第二十九話:生首爆弾
※ゾンヲリさんがやらかしたので今回の話はグロに踏み込んでるかもしれません
吸血鬼ユーリカと守り人ユークは互いに困惑しながらも見つめ合っていた。集落のエルフ達やユーリカが引き連れて来た下級吸血鬼達も物陰に潜んでじっと成り行きを見守っていた。
風吹く音も草木が騒めく音さえも聞こえない。そんな静けさを先に破ったのはユークだった。
「姉さん。どうして吸血鬼の手先になんてなってしまったのですか……」
そんな弟からの非難を受けて吸血鬼ユーリカはほんの一時だけ伏し目がちになった。しかし、すぐにユーリカは紅い双眸と尖っている吸血牙を見せつけるように大げさでにこやかな笑顔を作って見せた。
「そうですね、吸血鬼になってしまえば分かりますよ」
「では、姉さん以外の他の守り人達は……」
「男性は皆死にましたよ。女性は私と同じように処女の者だけがグラーキス様の僕として生まれ変わり、身も心も血の一滴さえも残さず全て捧げる代わりにご寵愛を頂くことを許されたのですよ」
グラーキスという単語を口にした時、吸血鬼ユーリカはどこか恍惚とした熱っぽい表情を浮かべている。それを見て、身の毛のよだつような悍ましさをユークは感じ取った。
その言葉を発している時のユーリカは、もはや姉としての面影など消え失せてしまっていたのだから。
「姉さん、気を保って! しっかりするんだ!」
「ユーク、私は正気ですよ? ただ知ってしまっただけです。あのお方に愛して頂くことこそが何よりの幸福で、あのお方にご奉仕することこそが私達の使命であるのだと」
――私が知っている姉さんならばこんなことを言うわけがない。これがもしや、ネクリアさんが言っていた。吸血鬼にさせられてしまった者は"絶対服従"させられてしまうということなのか……?
強制的な精神支配、魅了状態に陥っている者には自身が正気を失っているという自覚が無い。そして、新しく植え付けられた価値観に基づいた会話が執り行われる。
「クッ、なら姉さんよりも先に"グラーキス"という吸血鬼を何とかしなくてはならないというのか?」
「ふふっ……ユーク。それは無理な話ですよ。あの御方には何人たりとも到底敵いはしません。事実、私を含めた守り人が何人束になったところで戦いにすらなりませんでした。それで、吸血鬼になる前の私にさえも一度も勝ったことの無い未熟で"愛しい"ユークには絶対に不可能です。だから悪い事は言いません。姉さんと一緒にミラカ様にお願いしてユークも吸血鬼になりましょう? ね?」
ユーリカは優しく諭すようにユークに語り掛けている。
「……姉さんは、まだ私の事を"家族"であると思ってくれているのですね?」
「ええ、そうですよ。大好きなユーク」
ユーリカの発したその言葉には確かに親愛の情があった。吸血鬼と成り果てても変わってはいない感情と記憶もあったのだ。
「……だったら断る! 姉さんはまだ戻れる。私が絶対に取り戻してみせる。そのために、私は此処に来たんだ!」
ここにきてユークは吠えた。
守り人の誰もが行きたがらないであろうアイゼネへ、ユークが嘆願してまで異動を申し出た理由。それは、行方不明となってもまだ生きているかもしれないというか細い希望に賭けて実の姉であるユーリカを捜索するためだった。
まだ姉は生きている。例え吸血鬼と成り果てても、まだ変わらず家族として愛してくれている。まだ希望は潰えていない。
ならばこそ、ユークに退く理由は無かったのだ。
「うぐっ、ぁっ、お願いです……ユーク。ここで出会ってはもう"逃がしてはあげられない"の。私はユークを殺したくはありません。だからどうか、姉さんにユークを殺させないで……。姉さんの言うことを聞いて……お願い……」
突如、苦しげに痛みに堪え始めた吸血鬼のユーリカの紅い双眸からは涙が流れていた。
「姉さん! どうしたんだ!?」
「はぁ……はぁ……あの御方は"男性と非処女の生贄"は求めていないの。だから、男性や非処女の生贄は捧げられても殺さないといけないの。でも、ミラカ様が作った血族を処分しろとまでは命令を受けていないから……。だから……ユークぅ……もう、我慢が……」
心臓のある左胸を抑え、息も絶え絶えに切らしながらが、懸命に何かの衝動にユーリカは抗い続けていた。それを見て、ユークは覚悟を決めたのだ。
「姉さん。苦しいのなら、抗わなくていい」
「ごめんなさい。ユーク!」
懺悔の言葉と友に吸血鬼ユーリカは命令を遂行する。
「男の生贄は要らん。殺せ」
というその一言に従うことでのみ、課せられた苦痛の戒めから解放されるのだから。
ユーリカは力強く踏み込むと、その次の瞬間には地べたに爆発を生じさせて一足に跳んでユークとの間合いを詰める。
その速度は、放たれた矢よりも速く、疾風そのものと言っても過言ではない。もはや常人には目測で捉えることすらも困難な、吸血鬼の出鱈目な身体能力がなせる所業だ。
しかし、ユークにはやけにゆっくりと見えていた。眼前に死が迫ってくるというのに、それ以上の速度で風を切り裂きながら迫ってくる"何か"も見えていたのだから。
「!?」
ユーリカもそれに気づいたからこそ、咄嗟に地面に足を付けて急制動し、間後ろに跳んで間合いをとろうとした。
次の瞬間、ユーリカの眼前に立ちはだかるようにして、身の丈程のある大剣が大地に突き刺さり、凄まじい衝撃と爆風を生じさせる。
――なっ!? もしも後ろに跳んでいなかったら……
その一瞬の判断が遅れていたら、破壊の中心に居たのはユーリカだった。熟練の守り人として培ってきた勘と、吸血鬼の動体視力があったからこそ辛うじて間に合った回避だ。
「跳んだな?」
その声が聞こえる頃には右足の膝裏の靭帯を切断するように銀の短刀が突き刺さっていた。まるで、最初からその場所に跳ぶことを見計らっていたかのように。
「あっ――」
――違う、これは、跳ばされた。 なら!? これで終わらない。追撃が……
ユーリカは乱される思考を整理して、正体不明の攻撃者がするであろう行動を予測し、防御の姿勢をとろうとするも、既に"跳んでしまっている"のだから真後ろを見ることも、真後ろからの攻撃も防ぐことは出来ない。
ただひたすら無防備に足蹴を受けるしかなかった。
「あああああっ!!!」
蹴り飛ばされ、枯れた大樹に勢いよく叩きつけられたユーリカは、大地に突き刺さっている大剣を握りしめる蝙蝠の翼をつけた少女の姿を目にする。
「なるほど、自我の残った吸血鬼は"銀"でなくとも"痛がってはくれる"のか」
少女は何かを確かめるように少女らしくない低く冷徹な声音を発した。そして、怖気の走るような鋭く冥い眼光でじっとユーリカを見据えていたのだ。 ゆっくりと、ずるずると大剣を引きずって近寄りながら。
「ぁっくっ……ぁっ……」
――すぐに、体制を立て直し、戦わなければ。
しかし、ユーリカは竜に睨まれ死刑の執行を待つだけの家畜のように言葉が思うように発せられない。意志に反して身体も思うように動かせない。かつてエルフであったという種そのものに刻み込まれた根源的な恐怖の記憶を掘り起こされてしまったのだから。
そこに居たのは"鬼"だった。
あどけない少女のような姿をしておきながら桁違いの性交経験をしている非処女という、吸血鬼にとってあまりにも醜悪極まる体臭を発しているのに、それを感じさせないあらゆる者を拒絶するという殺意を発している。
――隙がない。今のだってわざと心臓ではなく足を狙われた。つまり、"加減されている"。
守り人として培ってきた経験が、技術が、知識が、あったからこそユーリカは恐怖してしまっていた。全身を視られている。一挙一動、呼吸の有無、瞬きの瞬間、ほんの少し動こうとすると、それを潰されるビジョンが浮かんでくる。
何をやっても無駄でしかない。そう思わせる程に相手との力量の違いを推し量れてしまうが故に感じる絶望がそこにあったのだから。
「ぉ……、お前は、一体何者だ! 私は200年守り人の経験を積んできたから分かる。お前のその強さ、技術、ヒトの域を外れている……吸血鬼でないとするなら異常だ」
それでも努めて平静を保つためにはユーリカに時間が必要だった。だからこそ、虚勢を張り時間稼ぎの会話という方法を選んだ。同時に、周囲に潜んでいるであろうミラカが遣わせた"下級吸血鬼"がこの事態に気づけば援軍として駆けつけてくる。それを待つ狙いもあった。
「そのただ無為に生きた200年に何の意味や価値がある? ましてや、吸血鬼に成り果ててからはその身でどれだけ殺してみせたのだ?」
「お前は……どれだけ殺してきたというんだ」
「そうだな、私が"こう成り果ててから"だと大小に区分を設けないのなら二月程でまだ"たったの"四千二百四十二、だったか。そうだな、世には瞬きをする時間があれば数万の人間などまとめて一息で焼き殺せるような存在もいるのだから、私などまだ精々日に百すらも殺せていない程度だよ」
その少女が通り過ぎた後に残った死体の数は、ユーリカの200年などとっくに通り過ぎていた。
守り人の任務はあくまで狩りや防衛だ。狩りにしても一頭魔獣を狩れば2,3日は集落全員分の食事を賄える量の肉が採れるのだから、通常、年に百も殺すことはない。ましてや、吸血鬼になってからは痛めつけることはあっても直接エルフに手をかけたことなど一度もない。
鍛錬はしてこなかったし、鍛錬の必要性も感じられない程に肉体が劇的に強くなっている。だからこそ、ユーリカの経験は主に守り人であった頃の話に基づいているのだ。
だが、目の前にいる少女は日に百近くを殺していると言っている。加えて持ち出した比較対象が伝説やおとぎ話で出るような"龍や魔神や鬼"の所業だ。それらと比べておいて自分は弱者であると馬鹿げたことを言っているのだ。
ヒトにしておきながら魔神の領域を歩もうとする狂気が、そこにはあった。
「は……?」
少女が腰にぶら下げていた三つの"物"に気づいて、ユーリカは言葉を失った。 そのうちの一つを少女がおもむろにとりだすと、ユーリカの前にぽんと投げてよこしたのだ。
「それと生憎だが、貴女達が話をしている間に連携されると面倒な"邪魔者"は先に始末させてもらったよ」
「ひっ」
それは、腐り切り落とされた下級吸血鬼の生首だった。そして、それはユーリカの前でブクブクと皮膚を突き破るように泡が立ち、苦痛に歪んでいた顔面がさらに醜く歪んでいき、そして、内部から爆発した。
おぞましく醜悪な臭いを発する腐った血のシャワーを全身に浴びて、ヘドロのようにべたつく穢れた赤黒がユーリカの透き通るように白い肌を穢していく。
ユーリカは一瞬放心した。何が起こったのかが理解できなかったのだから。
つい先ほど殺された吸血鬼が腐ってガス爆発を起こすなどと、通常ではありえないことが起こっているのだから。何もかもが意味不明だ。
「あ……ぁ……? い、い、いやぁあああああああああ!?」
半狂乱に悲鳴を上げる。
今爆発した吸血鬼の生首は吸血鬼になる以前からの知り合いだった。吸血鬼グラーキスの下僕と成り果てても、こうしてミラカに生贄回収という名目で外に連れ出してもらった時にでも話をしたり共に仕事をすることだってあったのだから。
そんな見知った知り合いが生首にされた。見るも無残に腐った状態で、ユーリカの眼前で爆発したのだ。
臭いが、言葉が、振舞いや所業が、纏う気配が、ユーリカの心を徹底的に凌辱し尽くしていた。
そう、目の前に居るのは紛れもなく本物の"鬼"なのだ。エルフの心に未だに癒えぬ傷跡を残してきた最悪にして災厄の存在。
それが近づいてくる。身の丈以上の大剣をずるずると引きずって歩いてくる。
やってることの酷さからしてもはやどっちが悪人かも分からない。
前話のブルメアさんの首切り役人っぷりがよりサイコになってしまったような気がしたけれど、ブルメアさんのお師匠さんことゾンヲリさんがこれだからね……仕方ないね……。というお話。
今回の問題児こと生首爆弾の原理は【リジェネレイト】で微生物を活性化させて急速に腐らせたというもの。以前ハルバ君に対し使った黒死病爆弾こと【プレイグスブリンガー】の簡易版ではあるわけですが……。ゾンヲリさんの意図としては腐らせた血が吸血鬼に対して委縮効果があるのを期待しての攻撃であったりなかったりするのさ……
実際非童貞や非処女の生首でこれをやられた日には色々な意味で発狂&廃棄物化不可避(非童貞の腐った血液強制注入シャワー)というクソすぎる攻撃であったりなかったりするわけですが、会話でユーク君の姉だと分かったのでこれでも大分手心を加えたらしい。
ユーク君とユーリカさんが感動の対面中に裏でコソコソと短刀投擲で心臓潰して暗殺して回ってしっかり首まで落として歩くところがホラー。
なお、実のところお互い見合って見合ってヨーイドンで戦っていたならユーリカさんはステータス的には割といい勝負出来ていたともいえる。これでレッサー3体に囲まれていたら不利なのはゾンヲリさんの方なので、先制攻撃のイニシアチブをとって恐怖デバフをかけてなければ割と危うかったりもするらしい……。




