込まれるから、行けないと言うのよ」
「……あんなことを昔からさせていたのか」
「そう。五年前に、この国中が魔獣で溢れていた時、エイヴをみんな突っ込ませまくったわ。あの子、全身強化できるでしょ? 魔力量も桁外れだし。五年前、最も勲功をあげたのは、エイヴだったわ。でも、叙勲も辞退して、金だけ受け取って引っ込んだ。それで、あの屋敷でみんなで暮らしていたのよ」
「……………アレは異常だ」
全身を魔獣の血で濡らし、まるで幽鬼のようにふらふらと戻ってきた。
実際、彼女の向かった先で、巨大な魔力反応を感じた。それこそ、爆発したかのような。
私が知るエヴェリーナは大人しい少女で、弟の後ろから私のことを頬を染めてひっそりと見つめている娘だった。
そんな恐ろしい魔獣の中に飛び込んでいける少女ではない。
リザンヌは私の顔をじっと見つめ、それから言った。
「彼女がエヴェリーナじゃないことを、貴方は気が付いている?」
「………エヴェリーナだろう」
私の問いかけに、リザンヌは腕を組んで唸っていた。
「うーん、確かにエヴェリーナの記憶があって、身体もエヴェリーナなんだけど、正確にはもう、エヴェリーナじゃないのよね。彼女は八年前に死んだから」
その言葉の意味がわからなかった。
「死んだ? だって彼女は生きているじゃないか。生きて、私達と一緒にいる」
生きて、私と一緒に触れ合い愛し合い、語り合っている。
その手は温かく、その胸の鼓動は確かなものだった。
「貴方、侯爵家のことをどこまで知っているの? 王太子だったんだから、あの侯爵家が王家の盾とか剣と言われていた理由も知っているわよね。双子が必ず生まれる理由とか」
「双子が必ず生まれることは知っている。だが、理由は知らない」
その言葉に、リザンヌは爪を噛んでブツブツと言い始めた。
「そうか。王位を継いだものにしか、その秘密は話されていなかったのかも知れない。でも、仮にも彼の婚約者に据えたのだから、教えておくべきだったと思うわ」
「……何を知っているんだ。教えてくれ」
「これだけエイヴが可愛がっているんだから、貴方には教えてもいいか」
一人でリザンヌは納得して、私に向きあうと静かに話し始めた。
それはどこかおぞましい話だった。
「王家の盾とか剣と呼ばれていた侯爵家では、必ず当主の嫡子に双子が生まれるの。昔々の魔法使いが、侯爵家の血統にそういう仕組みを作ったとも言われている。それで双子が生まれるようになった。エヴェリーナもリンデイルと一緒の双子で生まれたわ。侯爵家では双子は大切に育てられていた。それは何か大事が起きた時に、双子を重ねることができるから」
双子を重ねる?
その意味がわからず、私は彼女に問い返した。
「どういう意味だ。双子を重ねるって何を言っている」
「そのままの意味なんだけど。つまり、双子のうち先に死んだ一人の能力と記憶の全てをもう一方の生き残った双子が全て受け継ぐことができるの。八年前、エヴェリーナは双子の弟のリンデイルを死なせているでしょう。だから、八年前、エヴェリーナはリンデイルの能力も記憶も全て受け継いでいるの。だから普通の人間と違って、魔力も膨大だし、記憶も二人分あって……」
「そんな馬鹿な話があってたまるか!!」
私の記憶の中のエヴェリーナは気弱な少女だった。花園の中であどけなく笑う彼女の姿しか知らなかった。
「でも本当の話なのよ。八年前に、リンデイルは自害して、エヴェリーナが彼を受け継いだ。胸糞が悪いのは、バルドゥルはリンデイルが死ぬ前にエヴェリーナを自害させようとして詰め寄ったの。貴方様が先に死ねば侯爵家は救われると言ってね。アイツはよく、エイヴの前に顔を出せると思うわ。あいつのせいで、エヴェリーナは壊れちゃったのに」




