第四十話:ゴールデンボールクラッシャー
「加減は不要。"何でもアリ"だ。あらゆる手段と持てる力を尽くして私を殺すつもりで攻撃を加えろ。人間が戦闘不能になりえる有効打を一度でも与えることが出来たら貴女の勝利だ」
「ちょ、ちょっと待って、ゾンヲリは良くても私が死んじゃうってそれ!」
「無論、私の方は加減する。武器、投擲、拳打や蹴りと言った打撃による攻撃は一切使用しない。私が貴女に対し唯一使える攻撃手段は組み技、つまり関節技と投げのみだ。投げは"受け身をとれる程度の猶予"も与える。……一応念のため言っておくが、気を抜けば後頭部を勢いよく地面に叩き付けるハメになるぞ」
本来の投げ技は受け身などとらせない、容赦なく追撃も加える。『浮落閃』、関節を決めて腕を折りながら背負い投げ、後頭部から地面に叩き付けると同時に顔面に蹴りを加える。浮かし、落とし、閃光の如く蹴りを見舞う技だ。
尤も、大抵は"投げ落とす"だけで一撃必殺足りえるし、"掴む"という行為自体かなり高いリスクを伴った攻撃手段だ。肉体の身体能力や敵の防御力にもよるが、掴むくらいなら心臓や喉元を素手で直接突き刺した方が"速い"。
本来は素手で貫けないような硬い鎧に守られた相手の重量を逆手にとって殺す為の技だ。
「組み技だけってゾンヲリに不利すぎじゃない? 流石に私のこと――」
ブルメアの視点から見えないように隠しに仕込んでいた石ころを抜き放ち、振り向き様にブルメアの耳元目掛けて投擲する。
「ヒィッ」
石は棒立ちのブルメアの耳元を通り過ぎて背後の古木に当たる。仮にブルメアに見えてはいなくても、"風を切る音"くらいは聞こえたはずだ。
「今の投石に反応出来ないようでは戦場では即死か、よくて気絶だぞ?」
「う、気を抜いてなければ反応は……できてたもん」
確かに、気を抜いていなければ今のブルメアにも避けられる程度の攻撃だ。だが、今の会話のこの瞬間に、ブルメアは間違いなく致命に至る隙を晒していたのだ。だから、私は必殺の確信をもって攻撃を加えた。それが、"何でもあり"というものだ。
戦いはこの一瞬でケリがつく。終わってからの言い訳など誰も聞いてはくれない。
「これが今の貴女が辛うじて私に勝利出来る可能性のある条件だ。それでも条件を緩めたいと言うならば止めないが、いいのか?」
「あ、はい。組み技だけでお願いします」
「貴女が先制攻撃するまで私はこの場から一切動かない。不意打ち、狙撃、何でもいい。事前準備で罠を張るのも気が済むまでやればいい」
「う~~~馬鹿にして! いいもんね! 絶対ゾンヲリをぎゃふんって言わせてあげるんだから!」
そう言い残すと、ブルメアはそそくさと森の中に隠れてしまう。
「……」
ブルメアがとるであろう攻撃は狙撃だ。私に気配を悟らせない距離から不意打ちの一撃を見舞うならこれしかない。尤も、本来は通当て狙撃はかなりの熟練を要する技だ。動かない的を相手でも100回矢を放って100回当てることは難しい。だが、ブルメアならばその程度のことは成し遂げる。
より確実に当てるならば正面からより背後に回り込んでから狙撃を行うべきだろう。矢を目視させなければ標的が回避行動に入るのが遅れて命中率が上がるからだ。故に、私が最も警戒しなくてはいけないのは背後からの狙撃であり、これだけは何としてでも防御を間に合わせなくてはならない。
だが、あえて背後からの攻撃という利を捨てて側面や正面から狙撃をするのであれば、私は僅かばかり反応が遅れる。前方は目視で何とかなるが、側面ばかりは狙われると困る。つまり、もしもブルメアが側面から狙撃をしてくるようなことがあれば、私は読み合いに負け致命の一撃を貰う可能性が出てくるのだ。
無論、その可能性を潰す方法もある。
「……」
あえて"脇見"をして見せるのだ。そうすれば、ブルメアからすれば私が背面を向いて隙を晒したように見えるだろう。つまり、"この瞬間"を攻撃のチャンスと捉えるわけだ。
案の定、側面の位置から矢が飛んできた。
「焦れたな。今のは"誘い"に乗らず"待つ"べきだった」
ブルメアに攻撃の主導権があり、攻撃の位置とタイミングを自由に選べるという読み合いにおいては圧倒的有利な盤面を、私の誘いに安易に乗ってしまったことで自ら攻撃の主導権を"手放した"のだ。
だからこうして矢を掴めてしまう。
すかさず二の矢、三の矢も飛来するが、初めから来ると分かっている矢など当たりはしない。自らの居場所を教えるだけだ。
「狙撃手は冷静かつ冷血であるべきだ。同じ場所で狙撃を続けるなどともっての外だ」
一度矢を射ったら即座に潜伏して居場所を変えればもう一度くらいは仕切り直すこともできただろう。だが、もう遅い。補足した。
「う、うわ、もうバレた!」
森の中を疾走し、ブルメアを目掛けて一直線に走る。正面から迫る矢を紙一重で避けながら距離を詰める。焦るブルメアの表情から余裕の無さが見て取れた。
既に私の間合いだ。ブルメアも観念したのか弓を捨てて短刀に持ち替えた。その判断自体は悪くはない。だが……。
「やぁ!」
短刀を振るうブルメアの腕をつかみ取り、はたき落とし、背後に回り、そのまま羽交い絞めにする。
「あっ!」
ブルメアはジタバタともがこうとするが、既に戦闘ならば勝敗は決している。そのまま喉をかききる、胸を突き刺す、首を折る、どれでもいい。既に生殺与奪の権利は握っている。
「相手が本領を発揮する場で戦うなと教えたはずだな?」
「分かってるよ! 分かってるけど! こうなったらもうどうにもならないじゃん!」
「そうだな、なら何故こうなるような戦い方をしたのだ?」
「だって何本矢を撃ってもゾンヲリに当たらないもん」
「そうだな、それでも貴女は私に矢を当てなくてはいけなかった」
「そんなの無茶苦茶だよ!」
「ならば覚えておけ、その無茶を通さなくてはいけないのが"戦い"だ。一度の矢で当たらない相手には100本の矢を射かけろ、それでも当たらないなら相手のクセを観察して虚を突け、それでも当たらないなら気合で当てろ」
そして、それでも当てられないのなら決死の覚悟を決める他にない。
「うう、やっぱり無茶苦茶だよぅ……矢筒に100本も矢なんて入らないのに……」
「で、いつまでこうしてるつもりだ?」
「うう、だってゾンヲリにがっちり関節まで固められちゃったら動けないよ……」
「腕を折れば一度くらいは抜けられるかもしれないぞ?」
「折ったら弓引けないからゾンヲリに勝てないじゃん!」
「まぁ、そうだな」
「理不尽だよこんなの!」
「戦場は理不尽で無慈悲だ。貴女もよく分かってるじゃないか。だが、そうだな。いつまでもこうしていても埒が明かない。一つ状況を変えてみるとしよう」
「状況を変えるって! あっ」
ブルメアをそのまま地面に押し倒し、馬乗りになる。
「戦場で無抵抗な女エルフを捕獲した男は、次にどういう行動をとるかな? 貴女も身に覚えくらいはあるんじゃないか?」
ブルメアの両腕を力づくで押さえつける。
「ちょ、ダメ! ダメだってゾンヲリ!」
「このまま無抵抗だと犯されるぞ?」
「っ!!!」
しばらくジタバタともがいていたブルメアだったが、腕力だけで拘束から逃れようとするばかりで、そのうちその抵抗すら徐々に弱まってしまう。
「……」
「……」
ブルメアは観念したように脱力している有様だ。
いや、顔や耳を赤らめてないでちゃんと抵抗してもらわないと困るんだが。両腕は押さえつけているが関節技は解いてるからある程度自由が利く、足が使えるのだから股間だって蹴れる、身体をそらせば拘束から抜けることも出来る。
ようするに勝利を確信して舌なめずりしている間抜けが晒す絶好の隙を見せているのだ。何故そこで反撃しない!
それでもしばらくお互い見つめ合った後だ。
「……ゾンヲリのえっち」
何か、勘違いをしてないか? これは。
「……馬鹿なこと言って惚けてないでさっさと私の股間を蹴るなり首に足を引っかけるなりして拘束から逃れろ」
「……あ、隙あり!」
ゴッ、と股間を蹴られる。恐らく潰れた。
「ぐ……おぉ……」
痛みには慣れているつもりだったが、やはり精神的に来るな、これは。
「だ、大丈夫?」
「私に心配は必要ない。蹴ったならすかさず追撃を加えろ。好機を逃すな」
「でも致命傷一撃入れちゃったし私の勝ちだよね! ね!」
「馬鹿者が、ワザと蹴らせたものを数に数えるな。仕切り直しだ」
「じゃあまた狙撃からやってもいい?」
確かに、狙撃の読み合いを繰り返せばブルメアにも勝利の目はあるだろう。だが、それで勝たれてもらってはこの実戦の意味がないし、狙撃に固執するようになっては本末転倒だ。
ブルメアが自ら考え、その場その場の状況で私を打開する術を編み出して貰わなくてはならないのだから。
「その調子で昼まで時間をかけるつもりなら流石に付き合いきれん。10数える間だけ距離をとることを許すが、そこからは私は動く。それと、また惚けられてたまらんので次からは問答無用で"投げる"」
「ひえぇ……」
その後、ブルメアは矢を放ち、私はそれを避けながらブルメアに肉薄し、地面に投げ落とす。という一連の流れを10回程繰り返した。
「い、痛いぃ……」
最初は地面に叩き付けられてもすぐに置きあがっていたブルメアもいい加減に堪えてきたのか、寝そべったままになっている。服や髪は泥まみれだ。
「そろそろ諦めるか?」
10回目に至っては木の上から地面に投げ落とされたのもあって、受け身をとっても痛みは隠せないだろう。
「まだまだ……」
「同じことを繰り返し続けても変わらないぞ」
100回同じことを繰り返す相手には100回同じ返し手を繰り返し続けるだけだ。体力や疲労の蓄積などによって100回繰り返せば当たるようになることもあるだろう。
だが、私にその手は通用しない。
「分かってるよ……」
「貴女はもう十分頑張った。それでいいのではないか?」
元々、戦いという切羽詰まってる状況下に都合のいい打開策を思いつくことのできる者などそうはいまい。仮に打開策を思いついたとして身体が追い付くかどうかも別の問題だ。
「やだよ……それじゃ私、いつまでもゾンヲリやネクリアと"対等"になれないもん」
「私達と"対等"になるというのは、堕ちる所まで堕ちることを意味するぞ? これまでに私達がやってきた"非道"の数々を知らないわけでもないだろうに」
私達がやってきた事はと言えば、死者の冒涜、戦争の扇動、人殺し、疫病の散布。ここまで話が大きくなっては最終的には多くの人間と亜人を破滅させるであろうはた迷惑な悪あがきでしかない。私達の成すことによって幸福を得る者の数十、数百、数千倍は不幸になる者が出るだろう。
それを人間の言葉で一言に称するならば"悪魔の所業"そのものだ。そして、これからも私達は己の生存のために他者を犠牲にし、堕ち続けるだろう。魔族やゾンビが人の世にとって殲滅の対象であることが変わらない限り。
武器を振るって戦うことしかできない私にそれを変える事は出来ないし、多く者達は我々という人でなしを望まない。
「それでもいい」
「貴女は好き好んで人でなしになりたがるような人物には見えないが?」
「私は、私の好きな人達と、私の事を好きでいてくれる人達の助けになりたいだけだもん。ゾンヲリだってそうでしょ?」
「違うな。もしも私が本当にそういう人間だったのならば、もっとやりようのある方法を選んだだろうさ。まぁいい、まだ続ける気ならばさっさと立って準備をしろ」
「うう……、どうすれば良いのか分かんないから"座りながら"考えようと思ってたのに……」
会話で休息をとりながら作戦を立てる算段、か。意味もなく同じことを繰り返すよりは悪い手ではない。なら、もう少しだけブルメアの手に乗ってやる。
「……貴女は先ほど木に登ったな? 理由はなんだ」
「えっと……ほら、木の上登ったらもしかしたらゾンヲリに投げられずに済むかなって思って……。でも三角跳びで跳んで来てまで掴みに来るなんて聞いてないよぉ……。それに木の上から容赦なく地面に投げるんだもん……本当に痛かったよぉ」
「……『三角跳び』を貴女に教えたのは私だぞ? それはさておき、理由は不正解だが木の上に登るという行動自体は悪くはなかった」
「ほぇ……どうして?」
「貴女を追うために『三角跳び』を使わされたからな。"使った"と"使わされた"では意味合いが全く違う。つまり、貴女は私に行動を強制したのだ」
「う~ん……それってどう違うの?」
「ならばそうだな。跳ぶという行動を貴女はどう見る?」
「走るよりすっごく速いよね! 」
走るという行為は、跳ぶのに比べれば何度も地面に足をつけなくてはいけない。地面に足をつけてしまえば、その度に前身の勢いを殺す。高速で足を左右に動かせる速さが速度の限界だ。さらに姿勢の維持も速く走ろうとするほど難しくなることから、走って出せる速度はどうしても"頭打ち"になりやすい。
一方で、跳ぶ場合は一度の跳躍でどこまでも速度を付けることができる。風魔法などで補助を加えればたった一度の跳躍で橋をかけなければ渡れないような谷すらも跳び越えてしまうだろうし、その際に出せる速度は走る速度の比ではない。
「それは跳ぶ"利点"だな。跳ぶという行動には弱点もある。それは何か分かるか?」
「う~んと……あっ! 跳んじゃったら跳ぶ先は変えられないよね!」
「そうだ、地面に足を付けるまで"前に進み続ける"ことしかできない。つまり、着地するまで機動を修正できず、"着地狩り"に対し無防備になるという隙を晒さざるを得ないわけだ」
尤も、"着地狩り"や"対空迎撃"を狙うなどと、高位の戦士でもなければ出来ない芸当だ。本来は隙にもなりえないくらいの小さな綻びでしかない。だが、そこを突かなければ防御を崩せない相手も居るし、強力だからといって安易に跳べば容赦なく狩られるという駆け引きが発生するのだ。
「なるほど~だからゾンヲリが跳んだところに矢を射かけたら避けられなくなるんだねっ」
「……そうだな。そこまで理解が及ぶなら"あと少し"だな」
今の僅かなやり取りだけでそこまでの解答に辿り着くのだから、やはりブルメアの素質は底を知れない。
「えへへ~」
ゾンヲリさんのタマが……ウッ
これなんて格ゲー? みたいな話になりつつあるけどもうちょっとだけ続くんじゃ
おかしいな……サクーシャの予定じゃ3000文字でこの実戦訓練終わるはずなのに既に6000文字だぞ……どういうことなの?




