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第五十一話:人形の願い


(ネクリア様)

「ごべんなざい、ごべんなざいぃ」

(ネクリア様、しっかりしてください!)

「許してぇ……ゆるひてぇ……」


 ソウルコネクトでシスターの記憶に触れて以来、ネクリア様もシスターの見ている悪夢、キョウカの刑獄での"試練"を追体験してしまった。そこで味わった激痛はシスターが実際に経験しているであろう本物のそれとは比べるまでもない程度の幻痛でしかない。苦痛に慣れている私ならば耐えられないこともない。


 だが、ネクリア様が経験するにはあまりにも強烈で鮮明すぎたのだ。その結果、痛みから気をやってソウルコネクトの制御を失い、シスターの精神と同調しすぎて悪夢に囚われてしまった。


 何度声をかけても、シスターと同じようにうわ言で懺悔の言葉を繰り返し続けるばかりだ。せめて、私が肉体の制御権をネクリア様から強奪出来れば無理矢理気付けをする事もできるのだが……、それも叶わない。


(……このままでは不味いな。フリュネル)

(なぁに? ゾンヲリのご主人様)


 この状態で私が他の者に"声"をかけられるとすれば、契約者の"声"でフリュネルに呼びかけるか、フリュネルを通じてブルメアに呼びかけるくらいしかない。


(実体化してネクリア様の頬を叩いてやってくれないか? それでも正気に戻らないようなら多少強めの衝撃を与えてやってくれ)


(大ご主人様、怒ったり、不機嫌にならない?)


(頼む。今はフリュネルしか頼れる者がいないのだ)


「分かった~~! フリュネルに任せてね~。え~いっ」


 実体化したフリュネルは、握りこぶしを作ってグルグルと腕を勢いよく振り回して助走を付けた後、ネクリア様の頬を目掛けて内角に抉り込むようなパンチを繰り出したのだ。


(ちょっと待――)

「えっなに~~?」


 想定外の動きを示したフリュネルを咄嗟に静止しようと思ったが、口頭で止めようとしても間に合うわけもなく。


「ぐべれっ」


 フリュネルの見事なアッパーカットで体重の軽いネクリア様の身体は宙に浮かされる。そして、受け身もとれぬまま顔面から地面に激突したのだ。


「ぐびゅっ、きゅぅ……」


 普通の人間なら鼻や首の骨が折れるくらいの大事故になってしまいそうなものだが……、流石はネクリア様というべきか、元々体重が軽すぎるせいで衝撃が少ないからなのか、精々赤く腫れる程度で済んだ。


 ……緊急時とはいえ、女性の顔に傷がつく危険性は熟慮しておくべき……だったか。


(……フリュネル、やりすぎだ)


 確かに気付けの為に頬を叩けと言ったし、これで目が冷めなかったら強めの衝撃を与えるのも致し方ないとは言った。言ったが……まさか、いきなり段階を吹き飛ばしにかかるとは。


「いだ~~~~っ。いっだ~っ! いきなり何するんだこの畜生緑!」


 鼻を押さえて涙目になりながらネクリア様はフリュネルに怒気を飛ばしていた。


「えっえっ、大ご主人様怒ってる? ごめんなさい」


(ネクリア様、落ち着いてください。ネクリア様がシスターと同調しすぎて正気を失っていたようですので、私がフリュネルに気付けを頼んだのです。ですので、罰を与えるのでしたら私に)


「あっ……ああ。そうだったのか、いきなり怒鳴って悪かったな畜生緑、いちおう、助かったよ」


「も~、畜生緑じゃないよ。フリュネルだよ、フリュネル!」


「あ~分かった分かったフリュネルね? フリュネル。ほら、礼にお団子やるからテントの外で食べてな」


「わ~い」


 餌付け……。それに喜んでしまう天真爛漫なフリュネルも。相も変わらず精霊嫌いなネクリア様も。何というか、顔を合わせるととにかくお互いソリが合わない。尤も、ネクリア様が一方的にフリュネルを嫌ってるだけなのだが……。


 なので、普段は私もネクリア様の前では極力フリュネルは召喚しないようにはしている。が、緊急時はそうも言ってられない


「はぁ……。なぁゾンヲリ、私さ、もしかして大分見苦しい所見せちゃってたか?」


 鼻水と涙と涎を垂れ流しながら「ごめんなさい」とひたすら懺悔を繰り返し続けるネクリア様の姿は、何も知らない者が傍から見たのなら反応に困ってしまうかもしれない絵になっている。


 無論、ネクリア様も顔面の惨状に気づいてるからこそ、布切れでふきふきと顔を拭いているのだが。


(……今の私はネクリア様のお顔を見る事が出来ませんので、それより、御身体や精神は大丈夫でしょうか?)


 現状、私とネクリア様は同じ身体を共有している以上聞くのも野暮な話なのだが、猛烈な吐き気、頭痛、心臓の脈拍にも狂いが生じている程度には、ネクリア様の体調が不調なのが明らかだ。


「大丈夫……じゃないな……、正直すっごく気持ち悪い。ちょっと外でお花を摘んでくるからさ、そっちの聖歌隊の死体に戻ってくれないか?」


(その、吐きたいのでしたらこの場で壺の中にでも)


「ばっかっ、直球すぎっ。お前の前で吐瀉物(としゃぶつ)まき散らす見苦しい姿なんか見せられるわけないだろ、ただでさえ最近の私ってば威厳が落ち"かけてる"ってのに、ゲロインの印象まで抱かれてたまる……うぶっ……」


 ……威厳が落ち"きってる"自覚は多少はあったのか……。いや、よそう、これについて思考を巡らせば藪に潜む蛇を突く事態になりかねない。


 ……とはいえ、以前、地下霊廟では私の目の前で豪快にお花を摘む瞬間を見せつけられた記憶があるのだが、そっちは良くて吐く方はダメなのだろうか……。未だにネクリア様のその独特な感性は理解しきれずにいる。


 私は半分押し込まれるような形で聖歌隊の死体の身体へと死霊術で魂を移され、ネクリア様はテントの外へと駆け出して行ったのだ。


 未だ悪夢に囚われ苦悶の表情を浮かべるシスターの元へ近づき、頬を伝う汗を拭いてやる。


「……キョウカの刑獄、か」


 シスターがキョウカの刑獄で受けてきた数々の虐待と拷問は壮絶を極めていた。アンデッドとして死の苦痛に慣れている私でさえも多少は堪える程なのだから。


 あの壮絶な拷問を数年間受け続けてもなおシスターは正気を保ってきた。そのなまじ強靭すぎる精神力を持ってしまったが故、イリスの教義(ドグマ)を信仰しながらも、彼女自身が持つ善性と相反してしまうという矛盾が歪に絡み合い彼女を苦しめているのだ。

 

 ……まだ、完全に狂ってしまうか、憎悪に逃避してしまえば楽だっただろうに。


「あぁ……ごめんなさい……、ごめんなさい……」


 それと、シスターと感覚を共有して理解したこともある。シスターは痛みで苦しんでいるわけではない。シスターの苦しみの本質は、"罪を犯した"という罪悪感から来ている。


 キョウカ刑獄では、執拗なまでに罪の意識を植え付ける方法がとられていた。ヒトとして自己認識や尊厳を徹底的に破壊し尽し、精神と肉体の両方を隷属させ、何も知らない無垢なシスター達を意のままに操られる人形(マリオネット)へと変えてしまうのだ。


 そして、それを支配して利用する者、それを見下ろし踏み付けにする者、それが苦しむ様を見世物として愉しみ歓喜する者。悪魔よりも悪魔らしく、天使よりも無慈悲で醜悪な人間達の巣窟。


 それが、キョウカの刑獄という場所だ。実に……、馬鹿げている。


「シスター……」


 テントの端に立て掛けられているダインソラウスを片手に取り、一方の手でシスターの頬に触れる。何故、私はこの冷たい手でシスターに触れようと思ったのかは分からない。


 だが、こうしなければいけない気がしたのだ。


「だ……れ……? かみ……さ……ま?」


 ふと、魔力の糸のようなモノが繋がる感覚があった。例えるなら、ネクリア様の【ソウルコネクト】を受けた時に近い。


「違う」


「どう……して……、今になって……私に……声を……かけるのですか」


 それは、痛烈な批難とも言える言葉だった。


 ……シスターはキョウカの刑獄に囚われている間、ずっと救いを求め続けていた。藁にもすがるような思いで、誰かに助けを求めていたのだ。


 その祈りが通じた先が、私……か。


「その通りだな。何もかもが遅すぎた。それでも私に何かを望め。私に出来る事はそれ程多くはないがな」


「楽に……してください。辛いのです。苦しいのです」


 以前もシスターは私に対し死を望み続けた。それは罪悪感から来る自罰の極地故に、だったのかもしれない。そして、この言葉の本質も死罰を望んでいる。


「いいだろう。貴女の望みを叶えてみせよう。この剣を以って貴女を楽にしてやる」


 だが、私は神などではない。悪魔に連なる者だ。


 悪魔らしく願いを叶えてやるというのなら、シスターが死罰を望んでもその通りに叶えてやる道理はない。なんせ、悪魔と契約して願いを叶えようとする者は、必ず歪んだ形で解釈されて願いは成就するのだから。


 私はシスターとの同調を強め、再び悪夢の中にあるキョウカの刑獄に入り込む。


 〇


 突如、声が聞こえてきたのです。

 

「私に何かを望め」と。


 私は、ずっとずっと救いを願い続けてきました。誰かに手を差し伸べて欲しいと望み続けてきました。その資格が私には無いと諦めながらも、密かに、浅ましく、願い続けていました。


 だから、その声が聞こえてきた時、私は誘惑に抗えずに受け入れてしまったのです。そして、闇の中から声の主が現れたのです。


 黒衣を身にまとい全身と顔を隠し、片手には身の丈以上の大きさを誇る血錆びた漆黒の大剣を手にする黒い剣士。


 彼は私に背を向けると、死を振り撒いたのです。一振りでレンガの壁を崩し、立ちはだかる人であった者達を次々と肉塊へと変えていく。その、死神と見紛うような恐ろしい所業と風貌に、何故か、不思議と恐ろしさを感じませんでした。


 私はただ、導かれるようにそのお方の後ろについて行くと、太陽の光が差し込む出口が見えたのです。黒い剣士は、一度出口を指差します。


「貴女が向かうべき道はそちらだ」


 そう、述べた後、黒い剣士は踵を返し、キョウカの刑獄の奥地、地下へと降りて行こうとするのです。


「ま、待って……どうして地下(そちら)に戻られるのですか?」


「私は、これから悪夢の根源を断ちに行く。このような影ではない、今もな悪夢を産み続ける本物の悪意を、この剣を以って殺すためにな」


 私は、黒い剣士の膝に縋りついていました。泣きわめく少女のように、みっともなくしがみ付いていました。


「お願い……します。私以外にもまだ地下に取り残されているシスター達が居るのです。その方達もどうか……救って下さい……お願いします」


「それは出来ない。過ぎ去ってしまった時間……既に刑死しているシスター達を蘇らせることなど、私には出来はしない。だが、"これから先"貴女のようにキョウカの刑獄とその悪夢に囚われている者が居たならば、その時は"努力"はしよう」


「ぁ……そう……でしたね……私が……殺した……のでしたね……」


 何度も、何度も、何度も、同じ時間を繰り返して、私は何度も自分の手でシスターユリアや他のシスター達をこの手で殺しました。司祭様に「異端者を殺せ」と命じられるままに、何らかの薬物を投与されて気の狂ったシスター達を次々と殺してきました。


 そう、私がこの手で殺したのです。


「私は……多くの罪を犯しました。罪深い女なのです。ですから、どうか私を裁いて下さい」


「それは出来ない」


 そう答えを返した黒い剣士の意図が読めず、フード越しに顔を覗き込こもうとしました。ですが、影のような闇に塗りつぶされてしまって表情が全く見えないのです。


「どうして、ですか?」


「例えば、人を殺した剣に罪はあると思うか?」


「……いえ、ただの道具である剣に罪はありません。人を殺す意思を持って剣を振るった者にこそ罪があります。ですがそれが一体……」


「ならば、人形が人を殺した場合、人を殺せる人形を人を殺す意思を持って操った者にこそ罪を問わねばおかしいだろう? 故に、貴女は裁かれる資格はない」


「それとこれとは全然違いますっ。私はっ」


 裁いて欲しいのです。神の鉄槌を下してもらいたいのです。


「シスター、貴女はもう、十分すぎる程に罰を受け、ずっと苦しんで来た」


「それでも……私は、自分が許せないのです」


「ならばせめて、私は貴女を許したいと思っている。だからこそ、私は今ここにいるのだ」


「っ……っ!」


 胸を貫かれるかのような言葉でした。どうして……この方は、私が一番欲しい言葉を返して下さるのですか。


「私は貴女の苦しみと、行動を見届けて来た。その上で、貴女が救われるに値しないような罪深い罪人ではないと思っている」


「ですが、今の私は……司祭様の……イリスの教えにも反しています」


「ならば、その"司祭様のイリスの教え"とやらが間違っている。そう考えた事はないか?」


「ちがっ……」


 私は咄嗟に反論できませんでした。

 だって、黒い剣士の言葉はあまりにも核心を突いていました。私が今まで胸の内にずっと抱いてきた疑問なのですから。


 いえ、間違いであってくれたら……と願っていたことなのですから。


「違わないな。貴女は胸の内で何度も司祭の言葉に疑問を抱いたはずだ。何度もな」


「でも最終的には私は……」


 ああ……だめだ。この方には私の心の内側が全て見透かされてしまっている。


「納得できたのか? 矛盾と欺瞞だらけの教義(ドグマ)に」


「それでも……私にはそれしかないんです。ずっとずっとそれだけを司祭様から教えられて、それ以外のことが何も分からなくて、だから司祭様の教えが嘘だったら私は……空っぽなんです。何にもないんです」


「空っぽ、か。私にはそうは思えないな」


「どうしてですか?」


「一つ言えることは、本当に空っぽの人間ならば司祭の意のままに動く人形と成り果てている。司祭の教義に何の疑問も抱くこともなく、人を殺そうと教義の元に正しければ罪の意識など感じないはずだ。だが、貴女には意思がある。何度も司祭の命令にも反してきた。それは何故だ?」


「……分からないのです。何故、私はそうしてしまったのでしょうか?」


「貴女が他者に手を差し伸べようとするのは何故だ? 」


「それは……イリスの教義では隣人を自分のように愛せよ……と」


「違うな、司祭が貴女に教えた教義では"信者"を愛せよだったはずだ。さらに、イリス教においては信者とそれ以外は明確に区別されている。が、そこはどうでもいい。そもそも貴女は自身を罰しようとするばかりで"愛してはいない"だろう? それで教義に従って他者を愛することなど出来はしまい。違うか?」


 咄嗟に並べ立てた詭弁も、この方には通じずに崩されてしまう。


「恩も所縁もない他者に恩を送りつけるという考え方は、どちらかと言えば"冒険者"特有の考えに近いだろう。理由は"覚えている"か?」


「はい……誰かから恩を受けて、恩を返そうと思っても返せるようになった頃にはその誰か亡くなってしまっている事が珍しくないことから、恩は返すものではなく次の誰かに送るようにとおじさんが教えて……」


 私は一体……何を言ってるのでしょうか? おじさん……?


「ほら、貴女は空っぽではない。ならばもう、司祭の教えなどなくても十分やっていけるだろう」


 黒い剣士は、膝にしがみついてる私の肩をそっと押して離すと、再びキョウカの刑獄の地下へと降りて行こうとします。


「ま、待って……どうか私を導いて下さい。教えてください」


「私から貴女に教えられることなど何もない。貴女はただ、自身の望むがままに成したい事成せばいい。私はその選択と意思を可能な限りは尊重しよう。ではな、私は貴女の望みを叶えるために、この下らない悪夢を終わらせなくてはならない」


 黒い剣士は走り出すと、目にも留まらない速度で地下の闇の中へと消えていく。消えていってしまう。


「待って……私を置いていかないで……」


 魔族が私の生まれ故郷を襲撃した時、両親は私を井戸の底に隠した後に去っていきました。奴隷商人から助けてくれたおじさんも、教会に私をおいて去っていきました。私に優しく手を差し伸べてくれた方は、皆最後は私を置いて去っていってしまうのです。


 〇


「すぅ……すぅ……かみ……さまぁ……」


 悪夢の中の愚物共を殺戮し尽したことで、シスターは穏やかな寝息を立てていた。乱れた着衣を治して藁布団をかけ直してやる。


「こんな悪夢の影如きを切り刻んだ所で精々気休めにしかならない。キョウカの刑獄と、それを利用しようとする者、その全てを斬って捨てねば、悪夢は終わらない」


「でさ、ゾンヲリ。カッコつけてる所悪いけどさ、シスターに何やったかしっとりぬっぽりと聞かせてもらうからなっ」


 どうもネクリア様がお花摘みから帰ってきてしまっていたようだ。……横から指摘されてしまうと少し気恥ずかしさが勝ってしまうな。


 苦虫を嚙み潰したような顔をネクリア様に見せないように、表情を作り直してから向き直る。


「……分かりました。ネクリア様」

ゾンヲリさんのレスバ力は基本攻撃力に全振りしている。押してる間は滅茶苦茶強い一方で、自分が突っ込まれる側に回ってしまうとブルメアさんレベルに論破されて黙るという紙装甲っぷりを披露することがある。


以下補足

何故【ソウルコネクト】もどきをネクリアさんの助けなしにゾンヲリさんが単独で出来たのか。

霊体系アンデッドの奴らなら【霊的接触(ゴーストタッチ)】などで憑りついて精神攻撃を仕掛けるなんて真似は割とよくやる。むしろゾンヲリさんに出来ない事の方がおかしかっただけである。

また、シスターことアンジェさんが憑依攻撃に対し無防備に受け入れる(声が聞こえる! 神様~的な感じ)土壌が出来ていることから発生したという感じ。


結果、ゾンヲリさんがアンジェさんのトラウマの幻覚を全部物理的に斬り捨てるというゴリ押しで魔薬禁断症状のフラッシュバックを治療するという荒業をやったのであった。そして、これを機にゾンヲリさんがちょくちょく死霊戦技を体得し始める。そんなお話である。


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