第八十三話:野薔薇(ワイルドローズ)
※また征伐軍側のお話なんだ。
獣人国に単独で独断突撃を仕掛けた一部の傭兵部隊が殲滅され、獣人から奪取した前線砦も突如原因不明の崩壊を起こした事で大怪我を負う人員が多数発生してしまった。事態を重く受け止めた征伐軍総指揮官兼鉱山都市市長代理は、それまでの獣人国侵攻を一時中断し、日喰谷前の平野に臨時野営地を設営して軍議を開いたのであった。
「フン、前金で高い金を払ってやったというのに、敵情視察もせず突っ込んでロクに損害すら与えられんとは、全く使えない奴らだ」
報告書が卓上に投げ捨てられる。戦死者712名、行方不明者21名、重傷者47名、軽傷者25名、そして、日雇い傭兵の羅漢団は部隊登録名簿から抹消されるという無残な報告が市長代理を苛立たせていた。
「ゲートルド様、報告が正しければ谷の先にある獣人砦を攻略するのは容易ではありません」
「それくらいはとっくに隠居した耄碌ジジイのワシでも知っておるわ。単純に魔術師を使って砦を崩そうにも、谷から出て部隊を展開している間を狙い撃ちにされては多くの損害を被ってしまう事くらいはな。分かったらさっさと策を絞り出さんか」
谷底の出口は多くても数十人程度しか同時に通れない程の狭さであり、投擲攻撃の射程範囲内でもある。部隊を展開し、ファイアーボールの詠唱に入るまでには少なくとも2度か3度は斉射を受けなくてはならない。硬い防具で身を守られている戦士なら兎も角、魔術師で一度の被弾は致命傷にもなりかねない。
「……虎の子の帝国魔道院の研修生達を使い潰すのでは、少しばかりリスクが高すぎますか」
「左様、あれらは将来の帝国魔術師団の一翼を担う若者達ぞ。このような場末の戦場でつまらぬ被害を出そうものなら、最悪雷帝から粛清され、一族諸共断頭台に登るハメになろう」
帝国魔道院は大陸中から魔術的素質を持つ"希少"な若者達を集め、魔術師や魔道兵器の研究開発者や士官に育て上げる為の学術機関である。その中でも秀でた才能を持つ者は平民であっても帝国下士官に昇進できるのもあってか、研修課程では実戦と社会経験を積む為に地方都市に派遣されては様々な活動を行う事もある。
当然だが、有事の際には兵士としても動員される。
「しかし、都市で保有してる戦力は今の所無傷とはいえ、盾に出来る傭兵共は当初の5割にまで減ってしまっております。今の人員のまま獣人砦を平押しで攻略するのではその後の制圧計画にも支障をきたしかねません。侵攻作戦を一時中断し、増援を要請するべきではないでしょうか」
「それは都市でふんぞり返っておる"業突く張り"が許さぬだろうて。尤も、お主が代わりに戦費を全額立て替えてくれるのならばやぶさかではないがの」
「折角ですが遠慮しておきましょう。流石に一介の下士官の身では白金3枚も支払えません。それより――」
下士官は地図に記された獣人砦の北にある広大な湿地林を指さし、ぐるりと日喰谷を迂回して獣人砦の背後に辿り着くようになぞって見せたのだ。
「報告にあった獣人砦の背面の構造は極めて脆弱です。全軍で谷を迂回し、予め部隊を展開してから要塞の背後に襲撃を仕掛ければ容易く堕とせるのではないでしょうか?」
「阿呆め、それでは本末転倒じゃ。全軍で湿地林を渡るのでは最低二日以上かかる。その間に主力のおらぬ鉱山都市に直接奇襲でも仕掛けられてみろ。大損害では済まされんぞ」
「むむむ、確かに……。魔獣の生息域とも被るので兵站や補給が細くなる不安が残りますし、突発的なゲリラ戦闘も懸念されます。万が一ここにも罠を張られていた場合は退却も困難、下手をすれば全滅も必至ですか」
魔獣の生息地域に踏み入れるとなると野営による疲労も馬鹿にならなくなる。そもそも食糧の大半も獣人国からの"略奪"を前提に侵攻計画を組んでいるのだ。行商人も立ち寄れない場所で全軍が二日間生活するコストは甚大である。
湿地林の先での戦闘に敗北するか、焦土作戦などの遅滞戦術をとられた場合、最悪4日以上飢えかねない。湿地林を迂回するにはそういったリスクも付き纏ってくるのである。
「今回の獣人共は多少頭も回る。博打をするにはまだ早かろう」
耄碌爺のゲートルドは胃痛薬を二錠噛み砕く。時間が経てば経つほど軍の維持コストは増大する。それを許す市長ではないし、だからといって大切な兵士の卵を使い潰せば無能として"雷帝"に処刑される。両方やらなくてはならないのが、総指揮官に抜擢されてしまった隠居老人の辛い所である。
「では"野良"の魔術師はどれくらい行軍に参加しておる?」
「冒険者や傭兵団に所属している者も含めると全部で20名ほどでしょうか」
「ふむ、それだけ居るなら十分そうじゃな。冒険者共に"クエスト"を発布し、参加者に湿地林を経由して獣人砦を奇襲させよ。それで獣人共になんらかの混乱を引き起こし、その機に乗じて総攻撃を仕掛けるのも一興よ」
「……なるほど、確かに冒険者共なら死んでも全く問題になりませんね」
「それと、念のため"飛竜狩り"を呼んでおけ。確か数年前も似たような事をやった覚えがあるが……なんだったか。まぁよい。ワシの裁量で報酬の上乗せもある程度認可しよう」
「はっ、即座に取り計らいましょう」
そうして、獣人砦奇襲クエストが発布された。
内容は二日以内に湿地林を経由して獣人砦の背後からファイアーボール以上の威力を持つ精霊魔法による奇襲を仕掛けて要塞の機能を破壊する事。受注資格は魔術師及びその護衛の戦士、達成報酬は一人辺り銀貨4枚に加え、新帝国金貨20枚を参加人数の頭割りで支払うものとする。なお、頭割り報酬は途中で死者及び脱退者が出ても一人辺りの達成報酬の増額はせず、クエストを放棄あるいは期日内に達成できなかった場合、参加者全員に銀貨2枚の罰金を科すものとする。
「ねぇ、金貨20枚だって、100人で割っても銀貨30枚は貰えるしこのクエストけっこう美味しくない? 私受けちゃおっかな」
魔女帽やコート姿の少女達が、野営地に建てられたクエスト板を食い入るように眺めていた。
一般的に魔術的素質を持っているのは女性が多く、参加資格が"魔術師必須"になると普段はむさ苦しいはずのクエスト板前待機人口の男女比率が逆転する。軍の綺麗所が一か所に集まるのだから、それを狙った男も現れそうなものだが……。
「ところでお嬢さん方、護衛役として是非戦士の私を……」
「男はあっち行って」
「あ、はい……すみません……そうですよね。分かってました」
そう、大抵こんなものである。青年戦士はとぼとぼとその場を離れたのであった。
「あの男、私の事ちょっとイヤラシイ目で見てたわ。イヤラシイ」
「男ってホントいやよねー。鎧とか臭いし夜に襲ってきそうで怖い」
勇気を振り絞って声をかけた青年戦士に対し、心無い罵声の数々が飛び交う始末である。罵倒された当人は比較的善良で如何わしい事も一切考えておらず、純粋に実入りの良いクエストに参加したかっただけの一般青年戦士である。ただ、少しばかし顔が不細工でほんの少しだけ名声が足りていなかっただけなのだ。
実際に男女でパーティを組むとなると魔術師の女性達が言ったようなトラブルが起こる例は少なくはない。故に、特別な理由がなければ同性同士でパーティを組むのが基本である。
「……あの、そちらの戦士さん。よろしければボクと組みませんか……その、使える魔法はあんまりありませんけど……」
「あぁ、ああ! 是非此方からもお願いしたい! 君は私にとっての天使様だよ! よろしく頼む!」
「キャッ」
「キャッ……?」
「あ、いや、その……いきなり握手するものだからつい驚いちゃって……」
「ああ、すまない。男同士だからっていつものクセで少し馴れ馴れしくしすぎたよ。私の名前は――」
しかし、パーティが結成される速度は男の方が早い。何故なら、敵の矢面に立てる戦士の人口は女性の方が圧倒的に少ないからである。故に、クエスト板に張り付いている魔術師達は今か今かと女性戦士か都合の良さそうなイケメン戦士の登場を待っていた。
「ところでアンタ達、良ければアタシ達の野薔薇団と組まないかい? 野郎は一人も居ないから安心していいよ」
そして、突如出現した救世主の登場によってクエスト板は黄色い歓声に包まれたのであった。
唐突に始まるモブ同士のラブコメの波動……。征伐軍サイドの野郎共から世知辛さのようなものを感じる気もするが、人生なんてそんなもん。
なお、クエスト放棄に罰金科してたりするのは、仲間割れや暗殺防止の為である。頭割り報酬が途中脱退で増えちゃったらバトルロワイアル開催しちゃうからね! それに加え、途中脱退がノーリスクだと当然の如くブッチして迷惑をかける輩も出てくるので、最低限仲介手数料的なものを設けないと無法地帯になりかねないのである。
当たり前だけど期日さし迫ってるのにちんたら仕事されちゃあたまったもんじゃないしね!




